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11.読書の秋2022に参加してみた

#読書の秋2022  #哀愁の町に霧が降るのだ(上)#哀愁の町に霧が降るのだ(下)

「中年の危機を克服して、活き活きと生きよう!」をテーマに
前向きになれる情報をお届けし、悩める方の薄暗い雲を晴らせたいと願う、
蒼天トモヤと申します。

今回は"読書の秋2022"に参加してみました。
最後まで読んでいただけると幸いです。

この作品は、作者である椎名誠氏とその友人達との共同生活を描いた青春譚。
文庫だと上下巻に分かれるほどのボリュームですが、
バカバカしくも、ひたむきに愉快に生きる若者の姿がとても魅力にあふれていてスイスイ読めてしまいます。

椎名氏の語り口はとても軽快で、擬音語とカタカナの使い方が秀逸です。
1981年(昭和56年)に刊行されたこの作品は、昭和レトロな表現でいっぱいですが
今では逆に新鮮で、
それらが文章のグルーブ感をもたらし
作品の世界にどっぷりと浸らせてくれます。

例えば、一般的に擬音語として
鼻をかむ時に使われる音は、
「チーン」ですよね。

しかし、この作品では違います。

登場人物の沢野氏が風邪をひき、鼻をかむシーン。

ポケットからチリガミのかたまりを出すと
「ドバッずずずず!」とすさまじい音を立てて鼻をかんだ。
哀愁の町に霧が降るのだ「下巻」P26-27

なんという破壊力のある擬音語でしょう!
透明で水っぽい鼻水ではなく、
こねくりまわして水飴状になったような鼻水を、顔面を真っ赤にしながら一気に吐き出す。
そんな場面を想像してしまいます。

しかも"ずずず音"のくだりで1,200文字くらい使うのです。
不思議なことにまったくストレスに感じず、
逆に軽い中毒性をはらんできます。

「もっと!もっと"ずずず音"をちょうだい!」
と、この音の虜になりつつある自分がいて、

さらには
「私も風邪をひいたらこんな音をだせるだろうか?」
という謎のチャレンジ精神がふつふつと沸いてくるほど。

そして思考はさらに進み
「会社に休みの連絡を入れる時に便利では?」
などと前向きなプランニングをし始め、

「すいません、今日風邪で有給いただきます、ドバッ、ずずずず!」
「は、はい。大変そうだね...お大事に。」
と当方の大変さをアピールしつつ、簡潔に伝達が完了できる。
と想像を広げたりしてしまう。

名作には余白(想像の余地)あり
と名作の条件のひとつとして言われていますが、まさしくこのケースにおいても当てはまるのではないでしょうか?
物語の余白どころか妄想の領域に入っていますが。

軽快なテンポと読者を引き込むオノマトペ(擬音語・擬声語の総称)で
日常の喜怒哀楽が描かれていくわけです。
面白いことはより面白く、シリアスなことは深刻さが緩和される。

シリアスな部分でいうと、
歯を折られるほどの壮絶な喧嘩で敗北した時。
以下のように描かれています。

あの男はおそらく空手か憲法をやっているのだろうな、と思った。
たったの一撃で粉みじんであった。
こんな負け方は久しぶりであった。
まるでもうズタブクロみたいな気分であった。
哀愁の町に霧が降るのだ「下巻」P111

この5行のテンポの良さ。
そして最後の"ズタブクロ"という単語が、
激しい闘いの深刻さを緩和してくれています。

「え?ズタブクロってなに?」

ズタボロだと思い何度も見返してしまいました。
ズタボロとは、文字通りずたずたのぼろぼろ。
どうしようもなく壊れた様子を意味する表現です。
「でもブクロって袋のことだよなぁ」
気になって検索した結果。


僧侶が行脚や托鉢を行う際に、施されたものを入れる袋のこと。
それ以外の情報は見つけられませんでした。

言葉の響きと袋の見た目から、
"ボロボロになった様"を指しているのでしょう。

しかしこの記事を書いている最中、若かりし頃の記憶が蘇りました。
今は亡き母親に言われたことがあったのです!

”自分探し”と言っては定職に就かずフラフラしていた頃。
夜な夜な朝帰りをしては身なりも気にせず堕落的な生活。
2日おきに入る風呂場で、
「いつも身体からエンピツみたいな匂いがするなぁ」
と毎度思っていたことが思い出されます。

そんな私に、母からぴしゃりとひと言。
「そんなズタブクロみたいなナリをして。しゃんとしなさい!」
その時は、聞きなれない単語に疑問を持たず、
汚くだらしのない自分にぴったりな形容だな
と思って聞いていました。

そのひと言がきっかけで、私は自堕落な生活から立ち直ることが出来たのですが
後にも先にも母との会話で
その単語が出てきた記憶はないのです。

もしかしたら、他の語感が似ている言葉かもしれない。
私の地方でよく使われていた"ズタボロ"かもしれない。
今となっては確かめようがありません。

ただ今度父と会う時に、"ズタブクロ"の話を肴にして一杯やりたいなと思っています。
母が亡くなって13年。
まったく予想もつかなかった形で母の記憶を思い出すことができて
とても嬉しく思います。
やさしくて厳しかった母。
今はPCのディスプレイがぼやけて、まともに文字が打てません。

たったひとつの言葉がきっかけで、
私にとってはとても思い入れの強い作品となりました。


昭和レトロな擬音語とカタカナで紡がれる
この作品を読んでいると、
人生を軽快に渡っていきたくなります。
なんてことのない日常でも。
悩むことも。
落ち込むことも。
嬉しいことも。
自分の日常を、擬音語とカタカナで表せられたなら。
ちょっと愉快になることでしょう。

ネチネチ説教好きな上司。
「あのウスラバカめ。コンチクショーッ!
 ったらコンチクショーッ!」

気持ちよいランニングのひと時。
「ヤァヤァヤァ!この調子なら地の果てまでイケるなぁ!」

友人との再会。
「今日は楽しく飲もう。わっはっはっはぁ、サノヨイヨイ!」

昭和を生きた中年のみならず、
世代を問わずおススメしたい本です。
年齢関係なく、きっと読んだ人の心を
和らげ、あたたかくし、そして生きるっていいなと思わせてくれることでしょう。

最後に。
作中で強く心に残った台詞を紹介します。
物語を読み進めていくと、
悲哀もたっぷり含んでいることがわかるのですが・・・

人生ままならないなぁと下を向きそうな時に、
この台詞を思い出して顔を上げて、
軽快にヒョイヒョイと生きていこうと思います。

「ね、人間というのはその気になるとなんでもできるもんなんだよね。
ハイ、アラヨオーッと!」

野口ポコ

------〈了〉------    

ここまで読んでいただいた皆様、本当にありがとうございます。
想いを込めた文章を発信することを心がけていきたいと思います。

ありがとうございました!














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