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「好き」を減らして伝えてしまうのは何故だろう。

以前住んでいた街に、大好きなコーヒースタンドがあった。

駅から徒歩5分ほどのところにあるその小さなお店は個人経営で、内装がとてもカッコよく、店員さんたちもカッコよかった。値段はお高めだったけれど、私はそこのアイスカフェラテが大好きだった。豆の味が濃くてちょっと苦めなそのラテを店先で飲んでいると、何だか自分までカッコいいような気分になった。

「コーヒースタンド」というだけはあって、店内は狭く、3人も入ればいっぱいになってしまう。だからお店の中には入らずに店先で飲んだり、持ち帰るお客さんの方が多かったように思う。手作りの焼き菓子も置いてあったが、あくまでメインはコーヒーという印象だった。

5年ほど前、私は訳あって別の街に引っ越した。そしてそれ以降、その街には行っていない。「アイスカフェラテを飲むためにその街へ行く」という選択肢もあったのだが、自分の意思で離れた場所を再び訪れる気分にはなれなかった。

つい最近、そのお店の2号店が別の街に出来たことを知った。違う街だったら、行ってみてもいいかな。新しいお店の雰囲気も見てみたい。——同じ店員さんはいないかもしれないけれど、何より、あのアイスカフェラテをもう一度飲みたかった。

電車を乗り継ぎ、家から約1時間以上かかるコーヒー店を目指す。生まれて初めて降りた駅からスマートフォンの地図を頼りに歩くと、10分もしないうちにそのお店はあった。少し離れたところから見ても、やっぱりカッコいい。

店内に入ると、コーヒー豆を焙煎するための大きなロースターが目に入った。カウンターにはコーヒー豆の袋やフィルター、そして焼き菓子が並んでいる。以前住んでいた街のお店よりも広い。このお店を構えたということが、「もうひとつの夢」の実現を意味しているのだと、一目で分かった。

レジの前に立ち、ほぼ自動的にアイスカフェラテをオーダーした私は、なんだか緊張していた。メニューを説明してくれた店員さんに見覚えがあったのだ。

出来立てのラテを手渡されながら尋ねると、やはり以前のお店に出ていた店員さんだった。私は、引っ越してから前のお店にはいけなくなったこと、2号店が出来たのを知ってここへ来たことを伝えた。そしてちょっとだけ、ウソをついた。

「ここに来るためにこの街まで来た」のに、「ちょうど近くまで来たからここに寄った」と言ってしまったのだ。

何故わざわざそんな言い方をしたのだろう。自分でもよく分からない。ただただ美味しいアイスカフェラテが忘れられなくて、わざわざ電車を乗り継いでここまで来たのに。「好き」をストレートに伝えることができなくて、私は自らその「好き」をちょっとだけ減らして店員さんに伝えた。

それでもじゅうぶん店員さんは喜んでくれたけれど、もっと素直に堂々と自分の「好き」を掲げてしまえばよかったのだと思う。

そんなおかしなカッコつけ方をしているから、私はいつまで経っても憧れるばかりで、本当にカッコよくなんてなれないのだ。

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