【邦画】「山の音」

成瀬巳喜男監督は“文藝メロドラマ”の達人だなぁ。川端康成原作の「山の音」(1954年)。川端康成も、30代に新潮文庫は読破したが、もうすっかり忘れてた。

鎌倉に住む62歳の尾形信吾(山村聰)の一家の物語。
同居する息子・修一(上原謙)は同じ会社に勤めるが、彼は、嫁の菊子(原節子)がいながらも、外に複数の女を作って、度々、家を開ける浮気者のクズ野郎。
信吾は、いつも家で妻・保子と共に、優しく接してくれる嫁の菊子が不憫でならなかった。
そこへ修一の妹・房子が夫とケンカして2人の子供と共に帰って来る。
房子は、信吾の菊子に対する過剰な心遣いを見て、嫉妬してひがむ。
房子の幼い娘までも暗くいじけてた。
信吾は修一の浮気相手の家を訪ねるが、そこで修一は酔うと「俺の女房は子どもだ。だから親父は気に入ってる」などと話して、浮気相手に暴力を振るったことを聞く。そして、浮気相手は修一の子供を宿していることを知る。
信吾は、修一に対して激しい怒りを覚えるが、妻・保子と房子の愚痴や修一の諦めたような放言など、尾形家は、暗い気まずい雰囲気に満ちているのを知る。
何よりも、夫の浮気をうすうす感付いている菊子の苦しみが痛いほどわかる。
実は、菊子は修一の子を身籠っていたが、夫に他に女があるので、産みたくないと自ら病院に行き堕ろしてた。
菊子は修一と別れる決心をする…。

修一は、ヘーキで外に女を作り、浮気相手を殴るなどサディスティックな性行を持つクズ野郎だが、菊子は、キレイな言葉遣いで、甲斐甲斐しく立ち働き、夫の親の世話をする、優しく上品なお嬢様。でも、自ら子供を堕ろすなど激しい一面も。

嫁と舅の労り慈しみあう微妙な関係を描いているが、舅が嫁に恋をしてるとも観れる。2人の間には、義理の父と嫁の関係以上のものを感じるのは確かだ。

夫は、その関係に気付いて、自暴自棄になって外で遊ぶようになったかもしれない。

家族の会話の中で、信吾は、本当は妻・保子の、亡くなった美人の姉を妻にしたかったこと、不美人な房子よりもイケメンの修一を可愛がったこと、そして、美しい菊子に過剰な心遣いをしてること、が明かされるが、つまり家族の不和は、信吾の美に惹かれてしまう性質に原因があったのだ。さすがだねー、川端康成。

ラストの嫁と舅が、ロングコートを着て木立の中を歩くシーンは「第三の男」みたいでこれまた美しい。

気になった一言。
「人間は皆、人に愛されているうちに消えるのが一番良い。いたずらに嫌がらせの年齢が来るのを待つのでは、これまで生きてきたことがムダになる」


脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。