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初めての朝焼け

山頂の
展望台で
父親の隣
眠そうにしている僕がピースサインをしている、
そのうしろで
大きな太陽がオレンジ色の光を空いっぱいに放っている

これが僕にとって、
初めて見た朝焼けだった。

ガタガタ揺れる
冷えた車の中で
ラジオのアナウンサーが
今日の首相の行動予定や、
アメリカで起こったことや
交通情報や
天気予報なんかを話している。

まだ暗い町並みが置き忘れたジオラマみたいに見えた。
いつもと違って誰もいない。
街灯には明かりがついている。

車のフロントライトが進む道を照らし、
人のいない十字路を過ぎ、
自動販売機がうっすら並ぶ、
よく行くスーパーマーケットを通り過ぎた。

黄色い点滅の
信号機をいくつか超えると、
暗い細いグネグネした山頂へ続く道に
右折して入る。

夜明け前、
町から離れるとやけに暗い、
山頂までは20分ほどかかった。
夜明け前、
僕が想像もしていなかったほどに
山頂にある駐車場には
多く人がいた。

車は止まり、
エンジンも止まり、
さあ。
着いたぞ。
と、
父親は特に抑揚もなく
平坦に言うのだった。

白い息、
車を降りる音、
父親の歩く速度、
人の声、、、まだ暗い朝の中で、
それらは存在した。
気を使ってみんな
小声でしゃべっていた。

僕は父親についていき、
展望台までたどり着くと、
吹く風は
いつもの倍くらい冷たかった、
皮膚がはがれそうに寒い、
そして、
鼻水が勝手に出てくるから
ジャンパーの袖で拭った。
また、きっと、
汚いわ。袖で拭いてはダメよと言って後で母親に怒られるだろう。
そんなことが妙に恋しい。
僕はちょっと寂しくなる。
あそこからもうすぐ太陽が出てくるぞ。
父親が地平線のほうへ指をして言った。
僕は早く家に帰りたいと願った。

駐車場では
派手な改造バイクが数10台走り回っていたが、
誰も気にしていない。

集まった人々は無言で地平線を見つめ、
太陽が出てくるのを待っている。
表情もなく
凍りそうな冷たい風に吹かれながら、
みんな太陽を待っていた。

やがて太陽は
溶けたガラスみたいに
潰れて
地平線から姿を出す。
強烈で
眩しい、
まっすぐで
巨大な
光だ。

ずっと見ていると目が潰れてしまいそうだから時々目をそらす。
太陽を見て、みんな満ち足りたような穏やかな表情をした。

父親はとなりのおじさんに写真を撮ってくれと
大事な一眼レフを渡していた。
まだ太陽を見つめていたい
おじさんは迷惑だったのではないだろうか。
いいですよ。
おじさんは嫌な顔をせず、カメラを受け取ってくれた。

僕はピースし、
父親は少し得意な顔して一眼レフに向かってポーズをとった。
カシャ、カシャ、とシャッターを切る音が聞こえ、突然、
僕の記憶は終わる。

そこから、
真っ暗なまま一切、
これ以上は進まない。
まったく思い出せない。
ばっさりとストーリーが終わった。

いつまで山頂にいたのか、
どのように帰ったのか、
帰ってから何をしたのか、
などなど、
まったく
僕は覚えていない。

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