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「封印」 第二十五章 解放


 アンサングがトンネルを抜けた時、既にエテューが、ライリーに向けて、引き金を引こうとしていた。
「待て! エテュー、待て!」
 アンサングの残弾数は1発。今ここでライリーに死なれる訳には行かなかった。エテューという優秀な警官を失いたくなかった。
 よってアンサングは銃を少し下げながら、接近した。
「まだだ、エテュー! 下がれ!」
 エテューは動かず、ライリーが顔を上げた。ライリーが何かを言うか、する前に、アンサングは銃をさらに下げた。
「公安のアンサングだ。ダムナグと政府の違法行為の証人として、ご同行願いたい」
 ライリーの顔に困惑の色が一瞬混じった。
「俺はもう、扉を開けるだけだ」
「どうなるんだ? そうしたら」
「邪悪が放たれる」
「これ以上の邪悪か?」
「信じるのか?」
「世界、終わるぞ」
「世界? こんな世界が大切か?」
「こんな世界だから、裁きを受けさせることが大事だ」
「これで裁きになる」
「いやいやいや、殺人だよ」
「関係ない」
「あんだよこれが」
 アンサングは銃をホルスターに差し、ベルトから抜いた。
「俺の仕事は、法を執行することだ。お前のしていることは、殺人だ。大量殺人だ。神が仮りにいたとして、お前の道で信仰しろってのか?」
 ライリーは首を振って笑った。
「お前らに何が出来るってんだ> 政府を牛耳ってんのがダムナグで政府の下で働いてんのがお前らだろ」
「お前は正しい」
 ゆっくりと、アンサングは銃を置き、ナイフをその横に突き立てた。
「だからこそ、そのダムナグに反旗を翻したお前が必要なんだよ」
 前に出て、エテューの横に並ぶアンサングを、ライリーは嗤った。
「俺はすぐに殺される。俺だって何人殺したか分かんねえ。もう終わりだよ。終わるなら、俺はもう行く所は一つだ」
「それはお互い様だろ」
 アンサングはエテューの銃を掴み取った。ライリーの銃が上がった。アンサングはエテューを蹴り倒し、銃から弾倉を抜いて捨てた。
「ダムナグは、中幻にいる。ここでお前が死んでも何をしても、何の意味もない。世界を滅ぼしても、みんな一緒に死ぬだけで、ダムナグが罰せられることにはならない。罪と罰は、認識されてこそ意味がある。違うか?」
 両手を上げ、アンサングは前に出る。
「その扉の向こうに何があるかは分からねえ。お前も知らねえだろ。でもお前が死ぬのは間違いない。俺には、それが許せねえ。ダムナグにも、政府にも、お前にも、その罰は簡単過ぎるんだよ」
 ライリーの銃が下がり始めた。
「そうかもな…」
 ライリーの間合いに、アンサングは入った。
 銃声。
 ライリーは倒れた。扉を背に、血を胸からぶちまけ、岩の地面に崩れ落ちた。
「イウェン」
 アンサングは銃を向けた。
 イウェンは既に引き金を引いていた。巨大なリボルバーが、イウェンの右手の中で、弾切れを告げた。ライリーの護衛の女が持っていた銃だった。
「止めろ!」
 イウェンが叫んだ。
 崩れ落ちたライリーの手が、扉に、真っ赤な真一文字を描いていた。
 イウェンの手が、コートの内側から閃いた。
アンサングの脇を掠め、ライリーの手に、短刀が刺さった。
 刃は手を貫通し、岩の扉に突き刺さった。
 扉が、祠の内側に向かって、崩れ落ちた。
 アンサングは下がった。
 腐った空気が、その洞穴から吐き出された。
 イウェン達は銃を岩の影から構えた。それはとても虚しい行為で、手の拳銃など何の役にも立たないと悟っていた。
「全部隊、南端村落の祠前に展開!」
 無線に叫ぶコウプスの声が、闇に響いた。その横で、さっきまで敵だったはずのファザムも、銃を祠に向けていた。
「感染者掃討完了。展開する」
 ヘリが頭上を通過した。主軍の部隊がトンネルから追いついてきた。アンサング達は再度、増援の武器で武装した。それでも、全身の細胞が逃げたがっていた。死の気配しかしなかった。
 腐った風の動きが止んだ。
 そして、世界から色が消えた。

#創作大賞2024  #ホラー小説部門



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