「今度生まれたら」内館牧子著(講談社)。まるで、ドラマをみているみたいで、スラッと読めてしまった。
ちょうど上野千鶴子さんの著書で、「昔は女の子は、四大卒よりも短大の方が就職率がいい」というようなことを覚え書き。
内容は、70代は団塊の世代というのですかね。高校時代は、成績がよく、父親と庭仕事をやって、「緑の手」と言われるほどまで、庭づくりに長けていた女性が主人公。進路もあなたなら、千葉大の園芸学部に入れると、進路指導では太鼓判押され、「幸せなお嫁さんも大事だよ。結婚はした方がいい。だけど、君みたいに一芸に秀でた子は、絶対にその力を埋もれさせちゃダメだ。これからの女性は必ず仕事を持つようになる。な、結婚しても母親になっても社会とつながる仕事を持て」
としても、国立一期校の「リケジョ」なんて、当時は結婚には邪魔な経歴だった、と。
両親は残念がる。母親からは、(私も口を酸っぱくして言われた口ですが)・・
「女も、子供を養えるほどの経済力は必要だよ、それがあれば・・」
(私の場合は、その言葉に呪われるようにして、働かなくちゃ、体調悪くても、気分悪くても働かなくちゃと、限界を超えてしまい、職場に通えなくなってしまった。母の場合は、「洗濯物なんか、きちんと干さなくても、なんでもぶら下げておけばいい・・仕事、仕事」)
主人公は、有名短大を選ぶ。そして、一流企業にに就職して、24すぎると、オールドミスと揶揄されるので、その前に、狙いは、「三高」という男性を、化け猫100匹の猫かぶりで落とした勝ち組。と書かれてあるが、私から見たら、ちゃんと、家庭を守り、立派な息子二人育て上げ、夫をたてて、元々賢い女性像のように映る。
だが、転機はやってくる。
P54 第3章
こうして、主人公が懸命に選び取った人生は、五十代に入ると幸せの加速・・
夫は、シンガポール法人の設立をなしとげた・・
実際すでに現地法人社長のポジションと、夫婦でシンガポールに赴任する内々示が出ていた。人生が一変したのは、その直後。
「新宿警察署です、佐川さんのお宅ですね」と。電話が。
夫、五十二歳、準備室の解散会、と関係者の慰労を大々的にやるのだという。
彼女の夫は、「酒は一滴も受け付けないって、みんな知っていたんだけど、飲んじゃってね」
「帰りのタクシーで、突然、脱いだ靴で運転手をめった打ちして・・運転手ハンドルとられてガードレールに突っ込みました。」
運転手さんケガして、ムチ打ちも・・念のため1日2日の入院。
泥酔しているものだから、警察のトラ箱入り。
それから、夢のシンガポール赴任はなしになり、閑職に異動。出世コースラインから外された。
長男息子の結婚式には肩書きで恥をかかせないため、それまで我慢して勤める。(8ヶ月後退職)
「歩くケチ」おじさんに変わる。
家のローンの残りは、夫の退職金で一括払い、還暦を迎え、会費300円程度の東京都が始めた「蟻んこクラブ」に入会。
細かいことは、抜きにして。変化は立て続けに・・。
長男息子は、四十過ぎて、「帰宅恐怖症」。お嫁さんが、バリスタになると目覚めてしまった。
70代問題で、主人公の庭がほったらかしで、バラが伸び放題。主人公、目覚める、「園芸だ!」と、庭の手入れを。
次男息子は、四十歳で仕事をやめて、もともと好きだったフラメンコギター、スペインのアンダルシアでギター製作家の弟子入り。結婚などしないという。
P187 第7章
その辺りから、夫変わり始める。
「E組は大学でワンゲルをやってたヤツばかりで、あのメンバーと懸命な時間を持つことが、退職した後の気持ちを安定させてくれたって言うか(壊れなかった)」(蟻ん子クラブの)
「ジイサン、バアサン、汗かいて一生懸命なんだよ。たいした運動量じゃないのに体がついていけない・・年を取るってこういうことだと思ったよ」
「俺たちE組だって、十分老人だけど、つい手分けして、そういうジジババの面倒みちゃうんだよ」(昔は良かったと、昔話をするジジババ話を聞いて自分の人生を投影してみて、観ることが・・)
「仕事の快感って、自分が必要とされてることなんだよなー」(ジイさんバアさんの面倒を見ることでも)
「俺、わかったんだよ。この年齢の人間がやるべきこと」「ご恩返し」
(お金につながらなければ、無駄という意識から、無償であっても、いいんだという気づきのようなものを感じた。)
P216
高齢者の楽しみは、小さくても自分の力を社会に還元していくことかもしれない。
それをどう具体化するかは、自分で考えるしかない。
そして、姉夫妻の離婚。
でも、姉の娘っ子は、「じゃ、ママなんかすごいご恩返ししたことになるよ。二人(義兄の浮気相手(高校時代の同級生の女性)と)に老人のために力を合わせることをさせたんだよ・・」(老人福祉施設のボランティア)
その際に、主人公の姉の次の住まいの物件探しに夢中になっているとき、あるデイサービス施設の「猫の額」の狭さの荒れた庭に目がついた。
ディサービスのを利用する高齢者の中でも、園芸や花が好きな人はいるはず、お遊戯がイヤな人も。と、主人公は、ディサービスの施設の庭の手入れの無償ボランティアであっても、とやりはじめる。
私も、たまたま思う、もしもあの時、別な人を選んでいたらと思うが、私は所詮相手を不幸に陥れる性悪女だから、とどのところ、家から離れてずっと独身の方がよかったのかもしれないのかなあとか。
分岐点は夫の事故死で、50過ぎてからまた前の職場のお隣の市に仕事をコネで紹介してくれるという既得な人がいらしたけど、通勤距離、そのストレス、お役所関係仕事は、また、二の舞に過ぎないと断る。
幸せな専業主婦の時代は、80代、90代で、続々と天に召されている。
これからは、変化にめげず、強く生きるしかないんだなあと。幸せな専業主婦をおくれる人は、ごく稀だと思う。
亡くなったお姑さんの言葉が、耳に響く。「お父さん(舅さん、またはおじいちゃん)みたいな人がいいわよ、・・」という言葉。でも、もう、古いのだ。
彼らの転機は、一人息子30前の、反乱。サラリーマンやめて、山にのめり込む。だから、良かったのかもしれない。それで、私のようなクズ女と出会う羽目に。でも、早くから軌道修正がきくから。(夫、本当は独身を貫くつもりだった。)(申し訳ないことをしたとしきりに反省してます。)
もう、結婚する時から、「私たちは、お姉ちゃんにお世話になるから」という言葉。義姉が4人娘たちを育て、家事もこなし、働きに出ていた。姑に孫の世話や家事を手伝ってもらい大卒ということで、公務員。義兄も公務員。
でもでも、人生何があるかわからない。必要なのは、たくましさしかないと。
隣の芝生は青く見えても、これからは、変化に満ち満ちているから。
ただ、何かドラマを見ているようで、夢中で、読んでしまった。
何も残らない人間は、手慰みと言われても、小さなことでも続けることはいいのかもしれない。
小さな積み重ねと、「ご恩返し」。私の場合は、「贖罪」かもしれない。
「忖度」という言葉が目についた。
今度生まれたら、人間はこりごり、性悪人間がまたゾンビのように生き返るだけで、ゾッとする。ゾウリムシで十分だ。
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