見出し画像

黒翼の魔導師は弟子(ヤンデレ)に愛されすぎて困っています! 一話

【あらすじ】
 森に捨てられていた少女サフィールを見つけた魔導師のシセロは彼女に魔力の才を見出して弟子として拾った。弟子として拾ったはずのサフィールは月日が経ち、一八歳となり立派な魔導師になったが、なんとシセロの嫁として周囲から広まっていた。
 シセロに近づく女は容赦なく牽制するので恐れられている彼女は、病んでる部類にはいるがシセロは弟子として接していく。それをまた愛だと暴走するサフィールに困らされるけれど、シセロは拒絶することなく時に叱り、時に褒めた。それがまた嫁と周囲に勘違いされる行為だと知らずに。
 これはシセロとその弟子サフィールのドタバタ恋愛劇。

捕捉:見どころなど

①主人公であるシセロは優秀な魔導士であり、高い位のキャラクターです。人翼種と人間のハーフであるがゆえに、一部の魔導士からは異端などと言われていますが、本人は気にしていない図太さを持っています。ですので、何を言われても挫けない強さを魅せることができます。

②ヒロインであるサフィールは師匠であるシセロが大好きで彼以外を見ません。彼女の一途な愛情表現や、振り向いてもらおうと頑張る姿というのは応援したくなる展開になりえます。

③シセロは優秀な魔導士でありますが、戦闘方法が武闘派です。俗に言う脳筋なのですが、それによって戦闘描写に強弱がつけられるかと思います。魔法での戦法、武闘派な戦いを上手く使い分けることで、読者をバトルに惹きつけることができます。

④主人公最強や無双など主人公の強さを魅せることができます。また、ヒロインである弟子を想う葛藤なども描写することが可能です。二人は師弟関係からどうなっていくのかというワクワクする展開にもなりえます。

⑤ヒロインであるサフィールが一途で頑張り屋さんなヤンデレ女子なため、ギャグ展開や危機的状、修羅場などラブコメ的な描写が可能です。それを上手く解決するシセロの器の広さなども魅せられるかと思います。

捕捉:簡易的なキャラクター設定

①シセロ
年齢:見た目・二十代 性別:男 職業:王宮魔導士
容姿:黒と白の長い髪を一つに結っている・端整な顔立ち
性格:落ち着きがある・気まぐれ
設定:人翼種と人間のハーフで王宮魔導士で、黒翼の魔導士という異名を持つ。人翼種とのハーフゆえに見た目が若々しく、実年齢が分からない。本人も年齢を数えていない。
 王国直属討伐部隊の指揮官で王城に自身の執務室をあてがわれるぐらいには位が高い。普段から落ち着いており冷静に物事を判断する故に冷たいなどと言われ、変な噂を立てられている。本人の気まぐれな性格がさらにそれを悪化させいるが気づいていない。
 気まぐれに拾った弟子であるサフィールを大切に育ててきたが、まさかここまで執着する子になるとは思っていなかった。サフィールのことは好きではあるが、弟子に手を出すのは師としてどうなのだと思っている。とはいえ、サフィールに何かあれば容赦はしない。

②サフィール
年齢:十八歳 性別:女 職業:王宮魔導士
容姿:白金のふわふわした髪・可愛らしい顔立ち
性格:一途・頑張り屋
設定:シセロの一番弟子であり、自称嫁。王宮魔導士で王国直属討伐部隊の指揮官隼補佐官。幼い頃に森に捨てられて魔物に襲われそうになったところで自身の魔力が暴走してしまった。そんなところにシセロが現れて魔力の才を買われて弟子入りする。
 シセロの飴と鞭で育てられてすっかりと彼が大好きなヤンデレ女子に成長している。シセロに近づく者は誰であろうと許さない。どうにか師匠の嫁になろうと一生懸命頑張っているが、空回りして失敗することも多々ある。
 料理が下手というか、サフィールの料理という行為は何故か儀式に変換されてしまうため、とんでもないことが起こる。そのため、シセロから料理禁止令がでている。

第一話

 それは偶然だった。王城の呼び出しに仕方なく出向いて任された王都から程近い森での調査を終えて帰っている時だった。

 外は真っ暗で月が空に昇り、生い茂る木々がざわざわと鳴く。こんな夜更けにましてや森の中など誰も訪れることはないだろう。時たま獣が茂みから飛び出してくるぐらいで静かなものだ。

 そんな夜も更けた時刻に森の中をシセロは男一人で歩いていた。黒い魔導服の長い裾を靡かせながら暗い道を進んでいく。はらりと一つに結われた艶のある黒と白のグラデーションが綺麗な長い髪が風に揺られた。

 シセロはぴたりと足を止める。風に生臭い匂いが混じっていて、これは嗅ぎ慣れたものだなと周囲を見渡した。何処からするだろうかと気になって辿っていけば茂みの奥からで、シセロは何も言わずにゆっくりと草木をかき分けて行く。

「これはこれは」

 それは無残なものだった。
 ぐちゃぐちゃに引きちぎられて肉塊と化した魔物たちが地面に転がり、赤い血液が地面を汚している。破裂したかのように周囲の木々に肉片がへばりついていた。そんな一般人が見れば吐き気がするような惨状の中心に娘が一人、座っていた。

 まだ幼さの残るその可愛らしい顔には似つかわしくない真っ赤な液体が頬を彩っている。肩にかかる綺麗な白金のふわふわな髪にも飛び散っていた。丸くくりっとした蒼眼はシセロの方へと向けられている。突然、やってきた知らない男に驚いているようだった。

 もう元の色すら分からないほどに返り血を浴びたワンピースを見てシセロは笑いそうになった、これは酷いと。

「これはお前がやったのかい?」

 その問いに娘は頷く。分かっていたことなのだろう、だろうねぇと可笑しそうにシセロは呟く。

「お前、魔力が暴走したのだろう?」

 意味がよく理解できていないのか娘は首を傾げていた。無自覚による魔力暴走かと、シセロはこれは面倒なモノを見つけたなと思う。

 魔力の値が極端に高い人間がたまに起こすのが魔力暴走だ。それが幼い頃だと特に厄介で、制御できず被害を出すことが多く、彼女はそれだった。様子を見るに魔物に襲われた衝撃で魔力が暴発したのだろうとシセロは考えて娘を見遣る。

「お前、親はどうしたんだい?」
「私、捨てられたの、きっと」

 両親から特に父親から暴力を振るわれていたことを、母は止めることもせずに笑っていたことを。金に困って娘を売ろうとしたけれど、傷物は要らないと言われてしまい、役に立たない奴だと罵るだけ罵って森に放置したことを娘は泣くこともせずに淡々と話す。

 話を聞いたシセロは娘の腕を掴んで観察した。くっきりと残った青痣にシセロは娘の了承など得ずに服の下を覗き見る。無数に点在している肌を埋めるように残った痣の数々に目を細めた。

「憎かっただろう。殴られ、蹴られ、蔑まれて」
「そうね。でも、もう捨てられたからいいの」

 もうあの父親の顔なんて見なくていいのだからと言う娘に、シセロは幼く見えるというのにそれほどまでに達観しているというのは珍しいなと思う。

 少しばかり興味が湧いたシセロは娘の腕をとり、魔力を測る。魔力暴走後ということもあり、魔力は昂っていた。この量ならば訓練すれば優秀な魔導師にはなれるだろう。

 ふむとシセロは顎に手を当てる。娘は魔術の素養が十分にあり、魔物を殺した後だというのに冷静で、魔道師としての素質はあるのではないだろかと考える。

「お前、名前はなんていうんだい?」
「サフィール」
「ねぇ、サフィール。お前、俺の弟子になるかい?」

 サフィールは目を丸くする、彼は何を言っているのだろうかと言いたげに。そんな彼女にシセロは笑みをみせる。

「お前は魔物を殺してもそれを受け入れているんだ。その度胸なら魔導師になれるよ、素養は十分にある」
「アナタは魔導師様なの?」
「そうだよ」

 信じられないといったふうに見つめてくる彼女に、シセロは「仕方ないねぇ」と小さく呟くと指を鳴らした。ばさっと黒い羽根が舞うと、闇夜のような翼がシセロの背から生えていた。

「黒翼の、魔導師……」

 サフィールは知っていた、城下で有名な魔導師のことを。

 黒い翼を持つ悪魔のような魔導師がいる。その男は人を殺すのを躊躇わず、何とも思うことはない。困っている人が居ようとも手を差し伸べることもない。自分の思うままに、気まぐれに動く狂った奴だと。

「気まぐれに子を拾うというのも面白いだろう」
「気まぐれなの? 私は気まぐれで拾われるの?」
「そうだよ、気まぐれさ。でも、お前のことはちゃんと見てあげるよ」

 シセロに「誰かに認められたくないかい?」と問われてサフィールは頷くと、「私を見て欲しい。私を知って欲しい、私を認めてほしい」と返す。それにシセロが「見てあげるよ」と返せば、彼女は抱きついてきた。

「私を見てくれるの? なら、私は頑張るわ、アナタのために頑張るわ!」
「それはそれは嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 シセロは愉快そうに笑い、抱きつくサフィールを抱え上げた。

「では、お前は今日から俺の弟子だよ。ちゃんと師匠の言うことを聞くんだ。そうしたらお前を見てやろう。お前だけを見ていてやろう」
「言う事聞くわ! 私、頑張る!」

 それは契約の言葉だった。
 気まぐれに、そう気まぐれに捨て猫を拾うように。

          ***

「お師匠さまー! サフィール頑張りました!」

 白金の肩にかかるふわふわの髪を揺らしながらサフィールは叫ぶ。黒い魔道師服の長い裾を翻す彼女の手は真っ赤に染まっていた。目の前に転がる魔物の数にシセロはその黒と白の綺麗なグラデーションの髪を掻く。

 サフィールを拾ってから数年、彼女は十八歳となり立派な魔導師となっていた。才能があったこともあり、この若さで国に認められている。

「お師匠様、何を考えていたんですか?」
「お前の姿を見て、昔のことを思い出しただけだよ」

 シセロがこの現場に到着したのは少し前のことだ。近くまで来ていた魔物の群の討伐を任された部隊からの報告を受けてやってきていた。

 ちゃんと任務が遂行できているのか、後始末ができるのかなどを確認するためだったのだが、その光景にシセロは思わず過去のことを思い出してしまう。にこにこと笑みを見せる血濡れの弟子、サフィールの様子に出会った時と似ているなと頭に過ったのだ。

「それより、私やりましたよ!」
「あぁ……よくやりましたね、サフィール」
「当然ですよ! 私はお師匠様の弟子ですよ?」

 褒められて嬉しいのか、サフィールはデレデレとシセロに甘えていた。そんな彼らの様子に近くにいた魔導師たちがこそこそと話す。

「出たよ、シセロの嫁さん」
「シセロよりも残虐だと聞いていたが、こうも簡単に魔物を殺せるとは……」

 サフィールは黒翼の魔導師のシセロの弟子として、そしてなぜか妻として有名になっていた。

 そんな視線にシセロは苦笑するしかない、実際はこうなるはずではなかったのだ。そう、ただ気まぐれに捨て猫を拾う感覚でサフィールを弟子にした。

 彼女は言われた通りに師匠であるシセロの教えを守り、学んできた。魔力の素養があったこともあってサフィールはみるみる成長していった。それは喜ばしいことで、自身が弟子にしたのだからそうなってもらわねば困る。何もできない奴になど興味はないのだから。

 けれど、サフィールはそれだけでは終わらなかった。自分を見てくれる、自分のために教えてくれるシセロに彼女は落ちきっていた、彼だけしかいないと。

 恐れられはしているものの、シセロに近づいてくる女性というのは多かった。容姿が良いのとその力が目当ての者ばかりで、そんな女達を彼女は許さなかった。牽制など生温い。殺す気でいや、殺そうとするとことまでいくほどに撃退していった。シセロに止められるたびに彼女は言うのだ。

『お師匠さまは私だけを見てくれるって約束してくれましたから。だから、それを邪魔する奴を排除しようとしただけですよ?』

 何故、止められなくてはいけないのだと言いたげな表情をサフィールはするのだ。

 シセロのことは信頼しているサフィールは、彼に寄ってくる邪魔なものをただ排除しようとしているだけだ。悪気など悪意など一切ない、純粋な愛を持っての行動なのでさらに質が悪い。

 何度、止めるように言ってもどうしていけないのか理解できないので、これにはもうシセロは諦めるしかなかった。

「私はお師匠さまのこと大好きですから!」

 そう言ってサフィールはシセロに抱きつく。

 そんなこともあり、恋人にも妻にした覚えもないと言うのにいつの間にかそのように広まってしまっていた。

 サフィールは「私以上の女なんていませんから、私がお師匠さまの妻になるのは当然ですよ!」と言っているでさらに拍車が掛かる。とんでもない女に自分は愛されてしまったなとシセロは弟子にしたことを少しばかり後悔するが時すでに遅い。

「俺は弟子をとったはずなんだけどなぁ」
「弟子ですよ、私は。なんですか、他に弟子を取ろうと言うのですか?」

 さっとサフィールの目の色が変わる。私がいるというのに私以外を見るのですかと言うように。

「誰ですか、お師匠さまに近づいた虫は」
「落ち着きなさい、サフィール。俺はお前しか見ないよ」

 シセロが「大丈夫、大丈夫ですから」と返せば、サフィールは元の無邪気な表情へと戻って「そうですよね!」と元気いっぱいに笑う。

「危ない!」

 少し離れた先から叫びのような声が響いた。振り返れば大人一人分ほどはあるだろう大柄な狼の魔物が飛びかかってくる瞬間だった。

 これにはサフィールも驚いて瞬時に動くことができない。シセロは彼女は後ろに隠して素早く手を前に出すと、ぱっと光って薄いベールのようなものが壁のように現れた。

 薄いベールにぶつかった狼の魔物はバチッと火花を散らして吹き飛ばされる、その一瞬の隙にシセロが拳を握って振り上げる。拳は狼の魔物の顎に入り、骨を砕く音を鳴らす。シセロは魔力を集めて淡く光る拳で倒れる魔物の頭を殴った。

 勢いよく砕かれ破裂する頭から脳髄が飛び出る。ぐちゃりとめり込んだ拳を離して、シセロはこびりついた汚れを払うように手を振った。

「し、シセロ様、申し訳ありません」
「ああ、気にしないでいい。これぐらいの魔物ならば大したことはないですから」

 魔物を追ってきた部隊の騎士が慌てて謝るのに対して、シセロは気にしていないといったふうに返事を返していた。

 一連の流れを見ていた周囲の魔導師や騎士たちがひそひそと声を顰める。また何か言っているようだったが、シセロは言いたいように言えばいいと無視をしてサフィールの方へと目を向けた。

 サフィールは「さっすがお師匠様!」と目を輝せながらシセロを見つめている。そんなに見られても困るのだが、彼女は尊敬の眼差しを向けてきた。

「媒体無しで魔法使えるなんて、さっすが選ばれた魔導師様!」
「俺以外にもできるのはいるよ、サフィール」

 魔法を使うには触媒が必要だ。杖だったり、剣だったりと媒体は多種多様であるのだが、稀にそれらが無くとも魔法を使える魔導師も存在する。珍しい部類には入るものの、だからといって強いとは限らない。特別扱いされるほどのものではないのが、一部の人間というのはそう見てしまうようだった。

「これでもう魔物はいないね?」
「はい、今ので最後です」
「そうですか。では後処理は任せましょう」

 騎士から話を聞いてシセロは散らばる魔物の亡骸を彼らに任せることにした。周囲はまだ何か言っているが状態はちゃんと確認はしていたらしく、シセロの言葉に同意するように「あとはしっかり片付けるように」と騎士たちに指示を出している。

「では、此処はもう終わりましたから戻りましょう」
「はい!」
「腕に引っ付かないで歩きなさい」
「嫌です!」

 ぎゅっと抱きつきながら答えるサフィールの様子を見て、周囲の魔導師の視線というのをひしひしと感じながらシセロは苦笑するしかなかった。

          ***

 魔物討伐を終えて王城へと戻ったシセロは割り当てられた執務室で、くっついて離れないサフィールを横目に書類をまとめていた。

「シセロさんよー、今日もいちゃこらとしてたらしいですねぇ」

 そう言ってやってきたのは同僚の魔導師だった。赤毛の短い髪を掻き上げる男はサフィールに手を振る。彼はサフィールに手を出そうとして彼女に殺されそうになった女たらしだ。死ぬかもしれない恐怖を味わって以来、サフィールには手を出そうとも言い寄ろうともしなくなった。

「リーベル。好きでこうなったわけじゃないんだよ」
「え、自分好みに育てて手を出すつもりじゃなかったのか?」
「違う。俺の手足になればいいと思っていたぐらいだよ」

 面倒なことは嫌いなので、それを請け負ってくれる代わりになるような魔導師に育てばいいと思っていた。気まぐれに拾ったけれどこれといって目的というのはなかったので、手足になればいいぐらいにしか考えてもなかった。

 それだというのになぜこうなった。彼女は妻になると自信満々に思ってるし、自分以外の弟子を取らせるつもりもない。女も男も敵と判断した瞬間から殺す勢いで排除していく、こんな可愛らし顔だというのに考えが酷く恐ろしい。

 年頃なのだから自分の歳と近いもっと良い男がいるはずだ、こんな年上の男を狙う必要はないだろうにとシセロは思うのだが、サフィールは考えを変えようとはしない。

「誰がこうなると思いましたか?」
「お前が育てたからだろう」
「どうしてこんな愛の重い娘に育ちましたか、全く……」
「どうしたんですか? 私の愛では足りませんか、お師匠さま」
「そんなんことは言っていません。それ以上、重くならないでください」

 これ以上、重くなっては身が持たないとシセロは深い溜息を吐いた。サフィールは「大丈夫ですよ、私はお師匠さま一筋ですから!」と見当違いなことを言い始める。

 べったりとくっついて離れない彼女の様子にリーベルはシセロに同情しているようだ。こんな重い愛を一心に受けるというのは大変だろうなと。

「もう諦めて手を出して嫁にしろ」
「なんでそうなりますか」
「え! 嫌なんですか? 私が嫌なんですか? どうして手を出してくれないのですか!」

 もう十八にもなるいうのにどうして手を出してくれないのだ。私以外に妻に相応しい女はいないでしょうと、サフィールはそれはもう自信満々だ。それに対してどうしてこうなったと、何度目かの疑問をシセロは思う。

 シセロが「まだ若いでしょう」と言ってみるのだが、サフィールには「私の知っている女の人はもう経験済みですよ!」と返されてしまう。誰だその女は、余計なことを教えるなと思わず突っ込みたくなった。

「さぁ、さぁ!」
「やめなさい、サフィール」
「もう、襲ってしまえよサフィールちゃん」
「やめなさい、やめなさい。リーベル、余計なことを言わないでくれ」
「いいじゃないか、どうせ嫁にするんだろう」

 此処まで嫁として広まっているのだ。サフィールの押しと行動力もあってか、彼の言う通り逃げ道はもう残されてはいなかった。

「大丈夫ですよ! 私はお師匠さま一筋ですから!」

 ねっと笑む彼女にシセロはこれはもう逃げられないのだなと悟る。あぁ、どうしてこうなってしまったのだろうかと深い、それは深い溜息を吐いた。

「それで、リーベルは何のようだったのですか」
「あぁ、そうだった。また討伐依頼が来てるんだよ」

 リーベルはそう言って数枚の紙束を差し出してきた。受け取った用紙には討伐依頼の内容が記されている。

 王都から少し離れた先にある村がゴブリンの襲撃を受けたというものだった。規模も大きく、自衛団でもある近くのギルドでは対処ができないといことでここまで回ってきたようだ。
 
 ギルドというのがこの国にもいくつか存在する。それは自衛団のようなもので基本的には小規模な魔物討伐などを引き受けている場所だ。ギルドで対処できないと判断された依頼は王国直属の討伐部隊が担当することになっている。シセロはその討伐部隊の指揮官で、立場的に言えば上の位であるのだが本人はそんなふうを見せない。

「あぁ、なるほど……リーダーゴブリンがいるだろうねぇ」
「偵察隊が確認はしているぜ」
「リーダーがいるというのがまた面倒だ。他にも役割を担当している奴がいるかもしれないけれど……まぁいい」

 用紙に記されている偵察隊の報告を読みながらシセロは考えるように顎に手をやった。

「ジュダの森に住処があるのは間違いない」
「それはオレも思った。他の連中も村の近くにあるジュダの森を捜索している」
「さすが、指揮官補佐だ。俺が指示する前にやってくれているねぇ」
「これぐらいは朝飯前だぜ、シセロさんよぉ」

 得意げにリーベルは言う。仕事が早いことは良いことだとシセロは用紙を捲りながら村の現状などを確認する。どうやら何人かは死亡し、多くの女性は幼児も含めて連れされたようだ。生き残っていても手酷い扱いを受けているだろうと想像ができた。

「女性隊員を連れて行くのはあまり進めないが……」
「え、私は行きますよ?」

 シセロの言葉にサフィールが返す、「お師匠様が行くのなら私も行く!」と詰め寄って。

 ゴブリンに捕まる可能性などを考えると、あまり女性を連れて行くのはお勧めしない。けれど、討伐部隊に選ばれた女性というのは歴戦をくぐり抜けた強者ばかりだ。彼女たちの腕は確かなので問題はないだろうとはシセロも思っている。むしろ、女性であることを武器にして戦う者もいるのでそれを利用する手もあるのだから悪いとは言えない。

 とはいえ、前に出てしまう癖があるサフィールを連れて行くのはとシセロは考えてしまう。それを察してか、リーベルが「大丈夫だろ」と言った。

「むしろ、連れて行かなかったら勝手についていくぞ」
「それもそうだねぇ……仕方ない。サフィール、俺の指示にはちゃんと従いなさい。いいね?」
「はい! サフィールは良い子なのでお師匠様の指示には従います!」

 元気よく返事をするサフィールにシセロは返事は良いだがなぁと少し心配げに彼女を見つめる。

「お師匠様を一人でなんて行かせませんよ! 私が支えるんですから!」
「愛が重いねぇ……」
「シセロ、頑張れ」

 サフィールの当然だろうといった表情にシセロは言い返す気力も出なかった。

第二話

第三話


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?