見出し画像

なんの意味もないもの

「僕、死のうと思ってるんです。だから、今日でこの会社を辞めます」


僕は上司にそう告げ、会社を去った。


僕がそう言った瞬間の同僚達のどよめきは、何を感じてのものだっただろう。


「私も。僕も。」なのか。
「勝手に死んでおけ。」なのか。
「止めなくていいの。」なのか。


それを知れないのが心残りだが、この会社にも、この世界にも、もう、未練はない。


僕は、死のうと思っている。


いつもの帰り道、
いつも乗っている電車、


明日からはそこに、僕はいない。


そして、今日、
僕が帰りの電車に乗り込むことも、ない。


僕の人生ってなんだったんだろうか。人は死を覚悟した時、そんな事を考えるみたいだ。まぁ、考えなくても、答えはわかっている。


なんの意味もないもの、だったのだから。


人生は素晴らしい、か、よくそんな綺麗事が言えたもんだ。僕の人生を追体験しても、そんな事が言えるだろうか。おそらく無理だろう。


この線路に飛び込めば、僕の人生は終わる。


その事は、この世界にとっては大した出来事じゃない。この世界では、毎日のように、人がたくさん死んでいる。僕がたとえ死んだとして、それがニュースになる事も、ないかもしれない。この世界にとっては、誰かの死、など、ただの日常でしかないのだから。


「さようなら」


誰に言うでもなく、僕はそう言って、線路に飛び込んだ。


・・・

電車のアナウンス
「人身事故の影響により、遅延が発生しております。電車をご利用のお客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、御理解、ご協力のほど、宜しく御願い致します。」


朝のニュース
「〇〇線にて、本日、人身事故の為、〇〇会社勤務の〇〇さんが亡くなりました。〇〇さんの同僚の話では、事故当日も変わった様子はなく、いつも通り元気に出勤していた、との事です。」


同僚へのインタビュー
「いや、まさかあいつが自殺だなんて、真面目だし、悩んでいる素振りもなかったので、驚いています。本当に残念です。」


母親へのインタビュー
「あの子がまさか。悩んでいるなら、言ってくれれば良かったのに、なんでこんな事に。」


本当にみんな勝手だ。僕は散々悩んでいた。間接的に、苦しい、と言ったことは何度もあった。それなのに、まさか、なんて言葉が出るなんて、狂ってる。みんな狂ってる。


僕は、死んだ。


ーーーしかし、


死んだあと、死の世界に行く前に、生と死の狭間、という場所に行ったのだが、そこで、狭間の管理人に僕は止められたのだ。


「うーん、まだ若いし、どうしたの?もうちょっと頑張ったら?」


狭間の管理人はそう言って、僕を説得した。


「頑張るったって、どうすればいいんですか?僕はもう死んだんですよ。」
「そうだねー、とりあえず下界の様子でも見てみる?何かヒントあるかもよ。」
「そうですね…わかりました。じゃあ、ちょっとだけ、様子をみてみることにします。」


という経緯で僕は幽体として下界に来ていた。本当にみんな勝手だな。死人に口なしなのをいい事に、自分を守ってばっかりだ。本当に人間なんて誰も信用出来ない。まぁ、もうしばらく、様子を見てやるか。


僕に与えられた猶予は1週間、その間、下界の様子を見て、生きたい、と思うのなら、やり直していいよ、との事だった。


やり直す必要なんか、ないと思うけどな。なんの意味もなかった僕の人生なんて。


一日目


僕は電車のアナウンス、朝のニュース、同僚、親へのインタビューを見て、ますます生きる事が嫌になっていた。やっぱり。この世界は本当にくだらない。こんな世界、生きていたって、なんの意味もない。


二日目


僕は特に行くあてもなく、下界をさまよっていた。


僕が飛び込んだ電車は、今は何事も無かったかのように、平常運転をしている。


僕が務めていた会社は、みんな忙しそうにしているが、僕がいなくなっても、特に問題はなく、会社は回っている。


いつもの帰り道、だった道は、知らない人だけど、知っている顔がたくさんいる。この人達の日常は、僕がいなくなっても、なにも変わることは無い。知った顔がひとり減る、というだけ。


何も変わらないな。僕はいないのに。


考える時間がたっぷりあるためか、僕はその事が少し、悔しく思えてきた。僕は少し期待していたのだ。何かが変わることを。しかし、現実は僕の期待とは違って、何も変わっていなかった。


三日目を迎える前に、僕は狭間の管理人のところに来ていた。


「僕がいなくなって、変わったことって、何かありますか?」
「あるよ、もちろん。」
「例えば?」
「家族は大変だろうね。」
「親の事ですか?」
「そうだよ。」
「何が大変なんですか?」
「まぁ、あれだよ、子供に先立たれるっていうは辛いもんだよ。」
「そんな風には見えなかったですけどね。」
「そりゃあ、他人には見せないでしょう。実家は見てきた?」
「いえ、まだです。」
「まぁ、明日1回行ってみなさい。」
「はぁ。わかりました。」



三日目


僕は管理人に言われた通り、実家を訪れた。


実家ではまさに、僕の葬儀が行われているところで、そこには、両親の他に、学生時代の友達、会社の上司、同僚の姿もあった。


両親は葬儀に来た人達に、ペコペコと頭を下げ、『この度は、息子の為に、わざわざありがとうございます』などと、思ってもいないような言葉を言っていた。


あれもこれも、僕のためじゃない。自分のためだ。社会に生きていく上で、敷かれたレールの上からはみ出さないように、並んだ列から外れないように、世間の目を気にして、やっているだけのこと。そこに自分の意思はない。やらなければ、はぐれ者のレッテルを貼られ、生きづらくなる。それが嫌だから、仕方なく、やっている。決して、僕のためではない。決してーーー。


僕はそこにいることに耐えられなくなって、気づいたら、近くの公園に来ていた。


ふと目をやると、ちょうど、公園の前を同僚が通り過ぎようとしていた。あいつとは、プライベートで会ったことはないが、会社ではそこそこ仲よくやっていた。あれ?会社の人と一緒じゃなかったのか。群れもせず、ひとりで、わざわざ僕の葬儀に来てくれたのか。


僕は人を信用する方ではないが、その同僚に、少しだけ、感謝を覚えた。こんなこと、生きている間に感じた事はなかった。葬儀にひとりで来てくれるほど、僕と仲が良かった、と感じてくれていたのだろうか。


けど、出来れば生きているうちに、その事を知りたかったなーーー。


人の心は本当にわからない。


四日目


僕は昨日来てくれていた同僚のことが気になっていた。どうせ死んでいるんだし、少しくらい、人の生活を盗み見見たっていいよね?


僕はその同僚に一日ついて回ることを決めた。


家は分からないから、職場に来るのを待った。今の時間は午前8時。始業の1時間前だ。さすがにこの時間なら、会えない事は無いだろう。


しかし、僕の予想に反して、その同僚は、待っても待っても、職場に来ることはなかった。


会社に入って話を聞いていると、その同僚は、僕が会社を止めて自殺した次の日に、辞職していたようだった。


そうだったのか、だからひとりで。


しかし、僕は困ってしまった。同僚の居場所が分からない。つけることが出来ないじゃないか。


僕は途方にくれた。とりあえず実家でも覗くか。そう思い、僕は実家に向かった。


実家では、引き続き通夜が行われており、親族が来訪者の相手をしている。と思いきや、なんと、親族だと思われたその人物は、あの、昨日来てくれていた同僚だったのだ。


そうか、確かに僕の葬儀になんて、名も知らない、仲よくもない親族が助けに来てくれるはずもない。けど、これは予想外だ。


僕は正直、驚いてしまって。その日は、ただただその状況を眺めることしか出来なかった。


五日目


「管理人さん!どうなってるんですか!?」


僕は声を荒げて狭間の管理人に詰め寄った。


「え?な、なんのこと?」
「どうして同僚が、僕の葬儀を手伝っているのか聞いているんです!管理人さんの仕業なんでしょう!?なんでそんなに僕を生き返らせたいんですか!?」


あの状況がおかしい、と感じた僕は、それを狭間の管理人の仕業だと思い、説明を求めにきていた。


「し、知らないって。何もしてないよ!」
「嘘をつけ!人をもて遊びやがって!僕の気持ちを返せ!喜ばせておいて!結局ヤラセかよ!」
「ちょ、ちょっと待って、本当に知らないんだ。落ち着いて!」


同僚が"自分の意思"で、僕なんかのために、葬儀に来てくれたと思ったのに!


会社を辞めて、葬儀を手伝いに来るなんて、出来すぎている。絶対におかしい。僕は信じない。絶対に信じない。これは狭間の管理人が、僕をなんとしてでも生き返らせるために、仕組んだヤラセ、なんだ。狭間の管理人も所詮、下界の人間と同じだ。自分の保身のためになら、どんな汚いことでもするのか。その事で、僕が、僕がどれほど傷ついたことか!ふざけるな!もういい、今すぐ殺してくれ!


「私にはそんな力はないよ。ここで見守るだけ。それが出来るなら、最初から君が死ぬまえに、助けていればよかったでしょう。」
「それは、そうだけど、、、じゃあ、なんで!」
「あれは紛れもなく、彼の意思、だよ。君の事を思っての行動だろう。君は彼ととても、仲がよかったんだね。」
「そんな、そんなはず、ないのに。」


僕の目からは自然と涙がこぼれていた。僕は死んでいるのに、生きている人のことを思って、生きているうちに、流したことのないほどたくさんの涙を流した。苦しみと喜びが混じった涙。優しい気持ちを思い出させてくれる涙。


信じたくても、信じられなかった。素直になれない、自分の弱さに嫌気が差した。それと同時に、僕は、生きたい、と強く願った。


けど、僕は最後にひとつだけ確認しておきたいことがあった。


家族のことだ。


六日目


僕は実家に来ていた。葬儀も終わり、一段落ついた家には、彼と、僕の家族の姿があった。


死んですぐは怖かった。家族の会話を聞くのが。僕なんかいなくなって、せいせいしてると思っていたからだ。自分たちを守るために、社会から外れないために、あたかも僕を思っているように行動している。そう思っていたからだ。


でも、そこで聞いた会話は、僕の事を心から思って、悲しんでくれている人達の会話だった。僕の悪口なんて、誰も言わなかった。僕のために、皆が涙を流してくれていた。


「ありがとう。本当にありがとう。」


最低なのは僕だった。皆じゃない。社会のせいにばっかりして、逃げていた僕だった。なんで、ちゃんと向き合えなかったんだろう。なんで、正直に言わなかったんだろう。何故かいつも、僕は気づいてくれるのを、待っているだけだった。


でも、それでは駄目なんだ。


ちゃんと、しっかりと、自分の言葉で、自分の気持ちを真っ直ぐに、伝えなきゃ駄目なんだ。


死が、僕にそれを教えてくれた。



七日目


最終日。僕は狭間の管理人のところを訪れた。


「どうする?このまま死ぬか、それともやり直すか。」 
「答えは、決まっています。」
「そうか…。この一週間どうだった?」
「…そうですね。色んな事に気づけた一週間でした。とても、大切な事に。」
「君はまだ若い、間違えることだってたくさんあるさ。人ってそう言うものだよ。私が言うのもおかしいけれど。」
「いえ、僕もそう思います。でも、それだから良いんです。その事に気づけて良かった。管理人さん本当にありがとう。お世話になりました。」
「うむ、元気でな。」


0日目


駅のホームに、僕は立っていた。ここから、僕は飛び降りた。そして、一度死んだんだ。


僕は改札を出て、会社に向かった。彼、に会うためだ。


「どうした?やっぱり怖くなったか。腰抜けめ!」


上司がそんな感じのことをいっていたが、僕の耳には届かなかった。


「仕事中ごめん。」
「どうした?死ぬんじゃなかったの?」
「それが、忘れ物をしてさ。」
「そうか。実は…俺もお前に言うことが。」


「ありがとう!」「死ぬな!」(同時に)


「え?」「え?」(同時に)


「ハッ、ハハハッ」
「ハハハハッ」


僕らは笑った。


「会社、辞めるんだろ?」
「うん。」
「じゃあ、俺も辞める。」
「え?おい、そんな…お前まで辞めなくても。」
「いや、俺も前々から辞めようと思ってて。」
「そうなのか。」
「ありがとな。」
「え?何が?」
「きっかけをくれた。」
「そんな、僕は…。」


「課長!俺も今日でこの会社辞めます!」
「おい!ちょっと待て!残りの仕事はどうするんだ!」
「さあね!お前がやれば!」


「私も辞める!」
「俺も!」
「僕だって!」


彼が辞職を宣言した瞬間から、堰をきったように、次々と同僚が辞職に名乗りを挙げた!これに上司は憤慨し、


「わかった!辞めたいなら全員辞めろ!このクズどもが!」


と言って、どこかへ去っていった。



二ヶ月後


後日、その上司を首にしたから、戻ってきてくれないか、と会社から言われたが、僕はその話を蹴った。僕が会社に迷惑をかけたことに変わりはないのだから、少し気まずかったのだ。そして、彼もその話を蹴っていた。


彼は、僕と仕事がしたい、と言ってくれたのだ。


今、僕は彼と立ち上げた新しい会社のオフィスにいた。前の会社の人間も数人、僕らを慕ってついてきてくれた。僕って意外と慕われてたんだな。なんて浮かれつつ、僕は今日も仕事をこなす。うるさい上司もここにはいない。けれど、問題は山積みだ。でも、それも悪くない。


大切な仲間が一緒にいるならば。


人は不器用だ。思ってはいても、その気持ちを言葉にする事はほとんどない。けど、決してその人が嫌いだったり、疎ましかったりする訳ではなくて、本当は頼りにされているかもしれないし、好きだと思われているかもしれない。人はすれ違ってばかりなんだ。だから、上手くいかないこともたくさんある。


けど、僕は思うんだ。だからこそ、僕は、相手の事を知りたいと思うし、知ろうとする。その人のために何が出来るか、考えたりもする。知らないからこそ、だ。僕は偶然にも、それを知ることが出来た。だが、もうその必要はないと思っている。僕は自分で、相手の事を知ろうとしたい。相手のために何が出来るか、を考えたい。不器用でもいい。僕は今、そんな人間を、とても愛おしく思っている。


なんの意味もない人生なんて、ない。
僕は今、そう断言できる。


こんな僕でさえ、人生に意味を見つける事ができたのだから。


何の意味もないもの。


だと思っていた人生は、僕に生きる意味を与えてくれるものだった。


人の心、を読めなくてもいい。時には傷つけたりもするかもしれない。けど、人はそうやって成長していく。


僕らは、何も知らずに生きている。
だけど、全てを知っていたら、そんな人生は、


それこそ、
なんの意味もないもの。になってしまうだろう。


だから、


僕のことを大切に思ってくれる人。
僕が大切にしたい人。


僕はこれから、そんな、すぐそばにいても素直になれない人たちや、これから出会うであろう、愛すべき人たちと共に


不器用に、生きていく。


ー完ー

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?