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イツカ キミハ イッタ ep.48

日没が迫っていた。遊歩道という名の坂道をひたすら登ってゆく。ススキの柔らかな黄金色が沈みつつある夕陽に照らされ、ほのかにオレンジ色に染まり始めていた。足元にはリシリリンドウの青紫色の小さな花が、乾いた土の斜面を撫でるように、時折吹いてくる風に揺れている。

あと少し…いや、本当に「あと少し」で頂上に着くのか?
息を切らしながら、島内一のサンセットスポットに向けて、木道で出来た階段を駆け上がった。

ここは北海道「利尻島」の玄関口、鴛泊港から10分ほどの場所にある『夕日ケ丘展望台』。
利尻富士町の利尻礼文サロベツ国立公園にある夕日の名所である。標高は50mちょっとと高くはないが、駐車場のある入口から丘の中腹まで一直線の階段が続き、その先は尾根に沿って緩やかな登り坂となる。

登りきると右手にペシ岬、その先に稚内が見渡せ、左手にウミネコが群集する無人島の「ポンモシリ島」、その先に夕陽に照らされた礼文島が見える。360度眺められる展望台として、振り返れば島のシンボル「利尻山」の勇姿を拝め、目線を前に戻すと切り立った断崖絶壁の先には宗谷海峡が広がっている。

手前の小さな島がポンモシリ島


礼文島の向こうに日が暮れていくとともに、ペシ岬、ポンモシリ海岸、そしてこの夕日ケ丘展望台の崖沿いの赤茶けた地層が、徐々にオレンジ色から朱色に変わり始めた。
これから水平線にゆっくりと沈んでゆく夕日が織りなすドラマチックな展開に胸をときめかせながら、息を飲むほどに美しいと言われるサンセットタイムを頂上で座って待った。

最初は男性1人しか近くに居なかったが、そのうち老夫婦やライダー、そして1人で来ている観光客、地元の方と見られる家族連れ等、わらわらと展望台の標識目指して登ってきた。

宿泊施設が多く建つ鴛泊地区の町並みや黒々と影を纏った利尻山にも、徐々に夕日が届き始めた頃、私の斜め左前の柵にもたれていた30代前半くらいの男性が熱心にスマホを空に向けているのが目に入った。

ひとしきり写真を撮った後、くるりと私の方を向いて右手を遠くに伸ばし、自撮りを試みている。撮っては手元で確認していたが、あまり上手く撮れなかったのだろう。たまたま通りかかった20代後半くらいの、やはり1人で来ていた女性に助けを求めた。

彼女は快く彼のスマホを受け取ると、自分の背負っていたリュックを足下に置き、カメラマンのごとく、腰を落として場所を移動しながら、何枚も撮っては彼に写真の映り具合を確認していた。彼は最初は遠慮がちにカッコよくポーズをとっていたものの、最後のほうは、満面の笑みでピースをしていたくらいだから、よほど良い写真が撮れていたのだろう。

左奥の岬がペシ岬。その頂上もサンセットポイントだ。


彼は御礼を告げると、彼女に今度はボクが撮りますから、と言って彼女が肩からぶら下げていた、ミラーレス一眼カメラを受け取った。彼には慣れないカメラだったのか、2人肩を寄せ合って操作方法を確認し合った後、白いロングスカートをはためかせて、今度は彼女がさっきまで彼がもたれていた柵に駆け寄った。

マスクを取った彼女の顔を見た時、はにかんだ笑顔がなんだかあどけない少女のようで、かわいいな、と率直に思った。

彼女は撮ることは好きでも、撮られることにはあまり慣れていないのか、最初は表情が堅く、恥ずかしがっているように見えた。

あぁ、もうすぐ、日が沈んでしまう。

私は礼文島の縁が真っ赤に染まるのを見ながら、1人やきもきしていた。

日が沈んでしまうこの一瞬を見逃したくないという気持ちと、このまま、彼女がこの美しい夕暮れを見ずに、堅い表情のままカメラに収まってしまうことに。

その時ファインダーから目を上げた彼が大きな声で夕日を指して言った。

今だから。今沈むところだから、そっちを見て!

富士野園地の奥、礼文島に沈む夕日


彼女は振り向くと「わぁ〜」と歓声を上げた。
両手を大きく広げ、ポンモシリ島の向こうで今まさに姿が見えなくなる夕日を挟むかのようなポーズを取った。

それから、空を指差し、礼文島に向かって祈るかのようなポーズを次々に取った。純粋に感動を表現する彼女と、彼女を引き立てるかのように刻々と移り変わる夕景…。それは、とても美しかった。ただのサンセットを眺めるのとは違い、一つの舞台を観ているかのようだった。

私の前で女優になった彼女と、
彼女を目覚めさせた監督である彼。 


「ありがとうございました。どこから来たんですか?」
「大阪です。北海道内、1人で旅してるんです」
「私も、です。昨日利尻に着いたばかりで…」

私はしばし2人の会話に耳を澄ませながら、絶景のサンセットと思いがけない光景に出逢えた奇跡に打ち震えていた。

これから、再びのドラマが始まる。

続きが気になりつつも、丘を下った。

その日、新月の夜空に浮かぶ無数の星を数えるときも、マジックアワーの淡いで見た自然と人の眩しすぎる光景が瞼の奥から消えることはなかった。

新月の夜空に浮かぶ天の川

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