【亡霊殲滅伝奇譚 -ゲシュペンスト-】 第19話
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太陽も南中を過ぎ、西陽の紅へとその色を変じ始めたときだった。
東雲がジェイムズに地下室へと呼ばれた。
「今晩、仕掛けることで決定した。君らが先鋒だ」
「わかった」
「それから共鳴器の彼女についてなんだが……」
「ニーナがどうかしたか?」
「連れて行くかは君の判断に任せたい」
「どういうことだ?」
「昨日からの調査で敵の行動が活性化している。昨晩だけで新たに三組の執行者と共鳴器が敵に殺られた。これで派遣された調査員の半数以上が脱落した計算になる」
「そんなにか……」
「今夜の調査はまず間違いなく戦闘になると見るべきだ。いくらか経験を積んだとは言え、まだ経験浅い彼女を連れて行くかは悩ましい。昼にも伝えたけど、敵の罠の可能性が高い。むざむざ仲間を死地に送り込みたいとは思わない」
「けれど、誰かが務めねばならぬ事案ではあるのだろう?」
「ああ、君たちの他にも数名の執行者が割り当てられてはいるけど……」
「大丈夫だ。残った執行者の中で最も戦闘に特化したのは間違いなく僕たちだ。ヴィンセントの班が音信不通の今、僕らが先陣を切らねば事は進みようがないだろう」
「まったく、君の言う通りではあるんだけどね。それを素直に良しとして良いのかどうか」
「ジェイムズ。僕たちの仕事は死を賭したものだ。死はいつ如何なる場面で訪れるものかは誰にもわからない」
「……」
「僕も彼女もその覚悟はできている。大丈夫だ。もしもときは、霊装魔弾を使用する」
「霊装魔弾だって?」
「必然があれば使用するより他なかろう。僕の精神が影法師に飲まれないことを祈るしかない」
「いいかい、東雲。霊装魔弾は亡霊に対する切り札であると同時に君の命を削る鬼札だ。あと一発で限界を超える可能性は大きい。そのことを肝に銘じておいてくれ」
「……わかった」
「敵の罠。霊装魔弾。ニーナの同伴。不安要素は尽きないが、最終的には現場に向かう君に一任する形で上層部を説得した。どうか無事に戻って来ることを祈っているよ」
「心配は無用だ。そうだな、バーガーを準備しておいてくれ。二人分だ。出来損ないのバーガーを食ったばかりなんだ。口直しが必要だ」
「だったら、二人揃って生きて帰れ。それから胃に穴も開けてこないことだな」
二人が上階に上がると、ニーナが不安そうな面持ちで近寄って来る。
「今夜行くのね」
「ああ、今夜だ。お前はどうする?」
「当然、行くわ」ニーナは間髪入れず即答した。
「ほぼ間違いなく敵が待ち構えている。死ぬかもしれない。それでもか?」
「覚悟はできてるわ」
東雲は即答したニーナを悲しげな表情で見つけて、すぐにその顔を塗り潰す。そして、戦士の面持ちでニーナの視線と目を合わせる。
「戦場では一つの過ちが死に直結する。お前はまず自分の身を守れ、僕は二の次だ」
「……」
「僕は不運にも運が良い。今回だって生き残るだろう。だが、お前はそうではない。お前は自分を守ることに専念するんだ」
「……東雲、私、そんな約束はできないわ」
「ニーナ!」
苛立ちさえ孕ませた東雲の語気を、ニーナの柔らかい声音が受け止める。
「東雲? あなたは間違っているわ」
それは――少女の必死の心からの願い。
「敵がどんな相手だって最後にまたここに二人で戻ってくるの。私一人だけでもなく、あなた一人だけでもなくて」
家族を奪われ、施設で孤独に生きてきた彼女にとって、短期間でも仲間の絆を繋いだ東雲は失い難い存在になっていた。
「お願い、約束して」
射貫くように注がれる翡翠の瞳から東雲は逃れられない。
「わかった。二人で戻ってこよう」
「ええ、絶対よ。絶対に二人でここに戻ってくるの」
誓いの約束を交わし、二人は夕闇の倉庫街へと向かった。
* * *
低くなりつつある太陽は茫洋たる海に沈み、その水平線は暮れなずんでいた。そして、同じく紅に彩られた煉瓦倉庫街は光の乱舞に晒されていた。鴉野川に沿って河口までの東側に広がるのは煉瓦作りの倉庫街である。大正初期に竣工された煉瓦倉庫は、建ち並ぶ工場群とともに運用されていたが、工場の閉鎖や移転、港湾施設としての開発を機会として一時は完全に放置状態となった。それが近年、栄都の再生開発事業の一環として観光商業区画として整備が進められ、憩いの場として活用されていた。星のように瞬く暖色のイルミネーションは煉瓦作りの倉庫街を幻想的に浮かび上がらせ、非日常を提供している。
「本当にこんなところに亡霊がいるの?」
「僕たちが向かうのは、もっと先だ」
「もっと先?」
恋人たちが憩い歩く美しい景観を見せる倉庫街をさらに二キロメートル程北上して河口へ向かうと、色鮮やかだった倉庫街は作業効率だけを意識した実務的なコンテナターミナルへと変貌する。夕刻を過ぎると人の通りはぱったり途絶え、ペンキの剥げ古びたコンテナが無味に晒された土地が広がる。雑然と積み上げられた赤や青の輸送用コンテナやそれを運ぶガントリークレーンが建ち並ぶ様は、さながら鉄壁の迷宮とも言うべきものだった。寂しげな街路灯が映し出す色褪せた路面のアスファルトは、縦横無尽に往来する大型車両のタイヤ痕が幾重にも重なって、太く黒い蛇の轍跡のようになっていた。
「向こうのイルミネーションに満ちた倉庫街とはまったく違う印象ね」
ニーナが寂しさを漂わすコンテナを見上げる。
「煉瓦倉庫街はあくまで観光施設だ。実質的に港湾倉庫群として機能しているのはこちらのコンテナ倉庫街になる」
事実、二つの倉庫街は徒歩でなんなく移動できる距離であったが、一見にはそれが同じ一区画内にあるものとは到底思えなかった。
「観光施設で人間を見繕い、人気のないこちらの倉庫群に攫い連れてくる。そういう構図なのだろう」
「とことん亡霊にとって好都合な環境ってわけね」
「人の集まるところに亡霊は蔓延る。仕方の無い道理だ」
二人は周囲の警戒を怠らずコンテナの合間を縫うように歩みを進めていった。
ぺちゃり。
「え?」
そんな折、唐突に足許から湿っぽい音が聞こえた。
「何これ……」
アスファルトをべっとりと血溜まりが濡らしていた。
「東雲、これ!」
「ああ、奴らがいると見て間違いない」
血溜まりは引き摺った痕を残して、コンテナに挟まれた薄暗い通路へと続いていた。コンテナ通路を抜けた後方にはトタン屋根を晒す古い船着き場のような倉庫が見えている。
「あそこが根城だろう」
真っ直ぐに歩を進める東雲をニーナが追う。
海がすぐ傍にまで迫った河口付近だからだろう。市街地の喧噪は遠ざかり、代わりに静謐なる夜気は岸壁を打つさざ波に揺られていた。
コンテナ並ぶ通路を抜けた先にあったのは、小規模な造船ドックと併設されて並ぶ倉庫群。ずらりと幾棟も並ぶ倉庫の中にあって、たったひとつシャッターが半開きになっている倉庫がある。しかし、半開きと言っても地上一メートル程。人一人が屈んで潜り込めるかという程度の隙間である。例の血溜まりから続く血痕もその倉庫の内部へと通じていた。
「明らかに私たちを誘ってないかしら?」
「たとえそうだとしても向かう以外選択肢はない」
東雲は懐から霊銃レッドホークを取り出すと、リボルバー内の弾丸を確認し、弾倉を閉じる。ニーナも右肘から手首までを覆うように骨の刃を展開させて胸前に構えた。
「行くぞ」
二人は足音を忍ばせて倉庫のシャッター前で内部を窺った。倉庫内に明かりはない。かろうじて採光窓から差す月光の灯火だけが頼りであった。
「あ、あれは霊子の渦?」
「いや、もっといるぞ。よく目を凝らせ」
東雲に促されて見たのは二階に続く鉄製階段下の暗闇だった。
「――あんなに!」
ニーナはさらにその翡翠の目を霊視に特化させて凝視する。暗闇の蹲るそこかしこに木枯らしのように霊子の渦が停滞し、コンクリートの地面では手や足、顔を模した現象が這いずり回っている。
「これだけ現象が巣喰っていて、屍念が不在とは考えにくい」
霊的因子は互いに引き合う。たとえば屍念が餌場とする場所は、死の概念が妄念として定着し、それを誘因として現象や霊子の渦が寄りつく。その逆も然りである。霊子の渦や現象が居着く場所とは、そもそも地脈の霊的力場が強い場所である。彼らが集まることで地脈の霊的力場は増幅され、屍念にとって安定化を図る上で好都合な環境が出来上がる。此度のような状況下は明らかに前者である。
「影法師、中の様子を探れるか」
「……んにゃ、なんだこのノイズは? まったく中の気配が窺えない。ただ――」
「ただ、どうした?」
「良くない気配を感じる。おそらくは一つや二つなんて数じゃあない」
「そうか。僕が先に行って敵の注意を引く。その間にニーナは敵を探るんだ」
「わかったわ」
ニーナは東雲の瞳を見返して強く頷いた。東雲は、滑るように倉庫内に潜り込むと、ゆっくりと歩を進めてその中央に陣取った。
「亡霊、そこにいるのはわかっている」
彼の低く沈んだ声が闇の帳を反響する。
「くっくっくく……」
それは何処からともなく聞こえてきた笑い声だった。伽藍の倉庫という構造が音の発生地点を攪乱し出所は判然としない。
「よもや、餌のほうから飛び込んで来るとは」
が、声音だけははっきりとわかる。耳に纏わり付くような、ねっとりとした女の声。
「所詮、貴様もこいつらと同じということか」
ズジャッ!
東雲の背後で肉片の弾ける湿った音と骨の折れ砕ける音が爆ぜる。振り返り、それを確認した東雲は炯々と双眸に怒りを灯す。
「ヴィンセントッ!」
「貴様もすぐにこうなる」
暗闇から放られたのは、変わり果てた人間の骸だった。その大きさから判断するに大人の遺体と子どもの遺体の二人分。そして、その顔には見覚えがあった。昨晩から姿をくらましていたヴィンセントとイカルガの二人である。ヴィンセントの遺体は背骨が後頭部から突き出しまるで前衛アートのごとき有様。イカルガの遺体も胸部の肋骨を顎さながらに割り開かれ、その内部に空虚な洞を晒している。
「二人ともよく鳴いたぞ? 助けてくれと何度も。己の行いを棚上げによく言ったものよ」
残響する声はさも大仰に言い放つ。
「我らはこの地に亡霊の楽園を築く。人を喰らい、人とともに生きる。そんな理想郷を!」
「痴れ言を。それは亡霊にとって都合の良い世界でしかない。人の世には仇としかならぬ」
「わかり合えぬか。悲しきことよ。我らもかつては貴様らと同種だったというのに」
「人は死を迎えたならば、潔く滅び去るべきなのだ。それは人の世にある限り絶対の掟」
「よく言ったものだ。同胞で骸の山を積み重ねている者たちが」
「黙れ、亡霊。それ以上の侮辱は許さん」
「くっくく、なんとでも言うが良い。我らの手から逃れられるならばな」
瞬間、幾本もの紅蓮の飛来物が東雲を標的にさんざめいた。彼は咄嗟の判断で地に身を伏せて、反転させた。
ズガンッ!!
数刻前まで東雲のいた地面は、爆撃を受けたかのように抉られていた。爆心地に突き刺さるは、葉脈のように紅黒く燃える筋を這わせた逆立つ鋼鉄の羽だった。一目で並の屍念が扱う得物ではないことが知れた。
「東雲!」
突き刺さる得物を黙然と見つめる彼の背中に悲鳴にも似た声が突き刺さる。それはシャッター前で控えていたニーナだった。声と同時、周囲に霊子の波動が駆け巡る。ニーナが放った霊髄共鳴だ。
「ンギィィィァアア!」
幾つもの闇の群れが牙を剥き立ち上がり、庫内に殺気が満ち溢れる。
「東雲、今のうちに!」
「……ッ!」
ニーナの呼びかけに応じて、東雲はシャッターを潜り抜け、外へとまろびでた。
「ふん、そんなところにいたか共鳴器のガキが。――お前たち、逃がすんじゃあないよ」
背後の倉庫からはそんな声が聞こえる。
「ニーナ、どうした?」
「敵の数が多過ぎるわ。霊髄共鳴の反響から見て、第二屍念級が四体以上。あの中で殺り合うのは得策じゃあない」
「わかった。あのコンテナ倉庫街まで走るぞ。敵は追ってくるだろう。各個撃破でいく」
「ゲリラ戦ってわけね」
二人は輸送用コンテナの入り乱れる区画に飛び込む。
姿なき声が死刑宣告のように冷徹に周囲に轟く。
「逃げ込んだ先がそことは、ほとほと呆れる。まさに袋の鼠よ」
その声に、東雲は口端に笑みを湛える。
「袋の鼠とはよく言ってくれる」
「私たちを鼠扱いって、ほんとにひどいわね」
コンテナ倉庫街の中でも見晴らしの良い二○メートル四方のスペースに陣取ると二人は背中を合わせて周囲を警戒する。月光の淡い明かりが切れた雲間から注ぐ。蟠っていた濃い闇たちが徐々に藍色に染め上げられて露わになる。刹那、積み上げられたコンテナ頂上から黒い影が、凶々しき乱杭歯を剥き出しに襲い来る。
「迎え撃つぞ」
「ええ、当然!」
ニーナは飛びかかってきた狼のごとき面相の男の牙を右腕の骨刃で受け止めると、流れるような動作で内踝を振り上げ、踵脚を繰り出す。
「なッ! グフッ」
彼女の一撃は男の腹部を的確に捉えていた。彼は外壁に強かに打ち据えらて、地に伏す。
「……叩き潰す」
それだけ口の中で呟くと、ニーナはゆっくりと上体を起こしにかかっている男に馬乗りになり、その顔面を躊躇いなく十字に切り刻んだ。
「イギャァアア!」
放った刃の輝線は、男の両の目の眼窩を砕き折り、脳漿をまき散らして破壊し尽くす。あとに残ったのは蒼白い炎を上げる骸だけ。
「ニーナ、手を止めるな!」
彼女が振り返り見ると、東雲は獣性を感じさせる第二屍念と対峙していた。並の人間ならばひと裂きで致命傷に至るであろう凶悪な爪の逆袈裟を、彼は紙一重で躱す。そして、敵の死角で狙い澄ました照準に標的を収めると、間髪入れずに半霊弾を撃ち込んだ。
ダダダダダダンッ!!
半秒にも見たぬ時間で六発の半霊弾が宙を駈け、標的に突き刺さる。
「ギャァアアア!」
東雲の眼前で敵が蒼炎に巻かれて燃え落ちる。
その戦闘に見入っていたニーナに東雲の怒声が浴びせられる。
「ニーナッ! 上だ」
ダダダダダダンッ!!
「アァァァァアア!!」
ニーナの背後で撃ち抜かれた第二屍念が炎上し萎れ崩れていった。
「な、何なの……今の」
リボルバーの総弾数は六発。撃ち終えたならば、再装填を終えるまでは次弾の発射は望めない。世界最速と謳われるガンマンでさえリボルバー銃での装填を挟んだ十二連射は三秒を要する。にも拘わらず、彼の早撃ちはそれを明らかに凌駕していた。彼は瞬きにも満たない間隙の内に、再装填を行い、ニーナの頭上に迫った脅威を排除したのである。
「ほぅ、少しはやるか。昨日の奴らのようにはいかぬか」
月光を背にガントリークレーンに音もなく降り立った〝異形〟が二人を睥睨する。
「ニーナ、気を付けろ。あいつは別格だ」
「ええ……、見るからにって感じだわ」
その容貌はまさしく〝凶鳥〟と呼ぶに相応しいものだった。大きく広げられた両手は、すでに人の腕の形状をしていない。それは巨大な翼であった。
「人間よ、お前たちは考えたことがあるか?」
両翼およそ八メートルはあろうかというその両腕を振り上げて女は高らかに語る。
「この力。この異能。これはまさに人を超越したもの。神は我らを人の先の存在として生まれ変わらせた。つまりは、進化だ。我らは神から望まれて、人から進化を果たした存在なのだ」
「戯けたことを」
「そう可笑しな話か? 知っておるぞ。貴様らは人智を尽くして作り上げられた人間兵器。得た力は我らと同じ超常。我らと貴様らとの違いは何処にある? 我らは同じ種ではないのか?」
「断じて違う」
「ほぅ、何が違う? 姿形か?」
「在り方だ」東雲は凶鳥を厳しく睨め付ける。
「僕らはどんなに身体を人離れさせても、人としての矜持は捨ててはいない。人の世のために生きている」
「我らはそうではないと?」
「当然だ。お前ら亡霊は一度死んで人でなくなった存在。そして、人を喰らう悪しき存在だ。そのような下劣な者と僕らは決して同一ではない」
「くっくく、なんと愚かしきことよ。死を終わりと考え、人を喰らうことを下劣と評するとは。死とは次なる世界へ至る過程。生存のために他を喰らうは世界の摂理!」
「お前の価値観などどうでも良い。戯れ言に付き合っている暇はない」
東雲は照星と照門を射線に乗せると、クレーン上の凶鳥に照準を定める。
「亡霊は悪でしかない。僕らが人である限り、それは揺るがぬ事実。――循環素子帯霊」
銃が蒼く明滅を始め、東雲の腕に蜘蛛の巣状の回路が刻まれる。回路はまるで浸食するように彼の右腕から左眼までを繋ぐ。
「ほぅ、半霊子の弾丸か」
循環素子帯霊。それは、空気中に霧散して存在する微弱な霊力を執行者の身体を媒介として収束、物質界の粒子に憑依される行為である。これによって通常の物理現象では実現不可能な爆発的な力を得ることができる。
「フンッ、理解を超える超常を認めようとせぬとは、まったくどれほど愚かしいことか」
「――疑似弾道構築!!」
彼の左眼の片眼鏡の亀裂が蒼みを帯びた途端、銃口を中心として蒼き回路が宙空に炸裂。六本の弾道が凶鳥を捉える。
疑似弾道構築。それは、標的に対して必中を約束する東雲の固有能力である。
彼がその左目に嵌め込んだ罅割れた片眼鏡が見せる幾多もの多重未来。それは未来視の魔眼の域にまで昇華された代物である。数多の未来像の中から〝攻撃を放ち命中した〟という〝意〟を現実世界に引き寄せる秘技を東雲は有する。
弾丸、斬撃、打撃……。万物の攻撃には、その物理的な衝突以前に敵を害するという意識体が飛ぶ。これを〝意〟と呼ぶ。本来、内家の達人はこの〝意〟を先読みすることで外家の力頼みの攻撃を躱したとされている。また、攻撃においても、己の〝意〟に先んじて〝刃〟を放つことで〝意と刃の一心〟を具現化させ、不可避の魔剣術を作り上げてきた。しかし、東雲はこれを逆手に利用している。
彼にだけ視える多重未来。そのすべてに〝意〟を放ち、〝撃ち抜いた〟という〝意〟を抽出して〝現在〟に像を構築する。〝多重未来視〟と〝意〟の合わせ技によって、必中という未来を現実界に招来しているのだ。内家の達人が〝意〟よりも疾い〝刃〟を目指したとするならば、彼の場合は〝意〟による〝未来の現在化〟を成し遂げたと言えよう。これが彼を異端の狩手として支えた武器のひとつ〝先の意を以て制す〟奥義である。絶対不可避の未来を現在に引き寄せる〝先の意〟。これこそが、疑似弾道構築なのだ。
「――発砲」
ダダダダダダンッ!!
宙に放たれた六発の銃弾は蒼き弾道路を辿り、円環を描いて飛翔する。それは六にして一の弾丸。巻き込んだ空気をも鋭い奔流へと換えて駈ける魔性の銃弾。喰い破られた大気が悲鳴を上げながら、銃弾はコンマ数秒で凶鳥に達する。
「くっくくく、これのどこが人間の成せる所業か」
凶鳥は大翼を身に纏うように巻き付ける。それは回避を放棄した行為であった。
直撃……!! そう、直撃は必定だった。
「ッ!!」
放った弾丸は確かに凶鳥に命中した。しかし、その六発は紅黒く燃え盛る翼に阻まれ、その羽を数枚散らすに留まり、貫くには至らなかった。弾丸は凶鳥の周囲に圧搾された空気の炸裂音を響かせただけだった。
「そうか、お前は……。なんてことだ」
東雲は巡り合わせを呪い、歯噛みする。
「ようやく気がついたか。遅いぞ、執行者」
凶鳥はその大翼を再び月光にたなびかせる。
「私はとうの昔に人間の肉体を脱ぎ捨てておるぞ」
凶鳥は月光を一身に浴び絶叫を上げる。
「人間の身体を喰い破り羽化した私は生物種の頂点、人の上に君臨する者!!」
ニーナが夢でも見るかのような顔でガントリークレーンを見つめる。
「人間の身体を喰い破ったって……東雲、じゃあ、あれって……」
「ひっひひひ、そうかい。そうかい。嫌な気配がすると思えば、あんな化け物が現れたかい。こりゃあ、手が焼けるねぇ、東雲」
東雲の銀義手が眼球を泳がして凶鳥を捉える。
「お嬢ちゃん、よくよく見ておくんだ。あれが、人に取り憑いた第二屍念が次なる段階に進化したもの、死神よ」
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第20話は、こちら へ
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