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【エッセイ】板挟みの毎日へ


お久しぶりです。書きたいこと書きます。

お久しぶりです、三代朋也です。
最後にnoteを書いたのが去年の9月だと言うことを知って、身体の震えが止まりません。毎週投稿を当時はしていましたが、今年の3月から4月にかけて上演した舞台の制作が始まり、「こりゃ毎週書いてたらぼかあ死んでしまう」と判断して休止しておりました。あとは新しくやりたい事も見つけて、それにチャレンジしてました。あとで書きます。
さて、なぜ急に再開したかと言うと、色々あったからです。別に理由は言いません、ごめんなさい。その色々を、ぐっちゃぐちゃに書いてやろうかなと思います。小エッセイ丸出しスペシャル。こういう力の抜いた文章を久しぶりです。読みにくかったらごめんなさい。
あと半分は宣伝のためです。潔くて良いですね。

ぐちゃぐちゃ

最近の自分にタイトルをつけるなら「ぐちゃぐちゃ」です。
全く落ち着きがない。落ち着きがある時なんてほとんどないんだけれど。
何が「ぐちゃぐちゃ」なのかもよく分かりません。
楽しいことも嬉しいことも、悲しいことも悔しいことも、冷静に処理出来ていない自分がおります。それを整理するためにも突然文章を書き始めたのかもしれません。
去年の9月からの9ヶ月間、人生観が変わるような出来事がたくさんありました。
忘れかけていたスローガンである「等身大」を思い出して、ありのままを書こうと思います。
どうか、お付き合いください。

掛け算の恐怖

6/25に21歳になりました。
去年の3月頃、年が1つ上の先輩に「お誕生日おめでとうございます」と言ったら、「歳を取ることが怖くなってきましたよ」と言われたことを思い出しました。
「たかが1つ上なのに、何言うとんじゃ」と思っていましたが、何とか我慢できると思いきや、余裕で声に出ていました。
その時の先輩の気持ちが今は死ぬほど分かります。
ひとつめの理由は、去年巻き起こった「20歳誕生」というクエスト報酬に比べて、今年は別に何もないこと。1年前は「飲酒」「タバコ」「成人」って3つもあったのに、今年は0です。寂しすぎる。もういっそのこと、20歳で成人解禁、21歳で酒解禁、22歳でタバコ解禁、23歳で風俗解禁、とかにしたら4年は楽しめたのにとさえ思う。
ふたつめの理由は、「7年間を3回生きた」という事実。
マジすごくない?7×3だぜ?7年って相当長いですよ、それを3回もだよ?怖くないですか?小学生が6年間だぜ?それより1年間多い7年間を3回だぜ?
と、友人に熱弁したら、「来年はきっと11×2だということに興奮してるだろうね」と言われた。こっわ。11×2はもう笑えない。
そして再来年は23という素数の壁にぶつかって、もどかしく恐怖を覚えていることだろう。

わがまま

趣味でラジオをしている。
聞いてくださる方を募り、配信用のLINEグループを作って配信するという、とってもありがたい事であり、かなりのわがままをもう半年もさせてもらっている。

ラジオは高校生の頃からしっかり聴き始めた。
眠れない夜に知らない人の話で笑い、憧れの人の事を知るために緊張して聴いたり、知らない音楽に耳を澄ませ、知らない人の話に涙を流して頷いた。
静かな下宿の空白を埋めるには、ラジオはいい友達だった。

そんな憧れを密かに叶えさせてもらっている。
好きな音楽を紹介したり、逆に知らない音楽を紹介してもらったり、最近あった難しい話やくだらない話を話して、馬鹿みたいなお便りで笑って、興味深いお便りに一緒に考えたり、時には自分の周りにいる表現を志している人をゲストに呼んで、その方の人間性を深掘りしたり、興味のあることを共有したり、いつも聴いているラジオとなんら変わらない事をしている。

ある人は深夜の作業中に、ある人は通勤時の車内で聴いていると教えてくれた。
自分の手作りのラジオが、あの頃のような孤独を埋めていると思うと、とっても嬉しいし、わがままを大きな声で言って良かったなと思う。
そこで話したいことを話しまくっていたので、noteの更新が止まっていました。

そして、5/6。
私は機会に恵まれて、エフエムひめさんという放送局で、1時間の番組を作らせていただいた。ラジオ番組を作れていること、そしてそれが公共の電波に乗っていることに興奮を覚え、1時間ぶっ通しで喋り尽くした。
一緒にラジオを作ってくれている矢田直也と、帰りに何度も同じ言葉を口にした。

「出来るんだね。届くんだね」

わがままにはもったいないくらい、光栄な言葉だ。

礼儀を覚えるという恐怖

昔、自分の事を好きでいてくれる女の子がいた。
それは親の友人の娘であるAちゃん。8個下の女の子だった。
Aちゃんの家族がうちに来るとよく一緒に遊んだ。かけっこもしたし、人形遊びのようなこともした記憶がある。
Aちゃんは分からない事があると、「ともくんこれなに?」と聞いてきた。聞かれたともくんお兄さんは思春期だったので、結構適当に返していた。ごめん。
Aちゃんは小さい時「好き!」と真っ直ぐと伝えてくれた。ともくんお兄さんはドきも思春期野郎だったので、普通に照れてた。
Aちゃんは少し大きくなると「恥ずかしさ」を覚えたのか、顔を合わせるとモジモジするようになった。ともくんお兄さんは思春期を終えてもキモかったので「可愛いなあ」とニヤニヤしていた。
Aちゃんに弟が生まれた。弟も自分の事を好きでいてくれた。同じ男の子なので、Aちゃんとの遊びとは打って変わって、結構激しめに元気に遊んだ。それを見てAちゃんはモジモジしながらともくんお兄さんと遊ぶ弟に分かりやすく嫉妬していた。ともくんお兄さんは相変わらず気持ちが悪いのでニタニタしてた。

さて、去年の年末の話である。久しぶりにAちゃんの家族に会う機会があった。
高校から一人暮らしをしていたり、大学は大阪に出てしまったりしたため、会うのは実に6年ぶり近くだった。
Aちゃんは12歳。もうすぐ小学校を卒業するそうだ。
ちょっと緊張しているともくんお兄さん。
でも久々に会える楽しみもあるともくんお兄さん。
Aちゃんは昔みたいに会っただけで笑ってくれるだろうか。色々聞いてくれるだろうか。いくらでも数学教えてやるぜ!とウキウキなともくんお兄さん。
さあ、待ち合わせ場所はラーメン屋だ。お兄さんしてやるぞ〜!

Aちゃんはともくんお兄さんと目を合わせると、「会釈」をした。

礼儀覚えてらあ。6年こわあ。
ともくんお兄さんにとって、「会釈」という言葉はAちゃんの反対にある言葉なのだ。
Aちゃんは成績優秀で吹奏楽部に入る予定らしいと聞いたところから、私の思考は止まり、Aちゃんがスマホを取り出してLINEを交換したあたりで記憶が無い。Aちゃんの成長スピードに、ともくんお兄さんは置いてかれていた。
Aちゃんはいつの間にか、Aお姉さんになっていた。

弟はともくんお兄さんの事を覚えていなかった。あんなに元気に遊んだのに!!
とても寂しかったが、3月の舞台を観に来てくれて、お母さんに「もう一回みたい」と言ったそうだ。
小さい子を楽しませたという自信を俺にくれてありがとう。

いつの間にか、自分が子供の成長を感じる立場になっていた。
嬉しいような、怖いような。
当たり前だが、知らない遠くの場所でも、同じ時間が進んでいることに、恐怖を覚える。

憧れの人

憧れの人がいる。
憧れの人は遠くにいる。
憧れの人に似てきている。
憧れの人を知りたい自分と、飲み込まれないように抗う自分がいる。

平等な時間

21歳になって早々に酷い風邪を引いた。
3日間熱が出続け、家に篭りっぱなしだった。6月は梅雨だったり天気がよく荒れるので、誕生日に健康な状態でいる事は結構珍しい。
こんな日は、少し嫌な事を考える。

前述で話した通り、人は平等な時間の上で成長し、歳を取っていく。
同じ時間だけ寿命が減って、図らずも、人は死へと向かっている。

小学生の時にニュースで見た、著名人の死亡の報道は、ほとんど知らない人だった。
ただ、ここ最近は知っている方が亡くなっている。
そういう時に、歳を取った事を感じる。人は順番に死んでいく。命には終わりがある。

おばあちゃんと2人で東京に演劇を観に行った。
とても80代とは思えない、ずっと健康で、美魔女の、自慢のおばあちゃんだ。
東京にも電車で乗って、結構歩いたりもした。久しぶりに横に並んで歩いた。
おばあちゃんの歩きは、確かに遅くなっていた。私は歩幅を合わせてゆっくり歩いた。
おばあちゃんは小さくなっていて、満員電車で潰されそうになっていた。私は壁を作って、おばあちゃんを守った。

Aちゃんのお父さんとお母さんは、私の1番古い記憶では、大学生のカップルだった。
Aちゃんのお父さんは灰色の頭をしていた。

今住んでいるアパートの大家さんが去年の8月に亡くなっていた事を、ついこの間聞いた。

熱が下がったので、明日はバイトに行こうと思う。
3日という時間を、家の中で生きた。
3日分、すでに死んだ。

結局のところ

博識で物腰が柔らかくて、超絶美人のめちゃくちゃ尊敬している先生にアドバイスを聞いてみました。

「先生。今自分は脚本を3本抱えていて、テンテコマイです」
「私も昔ね、5本抱えてた時あったよ〜!」
「どんな感じでしたか」
「死ぬね!」
「どうやって解決してましたか」
「書くしかないよね!」
「結局のところ、そうなりますよね」
「結局のところね!!」

その後に別荘の話と印税の話を聞いて尊敬度が上がったし、結局のところ先生は超絶美人でした。

人生の本番はいつなのか

さて、大学3年生になった私は、そろそろ大学卒業後の事を考えなければいけません。
職に就くのか、就くにしてもどこに就くのか、はてさて、自分は何になるのか。
働きたくないわけではないが、こう漠然と、「社会」という蠢き続ける大きな生物に「何者かになりなさい」という脅迫を受けているようで、ちょ〜っとつらい。
改めて、自分の好きなこと、得意なこと、苦手なことを知らなければいけなくなってしまいました。そりゃあ好きなこと、得意なことが職になったらいいです。けれど「得意ではないけれど、したいこと」とはどう向き合えば良いのかしら。
などと、無限に考えてしまう。

「人生の本番は30歳から」
という言葉に、一年生の時に救われた。でも今は、ほんとに〜?と思っている。
つい先日、60代後半から70代の方達のみで構成されている劇団さんの公演を観に行かせていただいた。
まず受付が面白かった。皆様、耳が遠いので、めちゃくちゃ声が響く。さらに演劇をやられている方達ばかりなので、声がとっても大きくて、自分の知ってる中で1番賑やかな受付だった。でも皆さん、私たちと変わらず、来てくれたお客様に「よく来てくれたね」「ありがとう」と笑顔を浮かべていた。
椅子に座り、幕が上がる。舞台の上には、おじいちゃんおばあちゃんが立っていた。お年玉を孫に渡しているであろう、おじいちゃんおばあちゃん。正真正銘の、おじいちゃんおばあちゃん。
おじいちゃんおばあちゃん達は、テンポよく台詞を話していて、大きな声で歌い踊って(ミュージカルでした)、大きく体を動かして、板の上を走り回っていた。もちろん舞台はナマモノなので、台詞が詰まったりもしていた。道具が上手く動かなかったりもしていた。
上演後、お客さんに感謝を伝えてお見送りした後、上手くいかなかった場所を本気で悔しがっていた。
今の私たちと何ら変わらない。何か目標があって、それになれるように本気で挑んで、実現出来ないことに悔しくなって、誰も「何者」になれていない。ずっと迷い続けている、おじいちゃんおばあちゃんがいた。
なんて素敵なんだろうと思った。この人たちは、今、本番の真っ最中なのだ。

「人生の本番は30歳から」
別に、ずっと本番なのではないかと思った。
歳を取ったら何かに縛られるかもしれない、身体も動かなくなるかもしれない。したい事が出来ないかもしれない。
そんな時は、あのおじいちゃんおばあちゃん達を思い出して、迷うことを恐れないでいたい。
ただ、将来できるかもしれないと、本番中の「今」を逃さないでいたい。

トライ&エラー&エラー&エラー

「1回目はいくらでも失敗しなさい。2回目ダメだったら辞めなさい」
この言葉はここ最近の自分に課せられた呪いであり、活力剤である。

満足

「その人にとって満足できないことが、その人の本当にやりたいことなのではないか。」

表現には「締切」や「本番」があるだけで、いつまでも完成するものでは無いという考えはあるが、人それぞれに「ここまで」と言えてしまう何かがあると思う。
そんな話を、役者を目指している友人Sとした。
Sは今までやってきた全ての演技に、満足が言ったことがないらしい。
すごいなあと思う。尊敬する。

自分はどうだろうか。
これから書くことはとっても嫌な事で、お金をいただく興行作品でこんな事を思ってしまったことはとっても失礼だと思うが、正直に書こうと思う。
この前制作した舞台に於ける「自分の演技」という点で、どこかゴールラインを作って、満足してしまっていた自分がいる。というか、結構それどころでは無かったのかもしれないが。それにしても悔しいし、残念で、「やってしまった」と反省している。
逆に満足しなかった事は、脚本と演出、構成である。
正解は何も見えなかったが、一生突き詰められる楽しさを心から感じた。
そしてもう一つ、新しく満足できないかもしれないものを今回の舞台で見つけた。
それは音楽である。
音楽はアレンジを加えたら無限大に遊べる表現だし、ライブともなればその場で鳴る音は毎秒違うものになる。かもしれない。

さて、音楽は私にとって、満足のいかないものになり得るのだろうか。
向き合う。楽しむ。楽しませる。

板挟みの毎日へ愛を込めて

宣伝です。潔く、宣伝です。
この度私は、ワンマンライブを開催する事を決定しました。
ミュージシャンでも何でも無いのに、“ワンマンライブ”と名打つこの覚悟。若気の至りですね、ほんまに。どうにか怖気付かないで行きたいと思っています。

タイトルは「ITABASAMI」
最初に「ぐちゃぐちゃ」と書きましたが、色んなことを整理してみると、私はぐちゃぐちゃに見えて、何か相対的なものに挟まれ続けているのでは無いかと思いました。

理想 と 現実
嬉しい と 悲しい
憧れ と 自分
欲望 と 強制
怠惰 と 覚悟
上司 と 部下
将来 と 現在
冬 と 夏
日 と 月
くだらない と ややこしい
うそ と 本当

板挟みになっているこいつらを全て受け止めて、ぐっちゃぐちゃにして、何か形にしたいなと思い、今回のワンマンライブ開催を決定しました。
内容はもちろん殆どが音楽ですが、漫才や、写真展など、行うジャンルが板挟みになっています。
そして制作メンバーは私が代表を務めるアーティストグループからStudioLinenから数人、そしていつもお世話になっている先輩や同級生、後輩、大人だったり、大阪の人間と埼玉の人間、立場もやっていることも板挟みです。
かなりカオスな空間になると思っていますが、きっと楽しいです。もう楽しみで仕方がありません。

開催場所は埼玉県、宮代町にあるトモトモクラブというライブハウスです。
開催日時は8/12 15:00〜  8/13 16:00〜になります。
ぜひ、直接お会いして、一緒に楽しみましょう。
チケットなどの詳細については、StudioLinenのSNS、または私のSNSで配信して行きますので、何卒、フォローなどよろしくお願い致します。

最後にこんな宣伝が入ったら、今までのエッセイが台無しになりそうですね。
本当は別で書くつもりだったのですが、今自分の考えていることが今作っているこのライブに収束している感じがしてきたので、一緒にしてしまいました。
何故だかたくさんため息をつきながら書きましたが、文章を書くという行為は脳みそが整理されてとっても良いなと思いました。
今後はもっともっと気楽に、考えなしに、駄文を書きたいなと思います。

もう本当に、限られた時間の中で、嫌いなものは嫌いで、好きなものは好きでいたいだけなのに、そうもいかないのが、世の中の辛くて面白いところですよね。
争いは絶えず続きますが、凄惨な瓦礫の中に咲く一輪の花のような喜びをひとつでも多く見つけられるように願っております。
それでは皆さん、熱中症にお気をつけて。

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