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黒翼の魔導師は弟子(ヤンデレ)に愛されすぎて困っています! 二話

 王都から一日ほど馬車を走らせるとムルタという小さな村に辿り着く。田畑が広がっており、村人たちは麦や野菜などを栽培して細々と暮らしていた。

 飾りっ気のない貧しいとも言い難い雰囲気の村はゴブリンに襲撃された跡が生々しく残っていた。家の扉は壊され、田畑は荒れて、家畜小屋は崩れて見るも無惨だ。

 怪我をした人々も多くて皆が皆、不安げだった。討伐部隊が到着しても彼らは安心できていないようで、僅かに救助された女たちは今にも泣きだしそうな表情をしている。

 最初に到着していた部隊と合流したシセロたちは状況の説明を聞き、やはり近くにあるジュダの森に住処があると結論づけた。

 森には複数のゴブリンが徘徊しており、いつでも村を再襲撃できるように態勢を整えているように見えたと偵察隊は話す。再び襲撃がされる前に住処を見つけて討伐しなければならない。

「まだ場所は特定できないのかい?」
「残りの偵察隊が探しておりますので、もう間もなくかと」
「そうか。なら部隊編成の再確認をしようか」

 指揮官であるシセロは討伐部隊の隊員たちを集めて編成の再確認をする。シセロが考えた結果、当初の予定通り女性隊員は分散させることにした。一つに集めてゴブリンの囮にする作戦もあるが、女性隊員たちの負担も大きく、隊列が乱れた時のことを考えるとリスクが高いと判断したのだ。

 それから偵察隊が戻ってきてゴブリンの住処を突き止めたという報告を持ってきた。ジュダの森の中腹ほどの場所に彼らの住処はあり、規模は二十匹前後といったところのようで、リーダーゴブリン以外の役職持ちのゴブリンはいないとのことだった。こちらの部隊の数も同じぐらいなので問題はないだろうとシセロは考える。

「切り込み隊が突入してから他の部隊も続いてください。ゴブリンだからと侮ってはいけませんからね」

 リーダーゴブリンがいるということは統率がとれている群だ。傍若に暴れるだけの集まりとは違うので、油断はしてはいけないとシセロは隊員たちに注意すると彼らを引き連れてジュダの森へと足を踏み入れた。

 生い茂る木々によって太陽の光りがあまり差し込まないせいか、森全体は湿っていて少しばかり気持ち悪い。獣道は細く、周囲の背丈の高い雑草が服や鎧を擦って歩きづらかった。

 足場の悪い中を歩くこと暫くして、様子を窺うために残っていた偵察隊と合流した。彼らの話ではこの先からはゴブリンたちが警戒しているらしい。

「では、魔導師隊」
「はっ!」

 シセロの合図に数人の魔導師が杖を手に魔法を練る。ぽっぽっぽと光が舞ってそれは煙を放つと前へ前へと飛んでいった。煙はゴブリンたちの視界を遮るように纏わり付く。ゴブリンが突然のことに動揺して現場が乱れたところで切り込み隊が突入していった。

 切り込み隊が拓いた道に続くように他の隊も入っていき、魔導師隊は後方で支援に回っていた。シセロはその間でゴブリンたちの動きを見極めながら指示を出す。

 襲撃に気づいたゴブリンたちは武器を持ち、隊員たちに切り掛かっていった。短剣や槍、弓矢などで応戦してくる彼らもただでは死なないといったふうに抵抗を見せる。

 シセロは向かってくるゴブリンを殴り飛ばし、指を鳴らす。バチりと火花が散ったかと思うと稲妻が走り、矢のような鋭さを持ったそれはゴブリンたちの胸を貫く。

 飛んでくる矢を魔障壁を素早く張って防ぎ、弓を射ったであろうゴブリンに向かってシセロは稲妻を走らせた。貫きが浅かったのか、生き残っているゴブリンが襲ってくる。シセロはそれを受け流して頭を殴るとそのまま地面に叩きつけた。

「しぶといですねぇ」

 足に魔力を集めて力を込めると、頭を砕くようにぐしゃりと踏み潰した。視線を上げて周囲を見れば、討伐部隊が優勢のようでゴブリンたちの亡骸が転がっている。

 リーダーゴブリンの姿が奥の方へ見えた。それは一際、大きく筋肉隆々の逞しい体躯をしている。瞳はぎらつき、怒っている様子にシセロは注視する。複数人の騎士がリーダーゴブリンと戦っているが、体格差もあってか思うように打撃を与えられていないようだった。

(あれは加勢した方がいいですねぇ……)

 シセロは向かってくるゴブリンを殴り飛ばしながら、側いた隊員たちに加勢を指示した。リーダーが潰されれば、統率が取れなくなり場が乱れる。それはこちら側としては優位に働くと考えてのことだった。

 加勢に向かう隊員を追うように視線を向けてシセロは額を押さえた。サフィールが前に出てリーダーゴブリンと戦っていたからだ。

「あの子は魔導師だろうにどうして前に出るのか……」

 サフィールは前に出たがるのだが、その理由にシセロは心当たりがあった。魔導師が別に前に出てはいけないということはない。腕に自信があり、それなりに経験があるのならば前に出るのもいいだろう。だが、いくら才能があるとはいえ、サフィールはそれほど戦闘経験があるわけではない。前に出るのは得策ではないとシセロは思うのだが、彼女は自分を見てほしいのだ。

 シセロにどれだけ自分が成長しているのかを見てもらいたい。だから、より見えやすい前へと出ていく。なんとも面倒なとシセロは思ったけれど口には出さなかった。

「終わったら注意しないといけませんね」

 シセロははぁと息を吐いて飛び掛かってきたゴブリンを稲妻で弾いた。勢いよく痺れてゴブリンは地面に落ちて死んだことを目視した時だった。

「ウオォォォォォォっ!」

 リーダーゴブリンが雄叫びを上げたかと思うと走り出す。その突進の勢いに何人かの隊員たちが轢かれていく、その先にサフィールがいた。

 サフィールはリーダーゴブリンに立ち向かおうとしている様子で、シセロは素早く翼を生やすと駆け飛んだ。漆黒のような翼が風を切っていく様は鷹が獲物を捕らえんとするようで、隊員も思わず目で追ってしまう。

 リーダーゴブリンがサフィールへと追突する間際、シセロは彼女を抱き上げると魔障壁を張った。障壁によって弾き飛ばされたリーダーゴブリンはよろめく、その隙を見逃すことなくシセロは足に魔力を集めて腹部を思いっきり蹴り上げる。

 魔力が破裂するようにリーダーゴブリンの腹に入り、内臓を押しつぶすような鈍い音が響く。黒い魔導師服の長い裾を地面に擦らしながら、シセロは低い姿勢から今度は拳を振った。

 こめられた魔力によって強化された拳からは稲妻が走り、リーダーゴブリンの全身を駆け巡る。声もなく地面に倒れ伏したリーダーゴブリンに、シセロは止めと言わんばかりに足に再び魔力を集めて思いっきり胸を踏みつけた。

 踏んだ箇所に穴が空いてぶしゃっと血が噴き出す、動かなかくなったリーダーゴブリンを見た他のゴブリンたちが慌てていた。統率が取れなくなって場が混乱すると討伐部隊たちの勢いが増す。

 リーダーゴブリンがいなくなってからはあっという間だ。逃げまどうゴブリンたちを斬り伏せていき、彼らの住処は亡骸だけとなった。

 隊員たちが攫われた村の女子供たちを救出していく。無傷の者もいるが、中には手ひどくやられていた者もいた。恐怖に怯えて、周りが見えていない者もいて隊員たちが優しく声をかけている。

「サフィール。お前は何をやっているんだい?」
「それはー、そのー」

 救出の指示を出したその間、シセロはサフィールを叱っていた。前に出るのは良いとしても無茶をしてはいけないと。それでも彼女は「もっと見てほしくて」と言うので、シセロは「注意をちゃんと聞かない弟子は見ないよ」と返す。

 これにはサフィールも聞かないといけず、しょんぼりとした様子で座っていた。無茶をしたなという自覚はあるようで、「ごめんなさい」と謝っている。謝るぐらいならば最初っからしないでほしいのだがとシセロは思いながら、弟子だからと甘くはせずにしっかりと注意をした。

「いいかい。死んでは意味がないんだ。見てほしくとも、死んだら褒められることも見てもらうこともできないのだからね」
「はい……」
「俺が毎回、助けるとは限らないのだからしっかりしなさい」
「ごめんなさい」

 ちゃんと理解はできている様子で反省している姿にシセロは次は大丈夫だろうと息を吐く。サフィールのことはこれぐらいにしといて、シセロは隊員の状態を聞く。怪我人は出ているようだが死亡者はいなかった。

「これから戻ります。傷が浅い人は攫われた村人たちの誘導を。負傷者は魔導師隊と共に、他は周囲の警戒をしながら何かあった時にいつでも動ける準備をしなさい」
「了解しました!」
「女性陣はどうですか? 問題ないようでしたら村人たちに付き添ってあげてほしいのですが」
「こちらは問題ありません」

 女性隊員たちがぴしりと背筋を伸ばして答える。彼女たちの様子を見るに多少の怪我はしている者もいるが動くことには問題なさそうだった。それを見てシセロが「それならばお願いしますね」と返せば、彼女たちは「はっ!」と大きく返事をする。

「むー」
「なんですか、サフィール」

 そんな様子にサフィールがシセロの腕に抱きついて頬を膨らませていた。また何か考えているなとシセロが問えば、彼女は「お師匠様は私のなんですけどー」と口を尖らせていた。

「いつからお前のものになりましたか」
「私だけを見てくれるので、私のものなんです!」
「どういう理屈ですかね、それは」
「え、お師匠様は他の誰かを見るんですか? 誰ですか、そいつは」

 真顔で問うサフィールにシセロは「師匠として見るのはお前だけだよ」と慌てて返す。周囲へ向けるサフィールの瞳というのは獲物を探す獣のようだった。

 サフィールを宥めていれば、周囲から「やはりシセロ様の妻は怖い」という言葉が聞こえてきた。妻にした覚えはないのだがなとシセロは思いながらも、彼女を落ち着かせるために「ほら、お前も付き添いなさい」と指示を出した。

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