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夜中のミートソーススパゲティは母の味。

母の味。
それは、ミートソーススパゲティ。
エビとトマトのクリームスパゲティ。
野菜たっぷりコンソメスープ。
あの味を再現したいけれどなかなか難しい。

わたしはもともと、スパゲティが嫌いだった。あと焼きそばも。
なぜなら、土曜に学校があったあの頃、家に帰って来て「今日のお昼は何?」と聞くと、必ずと言っていいほどそのどちらかだったためだ。
毎週毎週食べ過ぎて、好きではなくなった。
当時は知らなかったのだが、母曰く、「スパゲティは市販のレトルトソース使ってたからあまり美味しくなかったのかも。」とのこと。

今となっては、スパゲティも焼きそばも大好きだ。
スパゲティに至っては、何種類もの「和えるだけパスタソース」を大量にストックしておくほどであり、市販のレトルトソースの一体どこが美味しくなかったのか、20年前の自分の味覚が信じられない。

スパゲティが大好きになった瞬間は今でも覚えている。
それは、高校時代の定期考査期間。
部活が忙しく、家でお昼を食べる機会はこの期間だけだった。

試験を終えて帰って来たわたしが、「今日のお昼は何?」と、母に聞くと、「スパゲティにしようと思って。」と、言った。

スパゲティ。
家で食べるのはすんごい久しぶりだな。

「うちってあんまりスパゲティを食べる家じゃなかったよね。」と、自分がケチをつけていたことなどすっかり忘れており、何気なく聞いた。

「だってともちゃんがスパゲティ嫌がるから。」と、言われ、この頃には食べ物の好き嫌いはほとんどなく、何でも美味しく食べていたわたしは、かなり驚いた。
そこで、毎週出て来て飽きたことを思い出したわけである。
プラス、母からレトルトソースの話を聞き、「そうなんだ。」と、微妙というか申し訳ない気持ち。

母は、「あ、今日はちゃんと手作りするから大丈夫!」と、笑って言った。

そうして作ってくれたのが、エビとトマトのクリームスパゲティ。

美味し過ぎて感動した。

「何これウんマっ!!もっと早くリクエストすれば良かった!!」

母にはそう伝えた。
そして、これをきっかけに、わたしはスパゲティをリクエストすることが増えた。ただ、家にほとんどいないわたしは、お昼を家で食べる機会がやっぱりなくて。
夕飯にスパゲティでも全然良かったのだが、わたし以外の家族からは、「夕飯にスパゲティはなんか物足りない〜」と、賛同を得られず。

母の作るエビとトマトのクリームスパゲティも、ミートソーススパゲティもなかなか食べられずやきもきしていたわたしは、高校3年の夏に部活を引退し、いよいよ受験生となった。

夜までガツガツ勉強し、夕飯だけでは足りず。(ごはんはお茶碗山盛り3杯とか食べていたにも関わらずだ。)
お腹が空いて集中できなくなると、夜食を求めて台所にやってくるようになった。

「夕飯あんなに食べたのに?!」と、母からは驚かれたが、お腹が空いたんだからしょうがない。

それをきっかけに、家にあった野菜を使って、コンソメスープを作ってくれるようになった。
日替わり野菜スープをマグカップで飲むのは疲れた頭に染み渡ったし、めちゃくちゃ美味しかったのだが、10代で底なしの食欲だったわたしにはやっぱり物足りなくて。

「スパゲティ食べたい。」

そうリクエストした。

母は呆れていたと思う。
しかし、今ならわかる。
作ったものを、家族の誰よりも美味しい美味しいとガツガツ食べる娘の姿が、母の目にはどんな風に映っていたか。

さすがに毎夜作ってもらうのも申し訳なかったため、わたしは、ソースをたくさん作ってタッパーに入れて冷凍しておいてほしいとお願いしたのである。

こうして、冷凍庫いっぱいのミートソースを作ってもらった。

母の作るミートソースは、ひき肉だけでなく、玉ねぎやニンジンやセロリなどの野菜が細かく刻まれ、たっぷり入っているミートソースだった。
わたしは、夜な夜な食べるミートソーススパゲティが楽しみで、勉強を頑張っていた部分が、実はかなり大きい。
勉強嫌いだし。疲れるし。
でも、勉強を頑張ってお腹が空けば母のスパゲティを食べられる。
そう思っていた。

お腹が空いたら台所に降りて来て、自分で好きな量のスパゲティを茹で、母の作り置きしてくれていたミートソースをチンして食べる。
夜食でパスタ麺150gとか茹でて、それでもお腹がいっぱいにならないこともあったのだが、母の作り置きソース1回分に適した麺の量で食べたかったので、やみくもにたくさん茹でるのは控えていた。

もしわたしが男子高校生だったら、作り置きソース2回分を一気に食べていただろうから、母のソース作り頻度の手間を考えると、女に生まれて良かったと思う。

結局、わたしは一度受験に失敗し浪人することとなったため、母の作ったスパゲティソースを1年半味わった。

母の作ってくれる食事はいつも本当に美味しかったし、リクエストしたおかずの数知れず。
しかし、10年近く経って一番思い出深いのが、この、手作りのスパゲティソースを作り置きしておいてくれたことと、めんどくさいし大変だろうに、「すぐできるしいいよー。」と、作ってくれた野菜スープなのだ。


独り立ちし、自炊をするようになり、結婚をし、自分以外の誰かのために食事を作るという立場になった。

どうにか母の味を再現したいと思うのだが、「あの味」にならない。
美味しくないわけではない。いや、むしろ美味しくできていると自画自賛するレベルなのだが、「あの味」をどうにもこうにも自分の手では作り上げられないのが、悔しくもあり、寂しくもある。

先日、夫が”豚肉とマッシュルームのやつ”を作ってくれた。
この”豚肉とマッシュルームのやつ”とは、夫の実家で人気の母の料理だ。
豚肉とマッシュルーム、細かく刻んだ玉ねぎをクリーム煮にした料理で、料理名はないらしい。
じゃあお母さんにリクエストするときどう言っていたのとたずねると、「みんな豚肉とマッシュルームのやつ食べたいってリクエストしてたんだよ。」とのこと。
お家それぞれの食卓事情って本当に面白いし、何だか愛しいなと笑ってしまった。

夫の作ってくれた”豚肉とマッシュルームのやつ”は最高に美味しかったけど、やっぱり母の味には追いつけないと、悔しそうに言っていた。

わたしの母も、義母も、「そんなことないよ」と言うけれど。
やっぱり料理歴が違う。
二人の作る食事は間違いなく「母の味」で、おいしさレベルが段違いなのだ。


大人になって、わたしは母とよくぶつかるようになった。
昔は喧嘩なんてほとんどしたことがなかったのだが。
この前も、母と電話で言い争いになったばかりだ。
そういうとき、このことを思い出せたらいいなと思う。

今度実家に帰ったら、エビとトマトのクリームスパゲティか、ミートソーススパゲティをリクエストしよう。
義実家に遊びに行くことがあれば、”豚肉とマッシュルームのやつ”を夫にリクエストしてもらおう。


ああ、「母の味」を味わいたい!


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