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「アメリカン・ヒストリーX」

多分、3回目だが、今こそ観るべき傑作だと思う。「アメリカン・ヒストリーX(American History X)」(98年・米、トニー・ケイ監督)。「ファイト・クラブ」のエドワード・ノートンが肉体をマッチョに改造して臨んだ衝撃作。

バリバリの白人至上主義、レイシストのデレクは車泥棒の黒人を殺した罪で服役、刑務所の中で辱めを受けるが、差し入れられた本を読み、一緒に仕事をする黒人と交流する中で、以前の自分に疑問を持ち、3年後、穏やかで公平な人間になって出て来る。デレクに影響を受け崇拝してた弟のダニーは出所を待ち望んでいたが、デレクが変わってたことに衝撃を受ける。デレクはダニーに刑務所の中での出来事を話すが…。

以前のデレクの話を聞いててわかるが、だいたいレイシストの主張することは、全世界どこも似たようなものだ。“その国の人間ではない連中がたくさん入ってきて、特権を利用してやりたい放題、国をダメにして乗っ取ろうとしている。マスコミはウソしか報じない”

デレクやその彼女が白人以外の敵と定めた人物をファック連発で口汚く罵る様はホントに狂気だ。

ヘイトというのは、政治的主張というよりも、心の、精神の病気だと思う。事実云々はどうでもよくて、ただ相手が憎いだけなのだ。それも、多くは、攻撃しやすいものに対して屁理屈を捏ねて、単に日常の不満不平の憂さ晴らしをしてるだけ。自分で気付かない限り、こういう連中を説得するのは無理であろうと思われる。

デレクの話を聞いて“改心”したダニーだが、最後は、以前のレイシストとしてのデレクを憎む黒人の少年に撃たれて死んでしまう。憎しみの連鎖が続いたわけで、デレクの以前の態度は家族をも悲劇に巻き込んでしまったのだ。彼の過去は胸のハーケンクロイツのタトゥーのように消すことはできないのだ。とても、とても悲しい場面だ。

「憎しみは君を幸せにしたか?…憎しみとは背負いきれない重たい荷物のようなものだ。短く貴重な一生を憎しみだけに生きるのはあまりにも虚し過ぎる。我々は敵ではなく友なのだ」

しかし、刑務所の中の黒人、ヒスパニック系、メキシカンは、アウトローそのものでマジにヤバ過ぎる。

デレクはスキンヘッズのボスに裏切り者としてケツを掘られるが、多分、こういうことは米の刑務所であるのだろうなぁ。怖い。

たまたま仕事が一緒になった背の低い黒人がラップのようにいっぱい喋りかけて、徐々にデレクの心を開いていく。そして、裏で黒人の仲間がデレクを襲うのを抑えてたというから、カッコ良すぎて泣けてくるね。知らずに交流を持たないと憎しみばかりが増大していくものだ。

この映画を最初に観た頃、俺もスキンヘッドにして、フレッドペリーのシャツに古着のリーバイスのジーンズにサスペンダー、MA-1を着て、ドクター・マーチンの赤ブーツで決めて、ファッション等も英国スキンヘッズを真似してた。これを機にいくつかのスキンヘッズが主人公の映画を観たが、どれも同じような悲劇だった。

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脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。