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PTSD: 25年間の進歩と課題

このノートは、以下の書籍の第一章で勉強した内容です:
フリードマン, M. J., キーン, T. M., & レシック, P. A. (編). (2014). PTSDハンドブック: 科学と実践 (金 吉晴 監訳). 金剛出版.


外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder [PTSD])は、古くから文学や歴史の中で記録されてきたが、現在の用語として疾病分類学に登場したのは1980年になってからのこと。

その以前は、米国精神医学会がDSM-I (American Psychiatric Association [APA], 1952)の中で重度ストレス反応(Gross Stress Reaction)のひとつとして含まれていたもので、Kraepelin (1896)が精神障害の分類で驚愕神経症(Schreckneurose; Fright Neurosis [in English])という用語で取り上げている。これは災害や戦争などの極度のストレス要因を経験した結果として精神症状を持つようになった人々への診断として提起された。

1970年代に入ると、女性への性的暴行や身体的暴行が社会問題として注目されるようになり、戦争体験に加わるトラウマ的出来事としての認識が高まった。

PTSDの診断基準の変化

そうして、PTSDはDSM-III (APA, 1980)にて初めて公式の診断として登場。
この時の診断基準は以下の4つ:

  1. ほとんど誰でも苦痛に感じるようなストレス要因が認識されている

  2. 次の3種の再体験症状のうち1つ以上:反復する侵入的想起、反復する夢、あたかもトラウマ的出来事が起こっているかのような突発的行動

  3.  1つ以上の反応性麻痺の徴候ないし外界への関わりの減退(活動に対する興味減退、孤立と無関心の感覚、感情の狭小化)

  4. その他の一連の症状のうち2つ以上:過覚醒ないし驚愕、睡眠障害、サバイバーズギルト、記憶障害ないし集中困難、トラウマを想起させる活動の回避、想起させる出来事に暴露された際の症状増強


DSM-III-R (APA, 1987)では、以下の5つの基準が設けられた:

  1. ストレス要因の基準:人が通常経験する範囲外(すなわち、単なる悲嘆、慢性疾患、仕事上の損失、夫婦の葛藤など人として通常の経験の範囲外)

  2. 再体験症状(1つ以上)

  3. 回避症状(3つ以上):思考や想起を回避する努力、麻痺(numbing)、未来が短縮したような感覚、出来事の一部についての健忘

  4. 覚醒症状(2つ以上):生理的覚醒の直接的指標(驚愕、過覚醒、刺激暴露に対する生理的反応性)と間接的指標(いらだたしさや怒り、睡眠障害、集中困難)

  5.  1か月の持続期間の基準


さらにDSM-IV (APA, 1994; APA, 2000)では以下の変更:

  • ストレス要因の基準にあった「人が通常経験する範囲」が次の2つに変更:(1) 実際にまたは危うく死ぬような、もしくは重傷を負うような1つまたは複数の出来事や、自己または他人の身体の保全に迫るリスクを、本人が体験、目撃、または直面した。(2) その人の反応は、強い恐怖、無力感、戦慄を伴うものだった

  • 暴露に対する生理的反応性が「4. 覚醒症状」から「2. 再体験症状」に移動

  • 新たに6つ目の基準として、症状によって著しい苦痛が生じているか、何らかの領域で機能障害が生じているという項目が追加

  • PTSDとは別に、急性ストレス障害(Acute Stress Disorder [ASD])が追加。ASDの導入は、PTSDの診断がつきうる1か月後の間隙を埋めるためでもあった。

疫学的知見

PTSDが操作的に定義されたとき、トラウマ的ストレスへの暴露は「人が通常体験する範囲を超えた破局的出来事」と定義されたが、実際には米国の成人の半数以上が人生のどこかでトラウマ的ストレスに暴露されていた (Kessler et al., 1995)。
その一方で、トラウマへの暴露とPTSDの発症には用量反応関係が成立していた。生涯のトラウマへの暴露が50~60%の米国のPTSD有病率7.8%に比べ、トラウマへの暴露が92%であるアルジェリアではPTSD有病率が37.4%に達していた(de Jong et al., 2001; Kessler et al., 1995)。この関係は、トラウマ体験の種類(レイプ、自然災害、戦闘地域、テロなど)によらず、保持された (Galea et al., 2002; Kessler et al., 1995; Norris et al, 2002; Norris et al., 2001; Schlenger et al., 1992)。

トラウマへの暴露は、PTSD以外にも抑うつ、その他の不安障害、アルコールや薬物への乱用・依存、あるいは身体疾患のリスクの増加といった症状も含まれる。

リスク要因

トラウマへ暴露された人の大半は、持続的PTSDは生じない。
また、トラウマ的出来事の以前からある要因(年齢、性別、既往歴など)は、予測力が比較的弱く、因果関係も明確にわかっていない。

一方で、トラウマへの暴露の重症度はPTSD症状の出現しやすさを予測する。また、残虐行為への暴露、周トラウマ期解離、パニック発作、強い感情もリスク要因として知られる (Bernat et al., 1998; Davis et al., 1996; Epstein et al., 1997; Galea et al., 2002; Ozer et al., 2003)。

トラウマ後に重要になる要因は、トラウマを被った人が社会的支援を受けているか、様々なトラウマ後ストレスが続いていたかどうかである (Brewin et al., 2000)。とりわけ社会的支援は重要。

PTSDの心理学理論

PTSDを理解する心理学理論は、主に条件付けモデルと認知モデルがある。

感情処理理論(Emotional Processing Theory; Foa & Kozak, 1986)によると、トラウマによって活性化された病的恐怖の構造 (Lang, 1979)が、認知的、行動的、生理的不安を生み出している。

古典的認知理論 (Beck et al., 1979)によると、臨床症状を引き起こすのはトラウマ的出来事そのものよりもトラウマ的出来事の解釈のほうである。

PTSDの治療で最も成功を収めているのは認知行動療法とされ、なかでも持続的エクスポージャー療法(Prolonged Exposure Therapy)、認知処理療法(Cognitive Processing Therapy)、ストレス免疫訓練法(Stress Inoculation Therapy)が効果を示している。実際、すべてのPTSDの治療ガイドラインで認知行動療法の選択が推奨されている。

PTSDの生理学理論

脅威刺激を処理する神経回路の中心は、偏桃体にあり、そこから主要な相互結合が視床下部、海馬、青斑核、縫線核、中脳辺縁系、中脳皮質、下流の自律神経システムに伸びている。偏桃体に対する主な抑制系としては通常、前頭葉内側皮質が働いている。
PTSDでは偏桃体の活動が過剰となり、前頭前野皮質からの抑制が減少している。

様々な神経ホルモン、神経伝達物質、神経ペプチドがストレス誘発性の恐怖回路で重要な働きを担っている。PTSDの治療適応として米国食品医薬局が承認しているのは、いずれも選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor [SSRI])である。

PTSD診断に対する批判

一方で、PTSDの診断に対しては以下の批判が現在まで続いている:

  1. 人は常に様々な出来事に対して反応してきたのであり、それを病的に扱う必要はない

  2. PTSDは正当な症状群ではなく、フェミニストと退役軍人の特殊な利益団体が創作した作り物である

  3. PTSDは臨床よりも訴訟のために用いられる

  4. トラウマへの暴露もPTSD症状も、言葉による自己報告には信頼性が乏しい

  5. トラウマ記憶は妥当性に乏しい

  6. PTSDという診断は欧米文化に限定された症候群であり、伝統文化におけるトラウマ後反応には適用できない

  7. PTSDは虐待的暴力の被害者が経験する正常な苦痛を、不要に病理化して扱っている

PTSDに対する批判は以下も参照
Brewin, C. R. (2003). Posttraumatic stress disorder: Malady or myth? New Haven, CT: Yale University Press.
Rosen, G. M. (2004). Posttraumatic stress disorder: Issues and controversies. Chichester, UK; Wiley.

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