第三章『転機』

 父がシャンソンが好きで、趣味でアコーディオンをやっていたり、家族でカラオケに行くと必ず『愛の賛歌』と『サントワマミー』を歌っていたので、シャンソンを歌い始めるまでの私は、シャンソンというと、越路吹雪さんや美輪明宏さんのイメージでした。

 そんな中、地元のミュージカルでもお世話になっていたミュージカル俳優の方がシャンソンを歌っていて、『コンテストで入賞すると渋川にある日本シャンソン館で歌えるよ!』と言ってくださり、渋川で歌えるのなら、いつかそのコンテストに挑戦してみたいと思うようになりました。
 そして、ミュージカルに出演した際にご縁が繋がり、銀座のシャンソニエで歌わせていただけることになりました。
 初めは何も分からず、先輩方に教えていただいた中で、歌ってみたいと思ったシャンソンをミュージカルソングやポップスなどと共に歌っていました。
 その後、シャンソンを歌い始めて間もなかったのですが、若手シャンソン歌手のコンテストに挑戦する機会をいただき、先輩方に助言をいただきながら練習を重ね、なんと、グランプリを頂くことができました。コロナ禍ということもあり、シャンソン館での受賞記念コンサートは叶いませんでしたが、その経験があったことで、大きなホールで歌う機会をいただけたり、自分の中で『歌っていていいんだ』と背中を押してもらえたような気持ちになり、『歌手としてもっと頑張りたい』と思うきっかけとなりました。

 その後、更にご縁が繋がり、メジャーでも活躍されている音楽家の方にオリジナル曲を制作していただけることになり、歌手活動を本格化させることになりました。  

 しかし、それまで家族や周りの人のお陰で本当に恵まれた環境で生きて来れたのですが、自分の努力によって何かを成し遂げたという経験が殆どなかった私は、いつもどこかでそんな自分に自信が持てずにいました。
 そして歌手活動を本格化させたいと思ったときに、これまで向き合ってこなかった弱い自分と向き合わざるを得なくなり、何もできない自分に焦り、前向きに行動できなくなってしまい、どんどん悪循環になっていきました。
 そんな状況を見かねた家族に『帰ってきたら?』と言われ、それまで地元に帰るという選択肢を考えることができなかったのですが、その時素直に『帰ろう』と思うことができました…

続く

次回第4章『挑戦』❤️‍🔥

 故郷に帰ってきてから、現在の企画へ挑戦するに至るまでを綴っています…♪お楽しみに☺️


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