虹色ドリーミング(第18回)
#創作大賞2024
#お仕事小説部門
写真集の撮影も無事終わって最終日の夜、みんなで打ち上げをした後、尚さんに誘われて二人でバーへ行った。
「はい、おつかれさま。乾杯」
「乾杯、尚さんありがとうございました」 「どういたしまして、カレンちゃんと仕事がしたいと思ってたからさ」
「えっ、なんか、ありがとうございます」
「さっきからありがとうしか言ってないよ」
「えっ……あ、すみません、こういうところあまり来ないので」
「アイドルって楽しい?」
「はい、どんどん夢が叶っていく感じですごく楽しいです、尚さんは?」
「もちろん。子供の頃からの夢だったしね。カレンちゃんみたいなきれいな子も撮れるから楽しいよ」
「やだあ、いっつも厳しいのに、お世辞ですか。尚さんひょっとして酔ってます?」
「いや、真面目な話、カレンちゃんの専属になりたいぐらいだよ」
私はこういう時なんて言えばいいか分からなくて黙ってしまった。たぶん顔が赤くなってる。恥ずかしい。
「カレンちゃん。日本に帰ったら付き合って欲しい」
えっ……私……。私は砂浜を笑いながら歩く二人の姿を想像した。カンタンに想像できた。
でも……。絵を黒い絵の具で塗りつぶすようにしてイメージを消した。
だって私は……。
「ごめんなさい。私、アイドルなんです。アイドルは恋愛禁止なんです。アイドルにとって恋愛は毒薬みたいなもの。飲んだら……そのアイドルは死んでしまうんです。私……今はまだ死にたくないんです。アイドルを続けたいんです。尚さんのことが、どれだけ好きでも今はまだ毒薬を飲めないです」
「……そうか、そうだよな。なら……」
そう。私はアイドル。みんなに夢を売るお仕事。普通のアイドルはミオタンが言うように30が寿命だとして、あと9年。
それまでに行けるところまで行かないと。できることは全部やっておきたい。
♪♪.•♬⋆♪̊̈♪̆̈∗︎.•♬♪♪
帰国後のレッスンで、社長が集合をかけた。
「新曲のデモができたから、みんな聴いてみてくれ」
仮歌はハミングで、まだ歌詞はついていない。よし。
「すみません。私これの作詞をやってみたいです」
尚さんのことを考えながら、数日かけて2パターンの歌詞を作った。お別れの曲と新たな旅立ちの曲。
提出した数日後、社長に呼ばれた。
「カレン、あの曲なんだが……『恋は毒薬』と『デコボコ』甲乙つけ難い。ちょっと仮歌を録って比べたいから歌ってくれないか」
「はい」
♬♬♬~
「うーん、どっちもいいんだよな。毒薬の方だとシークレットラブのその後みたいになるし、デコボコは何か元気をもらって『やるぞ!』という気になる」
「はい」
私には決める権利はない。
「ん、ちょっと待てよ」
あっ、社長の思い付きが始まった。
「これを……こうして……こうしたら。よし。これだ。カレン」
「はい」
「これは二つの曲を一つにする」
「えっ?」
「あと収録までにアコースティックギターを猛練習しておいてくれ」
「えええ?」
初披露は私の誕生日9月26日、新宿ブレイクでの生誕ワンマンに決まった。
ソロは練習する暇がなかったから、ギターで練習した『マリーゴールド』と、BiSの『NERVE』をカバーして、最前のカレニストたちと指先タッチをした。担当カラーの真っ赤なバラ100本の花束を5つももらって、持ちきれなかったけど嬉しかった。
「では聴いてください。新曲『Say Hello』」
イントロからアコギのソロの弾き語り。メンバーは私を中心に半円を描くようにしゃがんでいる。
≪きらめく水辺を歩く二人 とても幸せな景色 だけどそれを塗りつぶして 私は一人≫
≪あなたに背中を向けながら 愛してるとつぶやく あなたに涙見えないように さよなら告げる≫
≪恋は毒薬 それを飲むと 私は死んでしまう 辛いけれど寂しいけれど でもねあなたに Say Goog-bye≫
メンバーがゆっくり立ち上がると、アップテンポに変わった曲のオケが流れる。私はギターをスタンドに立てて四拍遅れてダンスに加わる。
≪私は今走り出す どんなデコボコだって 絶対止まれない きらめいた素敵な写真に これから出会う全てのものに Say Hello Say Hello≫
♪♪.•♬⋆♪̊̈♪̆̈∗︎.•♬♪♪
「ニジドリ物販列、カレンチェキ列ここで切りまーす」
生誕祭の主役の子のチェキ列はとんでもなく長くなる。カレニストからライブハウスの外まで伸びてると聞いた。今日撮れなかったって人がいないといいけど。
ジャンケンチェキの後はお約束。
「ニジドリ物販終わります。ありがとうございました」
パチパチパチパチ……パン!パンパンパン!リナチー「ビーフ オア チキン?」
ミオタン「ビーフ!」
リナチー「鳥にしなさい、鳥に」
ミオタン&リナチー『トリニダード・トバゴ!』
アオイ様「ど、どこやねん!」
リナチー&私「レボリューション!」
【板垣尚】
いやあ、カレンちゃんに見事フラレちゃいましたね。カレンちゃんの言うことは分かるんです。オレだって「カメラやめろ」って言われたら死んでもやめないですからね。
でも彼女は言ったんです。「今は……」って。「今はまだ……」って。
だからオレも言いましたよ。
「ならカレンちゃんがその毒薬を飲めるようになるまで待つよ。待つのはオレの勝手ね。だから全力でアイドルをやって。オレずっと応援して待ってるから」ってね。
こう見えても気は長い方だし、確かに今はオレもまだ写真に専念するべきだろうからね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?