迷った時に見て欲しい
進路選択や就職活動、転職活動。大きな決断をする時、自分はすぱっと決断できないことが多い。
なぜだろうと。自分は承認欲求奴隷だ。
自分はこれまで家族や友人から、褒められたりとか背中を押してもらっていることを実感した環境において、無我夢中に突き進むことができていた。
例えば小学校の時のサッカー部での活動。
周りはみんな自分のことを承認し、認めてくれるような環境だったから、迷いなく突き進むことができた。
大学での活動もそう。ある程度自由に挑戦させてくれるような環境やコーチ、自分の考えに共感をしてくれるような動機がいたことにより迷いなく、突き進むことができていたと。
ただ、自分の行いが非難されたり、否定されたりする環境にいた時。
すぐに縮こまってしまい、意見をつき通すこともなく、人格自体、自分の今までの人生自体を否定された感覚になり、引きこもることもよくあった。
それ自体はたまに落ち込むことだってあるし
致し方ない時もある。
ただ、そう簡単に自分の意見を曲げていいの?
自分の意見を押し殺す人生ってどうなの?
って思うこともあって。
自分の何がいけないのかと言うと、自分自身で考え、人生を主体的に責任を持って生きていくことを放棄している点。
当然自分の考えや理想や思いとは考え方が違う人と言うのは社会に出るとさらに多くいると。社会で生きると言う事は、人と人との関係性だからこそ、ときには人と合わすことも大事ですし、自分の考えを押し通すために、たとえ否定されたり、認めてもらえなくたとしても、押し通すために、説得するということが重要になる。
それは人間としての責任でもある。
それをしないで、後々やっぱり人の言うこと聞けばよかったー、、や自分を曲げなきゃよかったーなど後悔するのは嫌だし、それは自分の責任だし、環境でも家族でも友人でも会社のせいでもない。
自分に欠如しているのは、
そんなごく当たり前なプロセスを避けること。
なぜなら自分を否定されるのが怖いから。
人から共感をされない、背中を押してもらえない、自分自身を否定されるような環境に身を置こうとしたなかったり、そもそも意見を言わずに我慢したり、もしくはなかったことにする。
で、そんなことを繰り返したことで何か生まれた?
「本当は、中学高校の6年間、サッカーをあのチームでやらなければ、もっとうまくいったのに、両親の考えに合わせてしまった結果、うまくいかなかったじゃないか。」
「なんでみんな俺の気持ちをわかってくれないんだ」
「俺って社会不適合者や」
「もう人が嫌い。人と関わりたくない。どうせ言ったって変わらない。」
結局は、抑圧されたと言うような錯覚に陥り、ますます人間関係がめんどくさくなり、自分の意見もなくなり、もう無理だと諦める事に癖がついてしまうている。
自分の人生に責任を持つ。生きていくことを放棄しているんだ。
あとは、そのような状況が苦しくなり、感情的になり、泣いたり、うつ病のような感じになり、心配されるように促したりして、強制的に承認し、背中を押してもらうような環境を作ろうとする。
まさにやっていることが赤ちゃん。25歳がやるようなことではない。
自分に必要なのは、自分の考えや意見をしっかりと伝えること、なおかつ、自分自身を否定されることにびびらず、自信をまず持つこと。
たとえ否定されたとしても、その否定と言うのは、自分自身の人格や人生に対しての否定ではなく、
自分の考えや行いに対してアドバイスをくれている、自分以上に長く人生を歩んできた方々からのありがたい助言。
なので、そこを感情と切り離し論理的に俯瞰をして、自分の考えに落とし込むこと。
納得できなければ、否定されることに怖がらず
しっかりと対話する、意見交換をすること。
そして最後は、自分自身で自信を持って決断をすること。
もともと自分は人に何か意見を伝えることであったりとか、苦手なタイプで自分の中で完結することが多い性格であった。
学生の時まではそれでよかったと思う。
ただ仕事柄とか環境とか関係なく、やっぱり社会は人と人との関係で成り立っている。
得意不得意ではなく、自分の人生をより良くしていくためにも自分の意見をしっかりと伝えることと言うのはすごく必要不可欠なことだと思う。
ネクストアクションとしては、
自分の奥底に秘めたクリエイティブな考えや思いと言うのはなかなか共感されにくいようなものなのかもしれないけれども、そこが逆に言うと理解されないからこそ秀でている部分だと思う。そこを潰すのではなく伸ばしていく。尖らせ続けることでスターになるのではないかという、ある種ナルシストのような位のスタンスを持つこと
マインドとして合ってるかどうかはわからないけど、
やっぱり人生において、自分の望むことや環境を手に入る子とっていうのは、幸せの基準にはなると思う。という事は、自分の考え、意見を反映し、人を巻き込みうまくいく数や経験があればあるほど、充実した人生にはなる。そのためには人を説得したり、人にものを買ってもらったり、人を動かすことができなければいけない。もっと抽象度を高くすると、自分の考えや意見を理解してもらう、イエスを生取れるような人間になること、営業みたいなことになってしまうけれども。
なので、人を動かせる力=人生の充実度になる可能性があると言う前提のマインドを持つことも大事なのかもしれない。後は、
①自分が考えたこと思ったことを口に出してみる。
②たとえ否定されても、自分が納得いくまで議論をする。
③感情と思考を切り分けるために、紙に事実と感情を分け、書く。
④自分の意見を言わずに人に合わせる事は、結果的に自分も人も不幸にする
⑤現時点での悩みに関しても、自分の考えを意見をまずは持つ。そして家族や友人といった自分を後押ししてくれる人、後はある意味、自分のために自分の考えを否定してくれるような人、第三者の人の意見を助言を積極的に聞きに行く。迷ってしまうかもしれないけど、いろんな人の話を聞くだけではなくて、自分の意見もぶつけてみると。対話ディベートを通じて、自分の方向性を考えてみる。そこに自分の意見や考えを否定されることに対しての怖さと言うのはいらない、と言うマインドを持つ。
⑥後は、これまで自分の理想やビジョンに対して全力を注いできたけれども、そことのギャップに対して落ち込むことが多かったと思う。
冷静な選択と言う事で考えるとすれば、
現時点ではやっぱり自分はそこまでスーパーな人ではないということ。(だけど努力さえすれば絶対に俺にできる人間ではある)
自分の強みを発揮できるような環境はすごく大事にする。
あとは自分自身に責任を持って、自分の人生は、自分でケツを拭くと言う覚悟を持つ。