見出し画像

35歳からのウソ日記35

2020年7月2日

語る男。

語らないことを美学とする男。

私は後者でありたいと常々思っている。

男は背中で語るのだ。

だがこれができる男は少ないと思う。

学生の頃はどれだけ寝ないで起き続けているだとかを口に出しては自慢してしまったり、大人になってからはついついお酒の席で酔うと仕事のことを語ってしまったり、昔の武勇伝的なことを実際のことならまだしも何割か盛ったり、最悪の場合は友達の武勇伝をさぞ自分の武勇伝かのように語ったりしてしまう男がいる。

あっちゃんカッコうぃー!と言われたいのだろう。

確かに自慢話などを言ってしまうこともある。

ただそれを言うのが好きな男が必ずいる。

否定するわけではないが、私の好きなタイプではない。

そしてそういう男はまず間違いなく胡散臭い顔をしているし、語っている風なだけで、もれなく薄っぺらいことしか口に出さないのである。

終わりかけのサランラップくらい薄いのだ。

とか言っている私も意識はしているが、なかなか語らない男を徹底することができずにいる。

しかし背中で語る男になりたいのだ。

半人前の私は持っているTシャツのデザインは全て、前は無地で、背中に文字がプリントされている。

Tシャツだけでも背中で語ってもらっているのだ(この考えが1番ダサい)

そんな語る男に今日電車で出くわした。

お昼過ぎのことだったので電車も空いていて、座席の端に座ることができた。

私は今ちょうど読み途中の本がハードカバーの長編小説で、大きいために荷物になるから何か違う文庫本を持っていこうかと思ったが、続きが気になっていたため大きい本にした。

その本を読んでいると、前に座っていた20代半ばくらいのカップルの彼女の方が、何で電子書籍という便利なものが世の中にあるのにあの人(つまり私)はあんな大きい本を持ち歩いて読んでいるんだろうとねと彼氏に話しかけているのが聞こえた。

この電子書籍派VS紙の本派の意見対立の構造はもう長いこと行われている。

別に戦っているわけではないが、各々考えがあって選んでいるわけだ。

私もそれなりの理由があってなのだが、しっかりと言葉にできていない自分がいる。

なんとなく紙の方がいいとかページをめくる感覚も読書の楽しみなんだくらいにしか言えず、これといって説得力のある説明は持ち合わせていない。

そうすると彼氏の方が、こういった機会を待っていましたというような胡散臭い顔で、ゴホンと咳払いをしてから語り出した。

「紙の本と登山っていうのは似ているんだよね。」

いかにも深そうにみせての薄そうな滑り出しだ。

「散歩とかハイキングくらいだと気兼ねなく行けるだろ?でも登山っていうと結構気合を入れなくちゃならないし、標高が高かったり、険しい道のりがあると分かっている山を登るとなったら必ず辛い道のりになるわけだよ。でも登りきった時の達成感といったらそれは何物にも代えられないわけだ。」

それくらい大体の人は知っているだろう。

「標高の高い山と長編小説は似ていて、読む前には気合を入れなきゃならない。でも読み終えた時の達成感も知っている。そしてその達成感を想像しているから読み始められるんだよ。実際にその目で分厚さを確認できるからこそなんだ。読んでいる途中の楽しさも登山でいうところの自然の中を歩く気持ち良さとも一緒でね。」

なるほど、なるほど。

「ただこれが電子書籍だとタブレットだからどんなページ数でも一緒。ページ数を知ればどれくらいか分かるけど、数字だけだと実感しづらいだろ?バーチャル登山と実際の登山くらい違うものなんだよ。」

こいつめちゃくちゃ説得力あるなと握手でもしようかなと思った時だった。彼女の方が彼氏に向かって、

「そんなこと言ってるけど、アツシはタブレットでいつも読んでるじゃん。」

裏切り者!心の中でそう叫んでいた。

手を差し伸べてくれていたかと思いきや、奈落の底に落とされるような気持ちになっている。

そこで反逆者の彼氏は、ニヤリと右端の口角を上げて言った。

「俺がタブレットで読んでいるのはマンガだけだよ。マンガの場合は分厚さを知っている必要はないし、気軽に読めるから散歩みたいなものなんだ。それに何より、マンガって買い揃えると結構な量になるから家のスペース取りすぎちゃうだろ?そこで電子書籍の出番ってわけだ。1番の長所である何冊あっても1つのタブレットでいいっていうね。だから俺は小説は紙、マンガは電子書籍って決めてるんだ。」

私は感動していた。

胡散臭いと思っていたこの若き語る男。

全然薄っぺらではなく、長編小説のように分厚い男だ。

私の考えを一新するほどであった。

語れる男は語らない美学と同じくらいカッコいいと。

これからは語れることは語ろうと思う。

電車は私が降りる駅に到着した。

私は降りる前に彼のところまで行き、ゴホンと咳払いをしてからクルリと背を向けて、Tシャツの背中にプリントされている

あっちゃんカッコうぃー!

という文字を彼に見せ、下車した。

それでは また あした で終わる今日 ということで。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?