#65【毎日投稿】自分の嫌いな家事
いしかわゆきさんのご著書【書く習慣】に触発されて始めた『書く習慣1ヶ月チャレンジ』を完走。続けて、『毎日投稿チャレンジ』を始めました。
今回のテーマは『自分の嫌いな家事』です。
1.もう、「全部イヤ」なのよ
あえて「コレ」が嫌いというのもおこがましいくらい(「おこがましい」の使い方!)、全部イヤなのです。
「嫌いな家事」をカテゴリーで言ってしまうと、「全部です。以上!」で終わってしまいます。それではオハナシににならないので「イヤ」をもう少し細分化して見ていきましょう(ナニサマ)
とりあえず、「めんどくさいこと」はイヤです。
考える(献立)、片づける(食べた後の食器、洗った後の食器、掃除全般)、始める(アイロンかけるぞー!みたいな)。
ほらね、「全部」イヤでしょ(笑)
特にイヤなのは、「炊飯器の蓋を外して洗うこと」、「コーヒーメーカーのドリップ部分を外して洗うこと」
わかってる。意味不明。
理由は「めんどくさいから」
でも、そういうと、大体「もっと他に面倒なことはいっぱいある」っていわれるんです。
それもわかってる。でもしょーがない。
『これは面倒』と思うのは、自分自身の感想であり感情なのです。人から理屈で「こうだよね」「こっちの方がもっとめんどくさいじゃない」っていわれても、「でも、それってあなたの感想ですよね」と、私の中のリトル・ひろゆき…じゃなかった、リトルともこがいうのです。
2.「もっとめんどくさい」はずなのに、イヤじゃないこともある
日本の家事家電は、「めんどくさいことを自動化(機械化)することで、主婦労働を楽にする」という歴史背景によって発展してきたのだと思うのです。
電子炊飯器しかり、洗濯機しかり。
でも、電子炊飯器の蓋を外して洗うことは、私にとっては「超超超めんどくさい」からイヤなのです。毎回洗わないと清潔じゃないし。毎回洗わないと気が済まないのです。
毎回洗わなければいい?
それはムリ。
ところが、「ご飯を炊いた後の土鍋を洗う」のは、「炊飯器の蓋を外して洗う」よりも「(比較的)イヤじゃない」ことに気づいたのです。同じように、コーヒーメーカーのドリップを外して洗うのは面倒だけど、コーヒーメーカーじゃないものならば、「(比較的)イヤじゃない」ことに気づいたのです。
なので、我が家には、炊飯器はありません。また、1日に数回レギュラーコーヒーを淹れるのですが、コーヒーメーカーもありません。
3.まとめ~単なる変人かと思いきや~
ご飯は鍋で炊く。お湯はやかんで都度沸かす。
最近、魔法瓶を買ったので、少し保存することができるようになりました。
でも、コーヒーもお茶も、その都度お湯を沸かして、淹れる。
「余計に面倒なことをしている変人」と、なかなか周りの理解を得られません。
先日、母の葬儀のときに親戚が集まって、いとこたちと話していたら、家事の話になりました。
「電気炊飯器でご飯炊いたら、内蓋外して洗うのがめんどくさくて、炊飯器捨ててしもたわ」と話したら、「うん。アレ、めんどくさいよなぁ~。うちにも無い」と普通に共感されました。
父方のいとことも、母方のいとことも、話しているとこういうことが他にも結構あって、「自分だけが変人なのではない」と思うことがあります。
そうなんです。
うちの家系が変人ぞろいだったんです。
今日はここまで。
所要時間は約10分でした。ちゃんちゃん。
今回も読んでくださって、ありがとうございました。
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