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鬼滅の刃

 鬼滅の刃、観てきました!結果、号泣😭 いい大人がこんなに号泣していいものか、というくらい、号泣してしまいました。

 映画全体の感想は、来年の「辛丑六白」そのもの!私は、映画や小説、漫画などなど、といったものは「集合無意識からのお知らせ」と捉えているのですが、そういう意味では「気の流れ」に乗っている内容だからこそ、こんなに人気が出たのだな、と思いました。
で、映画の感想とはちょっと違った視点の話を書いてみようと思います。それこそが、号泣した理由でもあるのですが…

ということで、煉獄さん、カッコイイですねーー!あの「スカッ」とした感じ、憧れますね!その煉獄さんが最後の死闘で、「俺は俺の責務を全うする!」と言います。その台詞に、私は号泣してしまったのです。なぜかというと、それは私が唯一、村山先生から直接頂いた言葉だったから(個人的にではありませんが)。沖縄のセミナーに行った時、初めて食事会で先生の隣の席に座りました。
その時、先生は、

「ただ役割を果たすのみ」

そう仰ったのです。そして「貴重なお話を伺えて、本当によかったです。」という私の感想に、初めて笑顔で頷いて下さいました。その時の事を、鮮やかに思い出したのです。

心臓の病が悪化してからも、先生は絶対講座を休もうとしませんでした。それは、待っている生徒がいる限り、講座をするのが役割だと思ってらしたから、だと思います。食事会の時、「何のために生まれてきたのか」と私たちに問いかけられたのですが、きっと、先生は気学を伝えるために生まれて来たのだと思います。

映画の中で、炭治郎達は煉獄さんと猗窩座の闘いを見て、自分達との圧倒的な力の差を思い知ります。どう頑張っても辿り着けるとは思えないほどの圧倒的な力の差。煉獄さんに「もっともっと成長しろ。今度は君たちが柱となるのだ。俺は君たちを信じる。」と言われ、自分達が本当にそこまで辿り着けるのか、と涙を流すのですが、それは今の私の気持ちそのもの。学べば学ぶほどに、先生との圧倒的な差を感じます。でも、先生はお亡くなりになる前、「まだ300分の1しか教えていない」と仰ったそうです。「その300分の1すら、ほんの少ししかわからないのに…」と、半ば諦めていました。しかし、伊之助の「なれるかなれないかなんて、くだらない事を言うな!信じると言われたら、それに応えることしか考えるな!」という言葉に、「目の前にあることを、ただやるしかないのだ」と腹をくくることができました。それは、やはり「そのために生まれて来たから」なのでしょう。

煉獄さんはお亡くなりになりますが、その時、早くに亡くなられたお母様が迎えに現れます。「やるべき事を立派に全う出来ましたよ」と言って。先生もきっとそうだったんだろうな、と思いました。

気学は5000年前に出来た、と言われています。伝える文字がなかっただけで、本当は一万年くらい前からあるのではないか、とも言われています。その5000年もの長い間の中には、気学が迫害された時期が何度もあります。でも、その時に命懸けで気学を守ってくれた人達がいたのです。今、私たちが気学を学ぶことが出来ているのはその人達のおかげ。次は私たちがそのバトンを繋いでいかなくてはなりません。それが私たちの役目、そう思っています。

気学、それも、「村山気学」を絶やさないように、これからますます精進していこうと思います。

2020.12.6

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