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【亡霊殲滅伝奇譚 -ゲシュペンスト-】 第18話

※本作の概要については、こちら をご覧ください。

第17話は、こちら へ

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 二人が海浜公園沿いの遊歩道での一戦を終えた翌朝。午前七時――
 目を醒ましたニーナが寝所から見たのは異様な光景だった。

「東雲……。何をやってるの?」

 東雲は上半身裸で片手逆立ちで腕立て伏せをしていた。勿論、鍛えているのは銀義手ではない右腕のほうである。

「朝のトレーニングだが?」

「そ、そう……」

 戸惑うニーナを余所に、窓の外では小鳥の囀りが小気味よく聞こえてくる。

「朝食はそこにある」

 顎で指さした先にあるのはコーンフレークとプロテインの山だった。

「牛乳は冷蔵庫の中だ」

「……わ、わかったわ」

 ニーナはトレーニングに勤しむ東雲を横目にコーンフレークに牛乳を注ぐ。

「それ、何時間やってるの?」

 フッシュフッシュと息を吐く彼の手許には汗が水溜まりのように広がっていた。

「まだ二時間くらいだ」

「疲れないの?」

「疲れるが、必要な作業だ。昨晩の戦闘でも感じたが、身体が鈍って仕方ない。こうして適度に動かして油を差してやらねば」

「油って……。人は機械とは違うと思うのだけど?」

「通ずるところはあると、僕は思うが?」

「それでも二時間はやり過ぎじゃあない?」

「ん……、そうだな。そろそろ僕も朝食にするか」

 軽やかに身体を上下に反転させると、彼は汗の水溜まりをタオルで吹き上げ、冷蔵庫の牛乳を手に取った。そうして、パックのまま一リットルを飲み干してしまう。

「それ、お腹壊さない?」

「失った水分を補ったに過ぎない。大丈夫だ」

 言うなり、彼は今度は足をベッド下に挟み込み腹筋を始めた。

「あんまり無理し過ぎないほうがいいわよ」

「ああ、任務に支障をきたすことはない」

 東雲の泰然とした態度に、半ば諦めを覚え始めていたそのときだった。
 窓の外で何かが弾ける音がした。

〝何かが窓にぶつかった?〟

 ニーナはガラス戸を開けてベランダに出て周囲を確認する。

「何も、ない? ……あっ」

 正体は見つけてみれば呆気ないものだった。スズメだ。スズメが一匹、頭部からは血を流してはぴくぴくと翼を痙攣させて、ベランダの溝に落ちていた。先の音の正体はこれなのだろう。まだ朝靄の霞む空に視線を向けると、黒いカラスが我が物顔で悠然と飛び回っていた。おそらくはあれに追い立てられて行き場を失い、窓にぶつかったのだろう。

「どうかしたか?」ニーナの背後から東雲の声がかかった。

「スズメが窓に打ち付けられたみたい。ひどい怪我をしてるわ」

 東雲も周囲を飛び交うカラスを認め、事態を把握する。
 彼はさっと手を伸ばし息も絶え絶えのスズメを掌に包み込んだ。
 ここまで疲弊し切った状態では自然に帰したところですぐに命は潰えるだろう。ならば、いっそのこと楽に死なせてやることのほうが優しさかもしれない。

「東雲、ダメよ。殺したら……」けれど、無意識にニーナはそう口走っていた。

 スズメが永くは生きられないことを悟っていながらも、口ではそう言ってしまっていた。

「大丈夫だ。動物で試したことはないがやるだけやってみる」

「やるだけやってみるって、いったい何をするの?」

 彼はスズメをテーブルに置く。その手つきはとても慎重なものだった。が、一方のスズメは恐懼と痛みに耐えかねたのか、バタバタと片翼だけを動かして藻掻き苦しんでいる。

「まずは落ち着かせないと話にならないな」

 東雲は自らの呼吸を整え始める。それは逆腹式呼吸によって丹田に気を巡らしていく特殊な呼吸法だった。一般に気を練ると呼ばれる行為である。その一連の動作が傍目にも達人の域に達したそれだと少女は感じ取った。

「気とは霊力だ。生きる活力に直結する。気を練るとはすなわち、身体に霊力を巡り回すこと。それをこいつに流し込む」

 彼はそっとスズメの喉元に人差し指と中指を添えると、練り込んだ気を送り込むように上下に擦った。たったそれだけのことでスズメは大人しくなりつつあった。

「ニーナ、器に水を汲んできてくれ。それから、スプーンも一本」

 彼女は言われるがまま、水差しに水を入れて持ってくる。戻ったときには、スズメはすでに暴れることをやめ、静かに呼吸を繰り返していた。けれどだからといって、死に向かっているという気配はなかった。穏やかな呼吸である。

「ニーナ、お前の血には身体強化剤が流れている。共鳴器オプファー化術式の過程で身体に取り込まれたものだ。それがお前に急速な回復力を与えている要因だ」

「それって……つまり?」

「お前の血には癒やしの力がある。こいつに試せるかはわからないがやってみるか?」

「この子が少しでも生きられる可能性があるのなら!」

「血をその器の中に数滴落とすんだ」

 ニーナは言われるがまま、人差し指を切り裂く。ぱっくりと開いた傷口からはぽたぽたと水の中に血液が落ちていく。透明だった水はくすんだ紅色へと変じていく。

「あとはこれを飲ませるだけだ。体内に取り込むことができれば効果は現れるだろう」

 スプーンで掬った水をスズメの口元に運ぶ。嘴から液体が流し込まれる。

「あとは私がやるわ」

「あまり期待はするな。助かるかどうかはこいつの生命力次第だ。僕たちはそれに力添えをしてやっているに過ぎない」

「ええ、でもやれるだけはやってみる。……ありがとう、東雲」

「礼など不要だ」

「それから――」

 居心地の悪そうな顔をして、言葉に窮しながらも、それでもニーナは続ける。

「えっと、その……、ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「私、あなたがはじめこの子を手に取ったとき、殺すと思ったの。もう永くは生きられないからって」

「……」

「けど、そうじゃあなかった。ちゃんと生きる道を残してくれた」

「生きている万物はいつか滅びる。それは逃れられぬ運命だ。けれど、重要なのはその生の時間をどう生きたかだ。僕はこいつにその猶予の刻を与えたに過ぎない。些細なことだ」

「ううん、全然小さなことじゃあない。とっても大事なことよ。ありがとう。東雲」

 笑顔を浮かべるニーナに、しかし、苦悶の表情を浮かべる東雲がいた。

「どうしたの? 東雲」

「いや……」

「言って。どうしてそんな顔をしているの?」

 今や彼は何かをじっと考え込んだ彫像のような面持ちをしていた。その口がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ニーナ、お前は僕を殺せるか?」

「私が、東雲を?」

「ああ、僕のこの身体はそう長くは持たない。あと一発でも死神トートを屠り殺す霊装魔弾を使用するれば、この身は影法師フェイカーに飲まれる可能性がある。もしも――」

 それは、彼が共鳴器の少女を横に侍らせるには十分な理由になり得るものだった。孤高の執行者ヘンカァーが唯一、寄り添う仲間を傍に置くことを許せるだけの意義付け。

「――もしも僕の身体が亡霊ゲシュペンストに支配されたとき、そのときはお前が僕を殺してくれ。これは亡霊を憎み殺すことを誓うお前にだからこそ頼めることだ」

「私にだからできること……」

 東雲は自らの首からドッグタグを外す。しかし、それは通常のドッグタグに加えて、タグの部分に一発の銃弾が通されていた。蒼く燐光を放つそれは対霊装備に違いなかった。

「これは対霊の銃弾?」

「葬炎魔弾と呼ばれる特殊な弾丸だ。亡霊に憑かれた人間をただ殺すのではなく、その肉体と精神を完全に葬り去ることを目的に精製された特殊な弾丸だ。この弾丸に撃たれたものは速やかに塵芥と化す。一片の残骸も残すことなくだ」

 彼はその弾丸付きのドッグタグをニーナの手に握らせる。彼女の小さな拳を右手で握り込んだまま、同時に彼は左手の人差し指を自身の額にあてがう。

「僕はこれをお前に託す。銃の扱いは大丈夫だな? 一発装填してここを撃ち抜け」

「そんなこと……」

「お前ならばできる。お前にならば、任せても良いと、そう判断した」

「私は……」

「頼む。お前にしかできないことだ。ニーナ、僕の最後はお前が看取るのだ」

 少女は震える手で弾丸を握り締めた。そして、彼の昏い無感動な瞳を見つめて言う。

「わかったわ、東雲。最後の最後の時、私はあなたを殺すわ。でも、それは本当にどうしようもなくなったときよ。それまで、私はこれを預かるわ」

 ニーナは自身の首に東雲のドッグタグを掛けた。

「ありがとう」

「こんなもの、使わなくて済むようにしなさいよね」

「ああ、そうなることを願っている」

 テーブルの上では怪我を負ったスズメが小さく身体を震わしていた。それは、生への活力を手に入れつつあることを示していた。

          * * *

「河川沿いの倉庫街か……」

 トラオムラントに集まった東雲とニーナは昨晩のマリーナシティでの一連の出来事をジェイムズと共有した。そして、例の青年が持っていた携帯端末から得られた情報によると、河川沿いの倉庫街が敵の根城としての可能性があると浮上したのだった。

「僕は反対したいところだな」

 しかし、ジェイムズはその提案に眉根に皺を寄せて言う。

「どうした? 何か問題でもあるのか?」

 渋い表情をするジェイムズに東雲が問う。

「敵の罠の可能性がある」

「罠だと?」

「昨日、君たちがマリーナシティに調査に出たのと同じく、他の執行者ヘンカァーたちも各個調査に向かったんだ。これを見てくれ」

 広げられた地図には、ショッピングモールと同じく河川沿いの倉庫街にも赤丸が付けられていた。調査優先度の高い重要地である。

「そして、君の言う倉庫街に向かった者もいた。ミクリヤの指示役も兼任していたヴィンセントとイカルガの班だ」

「あの二人か」

「実は彼らとは今朝から連絡が取れていない。朝になって斥候を向かわせたが、調査対象の倉庫は蛻の殻。二人に関する有力な情報は得られなかった」

「連絡が取れていないだと? まさかあの二人が殺されたというのか? そんな馬鹿なことがあるわけ……」

 現在、組織ユグドラシルから派遣されている執行者と共鳴器オプファーの数は、ミクリヤとヤヨイ、東雲とニーナも含めて早計二八名、一四組である。実に一小隊規模の人数がすでに風座見(かざみ)市には派遣されていた。中でも東雲、ミクリヤ、ヴィンセントは執行者の中でも上位の力を持つとされる人員である。

 風座見市での亡霊討伐任務が開始されてから一ヶ月。今はまだその初期段階。にも拘わらず、すでに音信不通――事実上の戦死と断じられた執行者は五名を数えている。全戦死者は一〇を超える。これ以上の不要な人的被害は何としても食い止めなければならない。

「ヴィンセントらのことだ。そう易々と殺されるとは考えにくい。だけど……」

 言葉を詰まらすジェイムズの先をニーナが穂を継ぐ。

「敵が潜んでいる可能性は十分にあるってことね?」

「そうだ。連絡がない以上、彼らに何か想定外の事態が起こったことは間違いない。何処か別の場所に連れ去れたということも考えられる」

 執行者は専用の端末で組織の情報部と連絡を取る。東雲の場合はジェイムズがその担当であり、他の執行者たちにも個別の情報部が存在している。ジェイムズは彼ら情報部の中でも一段高いところに席を置く人間ではあるが、風座見市の作戦行動の全権を掌握しているわけではない。各情報部との連絡を経て、上層部で全体の行動指針が決定されている。

「敵も衆目に晒されることを良しとはしない。往来が多くなる昼は表立った動きはしない筈だ」

 亡霊は人の世に紛れて生活を営んでいる。それは昼夜を問わない。しかし、人を襲えばその痕跡が残り、人の目に付くことになる。衆目の的となった亡霊は即時駆けつけた執行者によって討伐される。特に亡霊討伐の意が知らされている風座見市において、それは速やかに実行される。彼らも無為に自身の身を危険に晒す行動は取らないと考えるべきだ。

「もう一度仕掛けるとしたら夜だ。敵が動くのも夜と考えて良い。けど……、昨日の今日だ。君たちを送り出すのは些か気が引ける」

 しかし、そんな事情などお構いなしに声が飛ぶ。

「敵がいる可能性が高いのに動かないなんて!」

 二の足を踏むジェイムズを急かしたのはニーナだった。

「手をこまねいて、その間に殺されてしまう人が増えてしまうかもしれない」

 ニーナのその声音には切羽詰まっている印象があった。

「それはそうだけど……。でも君たちを危険に晒すこととの天秤は計らなくてはいけない。上層部の意見もある。今すぐこの段階で行動指針を決定することはできない」

「僕はニーナに賛成だ」

「おいおい、東雲までそんなことを」東雲がニーナの後を押す。

「亡霊が潜む可能性が極めて高いのだろう? ならば、無視するわけにはいかない」

 二人の意見に目を瞑り、コツコツとペンでテーブルを叩くジェイムズ。

「わかった。二人の意見は尊重しよう」

「じゃあ!」と、ニーナが意気揚々と翡翠の瞳を輝かす。

「敵が行動を開始する夜に仕掛けよう。ただし、それまでに上層部を説得しなくてはいけない。夕刻だ。説得にそれだけの時間は欲しい。行動はそれからだ」

「夕刻か。いいだろう」

          * * *

「夕刻までって言われてもまだまだ時間があるわよね」

 ジェイムズが上層部の説得に地下室に籠もったところで、東雲とニーナの二人はトラオムラントで手持ちぶさたな時間を過ごしていた。

「お腹空かない、東雲?」

「まぁ、そうだな」

「ねぇ、ハンバーガーでも作らない?」

「……作れるのか?」

「何言ってるのよ。ハンバーガーなんてパンで野菜と肉を挟むだけでしょ、簡単よ」

「いや、その認識で出来上がりそうとは到底思えないのだが」

「大丈夫よ」

 自信に満ちあふれた表情でニーナは厨房に入っていく。それを怪訝な顔つきで追う東雲。

「まずは野菜よね。レタスを千切って、トマトを切って。それからお肉も準備しないとね。あれ? パンはどこかしら」

 ごそごそと厨房の冷蔵庫や戸棚を漁り始めるニーナ。
 なんとか必要と思われる食材をキッチン台に並び終えたところで、

「さて、じゃあ切りましょうか」

「いや、先に洗わなくてはダメだろ」

「……。そんなのわかってたわよ! 口に入れるものだものね。綺麗にしないとね」

「先行きが不安だな」

「もう! 大丈夫だってば!」

 蛇口を捻ってトマトやレタスを洗い始める。洗い終えるとまな板の上にそれらを並べる。

「はい、では切ります!」

 言って、少女は自分の人差し指を白刃のナイフへと変じる。

「おい」

「な、何よ!? もう! 何か問題でも?」

「それで切るつもりか? 正気か?」

「え?」

「これを使うべきだろう」言って、東雲は抽斗から包丁を取り出す。

「わ、わかってたってば! 冗談に決まってるじゃあないの!」

 そうして、ニーナはトマトのスライスに着手する。

「あれ? 何よ、これ。コロコロ逃げ回ってから! じっとしなさい!」

 何度も切り付けられたトマトは果肉を飛び出させては悲惨な有様に成り果てる。

「もう! どうなっているのよ! この包丁ちゃんと研いでないんじゃあないの!?」

 癇癪を起こして包丁をぶんぶん振り回すニーナの手を東雲が掴む。

「ほら、貸してみろ」

 東雲はすっと少女の手から包丁を奪い去る。

「こうやって切るんだ」

 バーガーに丁度良い薄切りにトマトが次々とスライスされていく。彼の無骨な手がするにしては繊細な手つきであった。

「知ってたわよ! 私だってやろうと思えばできるんだから!」

「そうか、それは悪かった。そうだな。お前はそっちのレタスを千切ってもらえるか? バンズと同じくらいのサイズに頼む」

「今しようと思ってたところよ!」

 二人がキッチンで並んで料理を進めていく。当然、途中から指示役は東雲に移り変わっていた。ニーナは粘土遊びのように肉のパテを捏ねている。

「なんか全然、納得いかないわ」

「何がだ?」

 ニーナの捏ねたパテを一掴み取ると、綺麗な円形にパテを成形していく東雲。

「東雲はずっと戦いばっかりしてきたわけでしょ?」

「そうだが?」

「私だってずっと組織で訓練ばっかりやってきたわ。それなのにどうしてこんなに要領よく料理なんてできるのよ。なんだかズルくない?」

「ズルいと言われてもな……。ジェイムズが調理する様子を見ていたからな」

「あ! そうだったの? それってカンニングじゃあない! やっぱりズルだわ!」

「料理にカンニングも何もないだろう。知識と経験でなんとなくやっているだけだ。それにほらあそこに……」と、東雲は冷蔵庫に貼られた紙を顎で指し示す。

「え? 何よ、あれ」

「ジェイムズのレシピ表だ。さっき食材を探しているときに見つけた」

 そこには『特製オリジナルハンバーガーレシピ』と書かれた紙があった。律儀にもこういうものを残すのがジェイムズの性格だった。

「えぇ! そんなの見つけたらなおのこと言いなさいよ! ズルにもほどがあるわ!」

 ぽかぽかとニーナが東雲を叩く。

「ほら、お前もこれ通りに作業すれば、ちゃんとしたハンバーガーができるだろう」

「そ、そうね! これさえあれば……ふむふむ。パテは中火で熱したフライパンにサラダ油をひいて焼き色がつくまで、ね。焼くのは任せて頂戴! 美味しく仕上げて見せるわ!」

「ああ、期待している」

 そうして、四苦八苦しながら出来上がったハンバーガーはお世辞にも上出来とは言えない代物だった。材料こそ『特製オリジナルハンバーガーレシピ』通りのものだが、パテは黒く焦げ付き、同じくバンズも焦げが目立つ。

「出来たわね!」

 けれど、ニーナは完成したハンバーガーに大満足で、皿に盛り付けては目をきらきら輝かせている。

「お前、もしかして初めての料理だったのか?」

「へへん。そうよ! 初めてでもちゃんと上手くできるものなのよ!」

「……そ、そうだな。よく出来たほうだと思うぞ」

 何処か歯切れ悪そうに言う東雲に、しかし少女は満面の笑みで言う。

「さ、食べましょ」

 二人は出来上がったばかりのハンバーガーにかぶりつく。ガリリ、と焦げを噛んで口内に苦みのハーモニーが広がる。

「ん……、んぐ。ま、まぁな出来ね。初めてにしては上等だと思うわ! ジェイムズには及ばないけど」

「そ、そうだな」

 ほのかに香る苦みを我慢してハンバーガーを咀嚼するニーナに東雲が言う。

「もうあと何回か練習すればジェイムズのようにできるようになるさ。これからだ」

「これから……」

 丸い翡翠の瞳で見つめるニーナの瞳に、東雲は射竦められる。

「どうした?」

「いえ。これから、があるのよね? 私たち」

「……」

「これから、まだ練習できるのよね?」

「……当然だ」

 ――これから……。
 戦いの道を選んでも〝これから〟の道がある。それはニーナにとって福音だった。命を賭した戦いの道を選んだとしても、一欠片の幸せを手に入れることが許される。
〝これから〟とは彼女にとって未来に続く言葉だった。

「絶対に! 絶対に次はもっと美味しくするから! 次もきっと食べなさいよね!」

「ああ、勿論だ」

 二人は黙々とハンバーガーを頬張り食べ進めていく。
 そこにはたしかに、二人分の笑顔が存在し、幸せと呼べるひとときを作り上げていた。
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