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世界最大の楽器美術館 MIM(Musical Instrument Museum)に目をつけられた男

出会いは突然やってくる。偶然なのか必然なのか。

それは2018年のハンドクラフトギターフェスでのこと。前年から日本人製作家(ルシアー)の技術やセンスが”グン!”と上がったように感じていて、個人的にもまた楽器業界的にも日本人ルシアーの作品がクローズアップされてきた頃に1台のギターと出会いました。Ryosuke Kobayashi Guitar RSモデル。小林さんの作品はそれ以前にも何度か弾いたことがありました。その時は彼がカナダ人ルシアーのSergei De Jongeさんに師事したということで、Sergei的なサウンドをイメージしたのですが、実際にはErvin SomogyとSergeiを合わせたサウンドだと思いました。当時はSomogyフォロワー的製作家さんは少なくなかったので、せっかくなら師匠の方に寄せてほしいなと、僕は不遜にも思ったものでした。

久しぶりに弾いた小林さんのギターには驚きました。まず、パワフル。各弦の基音の倍音が豊かな、いわゆる芯の太い音で、パンチがありました。作りもしっかりしていてネックの感じも頼もしい。ずっしりした感じなので材が厚いのかな?と予想したのですが、それは安易な見立てで、Whole Liningという独特の構造を持っていました。どういうものかというと、これは製作者である小林さんのblogで確認してもらうのが良いと思います。何しろ僕は未だにこれをよく理解していないのです。サイドの強度が増していることによる音に与える影響は相当にあるかと思いますが、サイドをラミネートして強度を上げ、トップを自由に振動させる、いわゆる”太鼓の理論”とは違うサウンドです。パンチがあってスピードが早いのは同じなんですが。基音以外の余計な倍音が抑制されていて広がりすぎない、まとまりの良いサウンドです。弾いていて小気味よくて、ちょっと手放せなくなってしまいました。

そこに渋谷のギターショップBlue-Gのバイヤー早川氏が現れました。「あ、オオヤさん、これ良いでしょ。ちょっとシックだけど、ほら、かしこに小林くんのこだわりが入ってるんですよ」と言いながら作者より詳しく説明してくれました。さすがお店の人、衒いがない。バイヤーらしく魅力をずんずん説明してくれます。しかし、会場には各ブースから発生する様々な音が混在していて、弾いていてもどこまで聞き取れているかがかなり謎なのです。これはこのフェスで一番不満なところ。どこか静かな場所で弾けると良いのですが。前年はKeystone String Instrumentsの西さんは会場の隅の倉庫に連れて行ってくれました。Ogino Guitarsの荻野さんは人が並んでいるのに何故だかオレと試奏ブースにこもりました。両方とも凄く良いギターだったけど買い手が決まっていました・・・・。「これ、ウチでオーダーしたんですよ。店に来たら弾けますよ」と早川氏。マジすか、早川さん。早速その場でお店での試奏を約束させていただきました。

フェスが終わったあとの最初の営業日だったか、早速お店にお邪魔しました。ギターはちょうど弦を張り替えたところでした。どうぞ!と店長の三上さんに手渡されたのでさっそく弾いてみました。
”ジョワン”
あれ?何かが違う。印象が違うぞ?鼓動が早くなり、身体が熱くなって汗が出ました。「あれ、こんな感じだったかな。なんか印象が違うような・・・」というと「もしかしたら弦をライト・ゲージに変えたからかもしれませんね。張ってあったのミディアム・ゲージだったから」。フェスの会場では全く気が付きませんでした。早速、ミディアム・ゲージに張り替えてもらうと”ギュイーン!”なるほど、会場で聴いた音に戻りました。ミディアムゲージだとプレーン弦の高い方の倍音が多少抑制されてシャリッとした感じが減るので気に入らないこともあるのですが、このギターにはそういうことはなく、テンションが強すぎて押さえにくいとも感じなかったので、思い切って購入しました。

ちょうどアルバムのレコーディングが始まるところだったので、すぐにスタジオに持っていきました。レコーディングの現場でマイクを通すと音の印象が変わったりするので、初めて持っていくときは期待と不安でドキドキです。早速マイクを通した音を聞いてみました。
美しい・・・
マイクで収録した音は想像以上に繊細な美音でした。ただ製作されたばかりの楽器なので、よく言う「弦の音」でした。美音なんだけど、他の楽器と混ざると溶けていってしまう音。もう少し弾きこんで、木材も鳴ってくると、楽器のポテンシャルがすべて発揮されます。こう書くと小林さんのギターが今一つのように感じてしまう方がいるかも知れないですが、どんなギター(楽器)でも新品はだいたいそんな感じだと思います。今、スタジオで大活躍している僕のメリルも完成した直後のものを購入したので、音がきちんと鳴るまで2年以上かかりました。これはソリッドボディのエレキでも一緒だと思います。

そんなこんなで機会があれば弾いてきて2年。やっと本領発揮のこのタイミングでなんと僕の方に問題が出てきてしまいました。それはミディアム・ゲージだと手が疲れちゃうっていう実に初歩的なところ(涙)。疲れている時など、ちょっときついかなって感じることが増えてききたのです。迷った末、弾けないとしょうがないんで、ライト・ゲージを張ってみました。不安だったのですが、トーンやバランスが変わるということもなく問題なし。最初のあれは何だったんだろう?と思いました。車の試乗とかもそうですが、緊張してるし、環境もあったりして出会ったその場で判断するって難しいですね。そんなタイミングで小林さんから連絡をいただきました。製作から2年の間に、彼の製作工程も試行錯誤で色々変わっているらしく、少し仕様を変更したいということでした。バージョンアップも興味深いし、彼の工房に行ってゆっくり話しを聞いてみたいとも思っていましたので、快諾しました。こういうやり取りが気軽に出来るのは国内のルシアーさんならではですね。

彼の工房は相模湖の湖畔にあります。大きな小屋の地下をオーナーさんからお借りしているということでした。地下と言っても建物は斜面に立っているので窓があって景色も眺められる。工房の中は組み立てブース、裁断ブース、スプレイブースといった感じで3つの部屋に分けられていました。小林さんはとても人懐っこい性格なので彼といるとついつい話し込んでしまいます。2時間ほど楽器や音楽や仕事のことを楽しく話して彼に楽器を託しました。10日ほどたって調整が上がったという連絡が来たので、相模原に再訪しました。渡されたギターをドキドキしながら弾きます。いままでリペアに出して音が変わってしまい、失意に落とされた経験があるので、手を加えたのが製作者本人とはいえちょっと緊張します。とりあえず開放ありのローポジションでコードを弾いてみました。おお!凄い事になっていました。以前にもまして反応が良くなったし、音が軽く前に出るようになりました。各弦の分離が良くなり、基音の倍音がよりリッチになって、弦単体でのサウンドの立体感が増しました。それでいてバラバラではなく6本がきちんとまとまったサウンドになっている。これは格好いいサウンド!そして、今まで体験したことのないサウンドでした。

依然あるギタリストとギターについて5時間位話したことがあります。彼曰く「ジャーンて広がらなくて良いんですよ。そんなの邪魔ですから、演奏するのに。横に広がるんじゃなくしっかり前に出ていって欲しい。倍音が多すぎるギターは好きじゃないです。」これには僕も同感なんです。今の製作者の技術とかノウハウって凄くて、作り方でいくらでも倍音が鳴らせちゃうみたいなんです。僕が経験した中でもまるで12弦ギターを弾いているように鳴る6弦ギターもありました。それってチューニングメーターでなかなかチューニングできないくらいなんです。1本の弦でいろんな帯域の倍音が出ちゃうんで針が止まらなくなっちゃう。凄いと思いました。そんな凄いギター、自分ではどう弾いていいかわからない。太鼓の理論を極めたようなトップ板の凄く薄いギターもあって、タッチにものすごく敏感に反応するし、サスティーンが凄く長い。けれどその余分な鳴りをどうやってミュートしていいかわからない。自分の技量では全くコントロールできない。様々な個性を持った”ウルトラギター”が存在するのが今なのですが、自分の求めているものはそう多くないようです。

彼がどんな手を加えたのかは分からなかったけれど、たしかにギターは良くなりました。生まれ変わった、というより脱皮した感じがあります。
「この仕様ではこれしか作っていないんで、どういうふうに経年変化していくか見ていきたいんですよね」
そうなんだ。そうかー、そんな希少だったのか。「ある程度弾くと出てくるだろうなと思っていた帯域が鳴ってたんで、たくさん弾いて頂いてるんだと思って嬉しかったです」と言ってくれたけど、うーん、正直もっと弾き込まないといけないな。プロのギタリストではないので時間は限られているけれど、このサウンドが今後どのように変わっていくのか、たいへん気になるところであり、それを作者と一緒に体感していけるというのは素晴らしい体験だなと思います。もー、持っているギター、全部日本人ルシアーの作品にしちゃおうかな(笑)。

小林さんはアメリカにある世界最大の楽器美術館、MIM(Musical Instrumet Museum)のキュレーターの方が工房に視察に来たり、高知県の県木・魚梁瀬杉(やなせすぎ)を主役にして製作したギターとその一連の活動『Yanase Cedar Project』で、林野庁の補助事業である『ウッドデザイン賞2019』を受賞されたりと、今後の活躍が期待される日本人ルシアーの一人です。今後の彼の作る楽器からは目も耳も離せないなと思うことしきりです。彼のギターと出会ったらぜひ一度手にとって奏でてほしいと思います。帰りに路地モノの柚子をたくさん頂いて帰りました。ナイスガイ!


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