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親父

親父
 
 親父はいつも、ウルトラマンの真似とか、戦いごっことか、真剣にやるタイプで、やる気満々だった。怪獣が爆発する真似も上手かった。
 テレビを見て、新しい怪獣やライダーが現れれば、肯定的なことを常に口にしていた。
「かっこいいな」
 僕が転んで膝を擦りむいた時も、「かっこいいっ」と言って絆創膏を貼ってくれなかった事に、腹を立てたのを覚えている。
 父はフライパンで料理しながら、特に僕の方は見なかった。
「そうやって強くなるんや」
 でも結局、その態度が好きだった。
 他の子供と遊ぶ時も、親戚の赤ちゃんをあやす時も、人と呑む時も、いつも人を元気づけていた。
 僕が大人になって、それはすごい良いことだと思った。
 親父は小さい時から、厳しい躾を受けて育った。それがあってかなり出来る人になっているとも思う。
「一人でウルトラマン(初代)を観ていて、ゼットンにやられて、ウルトラマンがそのまま終わったと時に俺は一回死んでいる」と真剣に言っていた。 
 どこかの心の隙間を埋めるために、人に優しくしているところが無意識にあるのかもしれない。そう勝手に僕は思うことがある。
 
 僕が大人になって、親父は痩せ始めた。小さくなって、禿げた親父の残り少ない髪は白かった。ツルツルの自称ホビットは、よく僕の母親に、見るだけで指を指されて笑われていた。親父は、相手を笑わせれば勝ちと信じていたので、彼の妻に特に訳もなく笑われる状況でも、嬉しそうだった。
 
 夢を見た。
 親父が癌になった。
 親父は病院に検査に行く必要があった。
 でも親父はそんなことに興味はない感じだった。出歩き始める親父。追いかけた僕が親父を見つけたのは、コンビニだった。
 白のランニングを着て、雑誌を眺める丸い背中。
 お父さん、と僕は言おうとした。
「親父」
 なぜかそう呼んだ。親父は振り返らなかった。僕はいつも、お父さん、と呼んでいたのに、なぜかその時は、親父と呼んだ。
 親父はおもちゃコーナーに移動した。夢だから、そのコンビニのおもちゃコーナーはとても充実していた。新しいウルトラマンと怪獣の人形が並んでいた。親父は、僕に背中を向けたまま、その人形を指した。
「お、これ、かっこええやん」
 その言葉を聞いて、僕はすぐに涙を流した。
 
 目が覚めた。横には彼女が寝ていた。夢の話を、一生懸命伝えて、気付いた。
 僕は父を愛していた。
 当然と言えば、当然。母も弟も愛している自覚はあった。でも、父を愛しているという事実的な感覚をちゃんと得たのは、今日が初めてだった。
 年々、やはり年を取る父。
 長生きには興味はなさそう。特に僕と弟が成人して学校を卒業してからは。
 好きなことをして、長生きしてほしいものである。
 
 
2023年8月14日。トロントにて。
 

仮に、名刺交換でゼットンという人がいた場合、アッパーカットするそうである 

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