読書メモ 「新解さんの謎」

「新解さんの謎」
 赤瀬川 原平
 文春文庫 1999年


「わたしはいま、しんめいかいに来てるんです」


時刻は夜の11時、著者のもとに女性から電話がかかってくる。
声の主は友人の娘さんで路上観察学者のSM君である。
SM君といっても縛り叩きの人ではなく、ただ名前の頭文字である。何か様子からして物件を見つけたらしい。
しんめいかい? 横浜の中華街か?
いや違う。「しんめいかい」とは小学生時代にお世話になった人も多いであろう、あの「新明解国語辞典」の事である。
略して「新解さん」。


著者とSM君は、辞書である新解さんの辞書らしからぬ攻めっぷり、暴走っぷりを次々に発見し、遭難しそうになりながらも明解の密林に分け入っていく。その明解パワーに捕えられたら最後、読者は抱腹絶倒間違いなし。


親切な新解さんは火炎ビンや手榴弾や核弾頭、黒かびやさなだ虫や虫歯などのかぞえ方までも教えてくれる。なんて親切なんだろう。もう私は圧倒的に新解さんに付いていくことに決めた。岩波国語辞典なんて目じゃない。


我が家にある新解さんの【恋愛】の項を開く。我が家の新解さんは第五版、2002年12月1日発行である。


れん あい【恋愛】 特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。


第四版よりさらに明解パワーが増している。
情念が、いやもはや怨念が渦を巻いている。
このまま新解さんに付いていっていいのだろうか、ふと一抹の不安がよぎるが時既に遅し、私は明解の密林から抜け出せなくなっていたのだった。

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