デザイン思考〜人間中心に情シスを再デザインしよう

10年ほど前の話しになりますが、私が北米TV事業に関わっていた頃、VIZIOという新興ブランドが突然マーケットに現れてあっという間にシェアを伸ばして行きました。北米の会社ではありますが、自社製造工場を持たず、デザインとサービスに特化した会社でした。

当時北米でTVは大型量販店の顔とも言える商品でした。日本と違い、箱に積まれたTVがフロア置きされ、顧客は巨大なショッピングカートに自分でTVを持ち上げて載せるのです。子どもたちは大喜びでカートの上に乗って大きなTVの横ではしゃぎます。カートを押しながら店内を回遊するのですが、大型TVの載ったカートには周囲の羨望の眼差しが注がれます。お父さんがドヤ顔でだんじりを引いて、子どもがだんじりの上で舞い踊るような、家族にとっては小さな祝祭の瞬間なのです。その祝祭を彩るに相応しくVIZIOは外箱が全面フルカラー印刷。いかにも高級な雰囲気を醸し出しています。対する日本メーカーは、段ボールにお金をかけるのはもったいない、という優秀な社員による合理的な経営判断によって素っ気ない段ボールに仕上がっています。店頭に並ぶ安っぽい茶色い段ボールとフルカラーの化粧箱。カート上で映えるのは明らかにフルカラーの化粧箱です。

TVを自宅に持ち帰って顧客が次にすることは結線です。スピーカーや、オーディオ機器とTVを接続します。VIZIOはここでも日本メーカーとの違いを見せます。端子には高級オーディオにしか使われない金メッキ、ボタンにはアルミ合金が贅沢に使われています。TVの性能を考えれば不似合いなハイスペック仕様です。しかしTVを買った人はおそらく確信するでしょう、「いい買い物をした」と。

小さな会社のVIZIOですが、顧客へのサービスには力を入れていました。北米でのオペレーションはほぼカスタマーサポート要員で、操作に困ったお客様を徹底的にサポートするよう体制を充実させていました。

こういう顧客の体験を最高なものに演出する工夫が随所に盛り込まれたVIZIOはお客様の心をつかみました。現在では、ユーザーエクスペリエンス(UX)やカスタマーサクセスの文脈で語られる、顧客のブランド体験を一貫して最高のものにして、顧客とのハイタッチを目指す姿勢は、日本メーカーの「いい製品を作れば売れる」という姿勢とは異なったものでした。

同じ市場で勝負しながら、まったく違う土俵で戦っている。そのような印象を強く持ちました。今まで私が学んだ知識体系には収まりきらない、こうした彼らの戦い方をどういうフレームワークで眺めれば理解出来るだろうか、と思っていたところ、たまたま出会った「デザイン思考」が一番フィット感が高かった。私がデザイン思考に興味を持ったのは、「製品で勝っても商売で負ける」実体験がきっかけです。

石川俊祐さんが著書「Hello,Design 日本人とデザイン」で述べているように、デザイン思考は「人間中心」であり、それは「人が心の底で求めているものを作り出す姿勢」です。VIZIOはTVのデザインではなく、人間の体験をデザインしています。情シスにおいても同じです。システムのデザインではなく、ユーザーの体験をデザインする必要があるのです。

この本で紹介されている好きな事例の一つが、IDEOがシンガポール政府を支援して、シンガポールへの移民の不満を改善した事例です。IDEOが発見した移民の苦しみは「入国するときに記入する書類に思いやりが足りない」ことでした。シンガポール入国時に最初に体験する一つの書類によって国のイメージを著しく下げていたのです。「ウェルカム感」のある入国書類に変更する事によって、移民のシンガポール体験を大きく改善したのです。

この「入国書類」の事例は、実は汎用性が高く、簡単に模倣できる事例です。なぜならば、情シスは「思いやりが足りない書類」を大量生産しているからです。「思いやりが足りない書類」を敢えて作っているのではないかと思われるほどです。何を依頼するにも「思いやりが足りない書類」へのリンクを貼りつけて「この依頼書に書いてください」になっていないでしょうか?

例えば、社員が入社した初日にどのような体験をするのか。パソコンが箱に入っていて、セットアップマニュアルが同梱、自分で箱を開けて不親切なマニュアルを読んでセットアップをするのか、それともコンシュルジュのように情シス社員が膝を突き合わせて最初のセットアップと使い方をナビゲートするのかで、情シス部門への印象は全く変わるでしょう。困ったときに駆け込むヘルプデスクでの応対についても、「思いやりが足りない書類」に用件を書かないとサポートが得られないような情シス部門も多いはずです。初日の体験についてもヘルプデスクについても、お恥ずかしながら私自身の運営する組織ではお話し出来るようなレベルにはないのですが、幸いなことに好例を記事で見つけましたのでご紹介します。アクサ生命の事例です。(注: 記事閲覧には登録が必要です)この事例で非常に共感したのがヘルプデスクのリニューアル。カウンター形式のITヘルプデスクには、顧客の体験を最高にしたい、という人間中心の「デザインの力」を感じます。

情シス部門やITベンダーは、製品であるITソリューションさえ良ければ良いと思いがちですが、人間中心に見つめ直すと、足元にある小さな「思いやりが足りない書類」が見つかり、その改善一つで、大きく印象と評価が変わるのではないでしょうか。

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