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イツカ キミハ イッタep.34

その日は午前に人形町で会議があった。久々の対面だったので、迎え入れる側もなんとなくそわそわ、ウキウキしている様子が感じ取れた。こちらと言えば、人形町に行くなら「柳屋」に帰りに寄って、アツアツの鯛焼きを食べて帰ろうなどと、主目的以外の寄り道に心踊らせていた。

対面だと相手との間に流れる空気が、ちょっとしたやり取りで変わるのを敏感に察知できる。また注意深く見ることで、マスクをしていても、相手の口元が笑顔なのを感じ取れたりもする。そして、休憩時間のたわいもない会話で、その人となりを身近に感じることができる。いつもそういった気を留めなければ見過ごしてしまうような変化やサプライズをを楽しみにしながら、人に、会いに行く。

手軽なコミュニケーション手段が多くなったことで、かえって直接会うことの価値が上がったように感じる昨今、初めて会ったSさんは、大袈裟に喜びながらこう言った。

子どもの頃から熱しやすく冷めやすいタイプだったんですよ。でも、今日お話させていただいて、『好奇心旺盛でパッションの熱い人』とポジティブに表現いただき、すごく自己肯定感が上がりました!

身振り手振りを交えながら、瞳をキラキラさせて話すSさんを目の前にして、感じたことそのままを口にしたに過ぎなかった。

平面な画面越しでは、その情熱はデジタル機器を通して冷まされ、単に落ち着きなくアツく喋る人に映ったかもしれない。

横から眺めた際のつやつやと跳ね上がる睫毛が、ふと伏せられたときに一瞬生じる沈黙や、別の人が話しているときに顎を大きく上下させて頷く姿に気づくことは2次元ではなかなかできない。

帰りがけ、同じ駅を利用するということがわかり、Sさんを誘って「柳屋」に立ち寄った。

いつものように店の前に何人か並んでいたが、壁沿いに順番に並び、甘くて芳ばしい匂いに包まれながら、お互いの最近お気に入りの店について情報交換をした。

鯛焼きがジュッと鉄に焼かれて、次々と白い紙箱に詰められるのを眺めながら、今この時間、なんて贅沢なんだろうと思った。

初めての人と、初めてではないかのように感じられる距離の縮め方。

会話kaiwaと、
甘味kanmiと、
寛容kanyouさ。

少し移動して、ビルの軒先でアツアツの鯛焼きを頬張っていたふたりの前を、ランチから戻ってきたサラリーマン連れが通り過ぎていく。
食べながら、思わずSさんの方をチラッと見やると、マスクを外し目を細めながら、ククッと小さく笑うSさんと目が合った。

えくぼのある人なんだな。

いただいた名刺の裏に「えくぼ」と書いた。書いてなんだか嬉しくなった。

鯛焼きが、いつも以上に甘く感じられた午後だった。

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