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掌編小説|乳牛の行く末

 七月十六日 金曜日

 原付に跨ったぼくが交差点にて信号待ちをしている最中、右前方よりトラックが左折してきたので、なんの気なしに眺めていると、荷台に無数の牛と一人の女が載っていた。あでやかな黒い毛並みと肉付きのよい肢体に豊満な乳房を揺らし、届かぬ天の群青色を憂いていた。

 モウと鳴いたその声は、灰色の道のむこうに佇む山々へと染み入り、ややあって、うっすらと木霊してきた。それは襖より滲む媚態じみた嬌声のようで、左手のグラウンドより跳ね回る溌溂無垢な幼い声と交じると、ぬらりとした背徳の情をぼくに宿した。

 すれ違いざまに、視線を交わした。潤んだ瞳がきゅっとつぼみ、目尻に寄ったしわは微笑んでいるようだった。じゃらりと鳴る鎖の先、首輪から生える肢体のなだらかな曲線がなまめかしかった。車体の振動に呼応するように、青筋の浮くほどに張った乳房が、しめやかに揺れた。

 とぼとぼと去りゆくトラックを見送っていると、怒声のようなクラクションがぼくを焚きつけた。頭上で点灯する青いランプに突かれて、右手をひねった。乾いた排気音と共に、渇いた瞳を生温い風が打ちつけた。

 遠のいてゆくトラックを背中に覚えていると、青白い肢体が脳裏で妖しく明滅した。ぼくは汗ばんだ左手をゆっくりと滑らせた。

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