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あがりこぐちの昔話 その1

暮らしの台所あがりこぐちをオープンさせて3日くらい経った頃です。僕は、これまで、飲食店で働いたことがありません。そんな、人間が居酒屋を始めて、お客さんが来てくれるかどうか不安に駆られるのは当然のことです。ええ、そうです。不安でしたとも。
福山に帰ってきて、知り合いもそんなにいません。福山に帰ってきたといっても僕が住んでいるのは福山市沼隈町という福山中心市街地からは距離がある田舎町なので、中心部に知り合いがいない状態です。中学や高校の同級生とも疎遠になっいるので、連絡も取れません(当時、連絡先、全員知らない)。
そんな中で、今日は誰が来てくれるのかを小さな子犬のようにびくびくしながら待ち続けていました。

営業時間は17時~24時。
昼前からお店に入り、仕込みをして、掃除をして、営業の準備ができたらお客さんがカウンターに座るのをひたすら待ちます。
誰も来ません。
来る気配もありません。
たまに、人がお店の前を通りすぎますが、当時のあがりこぐちは殺風景な店内で、ぱっと見で何が出てくる飲食店なのかがわからないので、興味も沸くこともなく通過するだけでした。

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OPEN前のプレオープンのあがりこぐち
今と比較すると、マジでなんもない。

ipadの時計を確認すると22時前になりかけていました。今日は誰も来ないか。半ばあきらめて、厨房の掃除をはじめました。あがりこぐちの厨房はカウンターからは見えないところにあるので、お客さんからは普段見えません。なので、中に入って、汚れが目立つところを中心に丁寧に掃除して、時間を有効活用しようと。えらいぞ、自分とほめながら。

「あーーー。もうええわ、ここに入るぞ」

洗剤で洗い場周りの掃除を始めようとしたタイミングで、カウンター側から大きな声がします。厨房からカウンターに出てみると、年配の男性が6人立っていました。そして、傍から見てもわかるくらいすげぇ酔ってる。

「いらっしゃいませ、どうぞお席に」

「おう、6人カウンターでいいか?」

リーダー格っぽい一番声が大きい男性が席を指さす。

「どうぞ、ご覧の通り空いてますので」

あがりこぐちのカウンターは6席。一瞬でカウンター満席です。
全員が席に座り、メニューの説明をしていると、すでに何件か回ったあとらしく、結構飲んだとしっかりとしたお話していただきました。

「俺らはまだまだ飲めるんだ!マスター、ワインを出してくれ!ボトルでいい!」

元気いいな。

「あ、俺らはビールね」

「ワイン飲めや、お前ら!!」

「飲まんわ、1人で飲んどけ」

リーダー格っぽい人がワインをボトルで飲み、ほかの5名のお連れさんはビールをご注文。せっせと準備して、乾杯へ。

すごい勢いで飲む。本当に何軒か回ったあとなのか、あなたたち。

「マスター俺ら、80歳なんだけどね。久しぶりに集まって飲んでんのよ」

ほう?80歳ですか、元気いい飲みっぷりですね
リーダー格のお客さんが満面の笑みでそれぞれの人を適当に紹介し始める。あまりに適当だったので、あまり覚えてない。紹介が適当すぎたので、おい連れさんからの罵詈雑言がすごかったのはよく覚えている。

「今、住んでるところが全員違うんだ。こいつとこいつは福山、残りの俺らは神石高原町に住んでる。」

え、神石高原からいらっしゃたんですか??

「そうだ。酒飲むために山から下りてきた!!」

神石高原(じんせきこうげん)という町は福山の中心市街地からとてつもなく遠い山地のエリアにある。飲むために出るという距離感ではない。車必須。ちなみに行きも帰りもタクシーを使うらしい。

すごい。お元気ですね。

「違うわ、馬鹿たれ。今飲むときに飲むんだ。飲みたいときに飲まないでどうすんだ」

「お前いっつも飲んでるだろ」

「うるさい、馬鹿たれ!」

あ~、本当に仲良いんだなと思いながら、喧嘩腰の言葉の応酬をカウンター越しに見守る。
時々、僕の方にも飛び火してくるので、それを交わしつつ、7人でどうでもいいくだらない話をします。なぜか、お前政治家になれと言われたのはすごく覚えてる。俺は神石高原だから選挙権ないが、お前になら投票すると言われたのはすごく謎だったけど、うれしかった。出馬せんけど。

23時を過ぎたころ、お勘定とタクシーをお願いされ、タクシーを呼びながら、お会計をすませる。全員結構酔っ払っているのでお金の出し合いでまた口喧嘩してました。(お会計だけで20分くらい使ったはず)

タクシーが到着して、全員、店から出るころに

「女のいるスナックもいいけど、こういうマスターのいる店も悪くねぇな」

「ああ、楽しかった。」

「また来るよ!」

そういいながら、仲良し6人組は外に出て、タクシーに乗り込んでいきました。ああ、タクシーの運転手さんこれから神石高原町まで行くのか。長距離運転になる運転手さんの安全を運転を祈りながら、タクシーは走り出していった。

僕程度の人生経験など、彼らには足元に及ばないだろうけど、楽しんでいい時間を過ごしている感じがして素敵だなと思う1日になりました。
そして、誰も来ない状態から、にぎやかなカウンターを一緒に作ってくれたことに大変感謝の気持ちで一杯でした。

帰り際にこの店楽しかったと言ってくださったのもすごく嬉しかったですし、また来るよという言葉が沁みて、明日の営業も頑張ろうと思えました。

あれから早3年。

僕は彼らの姿を、あれ以来見てない。笑

元気してるかな、あのおっさんたち。

記事を読んでいただきありがとうございます。ただいまお店は長期休業中のため、当店のレモンサワーを封印しております。店舗継続のため、もし記事を面白いと思っていただけましたら、サポートをしていただけると嬉しいです。