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『百年の孤独』を代わりに読む 行商旅日記 九州編(2019年2月 東京〜福岡〜長崎〜東京)

2019年2月8日 遠征前夜

 明日は雪が降るのだと予報が言う。果たして明日のトークイベントにたどり着けるだろうか。読書会を開いてもらった時も文フリのようなイベントの時も、せっかく来てもらうのだから何か持ち帰ってほしい。それは私がお話しするわかったような、わからないような、なんの話なんだかよくわからない話の、その可笑しさや本をまた読もうというような気持ちでもいい。もちろんそれでいいのだけれど、物理的にも何か持ち帰ってほしいと思う。読書会では栞を作ったし、秋の文フリでは『月報1』を作った。そして、作るなら、それはおまけだからということは関係なく、ほしい!と思ってもらえるものを作りたいと思っている。
 夜、配布するブックリストをドトールで作っていた。こないだからトークの準備で『『百年の孤独』を代わりに読む』を読み返しながら、引用した文献だけでなく、本作を執筆する過程で影響を受けたり真似したり、リスペクトしたりしていた作品を思い出せる限り書き出していた。それでもし『代わりに読む』をきっかけにして、そうした他の作品にも手を出してもらえたらと考えて、ブック(だけでなく、映画やテレビや諸々の)リストを作っていた。私の本よりも、むしろ私が大好きな本をどこかで手に入れて読んでもらえたらうれしい。
 概ねテキストで書き出してあったそれらを整理しながら、書き足してInDesignで仮組したところで夜の十時になったので家に帰った。明日は雪だと言うだけあって、家までの十分かそこらがとてもこたえる。帰宅してご飯を食べて、それからもうひと頑張りというところで、睡魔に耐えきれずちょっと横になり、そのまま明け方まで眠ってしまった。

2019年2月9日 福岡へ

 4時ごろからベッドで微睡んでいた。5時に起きると、テレビでは土井善晴さんが魚の煮付けと春菊の白和えを作っている。アシスタントのアナウンサーが「春菊をさっと茹でたから、シャキシャキしていいですね」と喜んでいる。煮付けは想像以上に簡単だからいいよなあ。
 ブックリストのレイアウトと校正をして、ファイルを藤枝さんに送る。たぶん、このブックリストをもとに話すことにはならない思うが。
 早朝の羽田空港に向かいチェックインする。徐々に雪が激しくなって行き、除雪のためにいくらか搭乗が遅れるというアナウンスがあった。一時間ほど遅れて搭乗するも、再び除雪作業があり機内で一時間ほど待つ。一時はこのまま飛ばないのではないかと心配すらしたが、その後雪の中を飛行機は離陸し、二時間ほど遅れて福岡空港に着いた。着いて確認すると、もっと後の便は欠航になったようで、早めの便にしておいてよかった。
 『『百年の孤独』を代わりに読む』にも出てくるマツヤマくんのモデルになった松村くんは福岡の出身で、しばしば帰省した時に家族で行くという空港近くの天ぷら屋での話を聞いていた。今回福岡を訪問するに際して、どうしても行っておきたかった。バスに乗り、間違えて停留所一つ分ほど歩き、スーツケースを引きずってようやく天ぷらひらおにたどり着いた。
 店の外まで行列で、並び始めてからも次から次へと人がやってくる。待っている人たちが券売機の前であれこれ迷っている。「どれにしようかな、味わいかなあ」、後ろにいたカップルは「こんなに人気なんだからもっと店を増やせばいいのに」などと。とは言え、ものすごい数のカウンター席があり、わりとすいすい列は進んでいく。

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 しばらくして席に座っていると、次々と自分の前に天ぷらが置かれていく。置かれていき、やがてピーマンの天ぷらを置いた店員さんが
「これで終わりですー」
と言って去っていった。
 天ぷらの衣が薄くて、サクサクしていて、おいしい。魚もとても新鮮な気がした。おいしいなあとため息をつきながら天ぷらを食べていると、聞き覚えのある曲が流れた。古いフォークソングだろうか。サビの音程が語尾でちょっと上がり、それがなんだか心地よい。この曲はなんなんだろうか?

 ・・・も〜♪
 ・・・だけ〜♫

 メロディーはいつか忘れてしまうし、音符に起こせない私は記録するすべがない。ボイスメモに吹き込むという方法もあるが、ではそれを頼りにどうやって曲を探せばいいというのか。
 天ぷらひらおでお腹を満たしてから、天神の本のあるところajiroに向かった。天神に着いて、地下街でまた迷う。天神に来るたびに地下街で迷ってしまうのだ。ajiroに行く前に、ホテルに行こうとしたら、予約したホテルが向かいのめちゃくちゃ近所だった。一度、ajiroに納品に行き、もう一度宿に戻り充電。夕方まで本屋さんまわりをしようと思ってたが、あまり時間がなく、ブックスキューブリックだけに行った。いいなあ。『空の巨人』があった。いいなあ。拙著もいい感じにおいていただいていた。いいなあ。

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 町を歩くと、何か東京とも関西とも違う、何か異国情緒とでも言うべきもの、アジアな感じがものすごくするのだなあと思う。歩きながら昼に聴いた曲が頭の中で繰り返される。聴いていたはずの歌詞は覚えていないのに、なぜか繰り返していると少しずつ思い出されていく。もう少し、何か思い出せないか?

 ・・・かえっても〜♪
 ・・・ているだけ〜♫

 直前にサンマルクでコーヒーを飲みながら、用意してきたメモに目を通し、何から話し始めようかと考えた。
 『百年の孤独』を読んだことがある人、『『百年の孤独』を代わりに読む』を読んだことがある人、そのORを取ると、だいたい6〜7割くらいの方が読んでいたようだった。トーク中、あんなに故郷の話、子供の頃の話を話すつもりはなかったけれど、気づいたらかなりそういう話をしていて、それは『百年の孤独』のノスタルジー成分の作用によるものだったかもしれない。あとは、脱線の方法論というほどのものではないが、いろいろな脱線、脱線を思いついたり、組み立てたりする仕方について説明した。話してみたら、そこからさらにいろいろ思い出して、思ってもみなかったことを話している。聞きにきてくださった人々が何か持ち帰ってもらえていたら、楽しく過ごしていただけていたらと思う。『百年の孤独』のラストの話。自分で書いておいてなんだよと思われるかもしれないが、『代わりに読む』のラストで代わりに読む人を見出す件は、自分でもちょっとこの話を説明するだけで、涙ぐんでしまう。それは自分の書いたことに感動するのとは違って、『百年の孤独』のラストを読んだ時の感情に私が瞬間的に戻れてしまうためだ。最後のアウレリャノの話。話し終えてから質問をいくつかしてもらい、そして何人かの方にサインもした。Tシャツを買ってくださった方もいて、持ってきてよかった。遠くから友人がわざわざ駆けつけてくださり、素敵な写真を撮ってもらえた。とてもうれしかった。

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 近所のお店で懇親会。居酒屋さんでかかっているBGMが懐かしいのに、誰のなんという曲かわからない。ひょっとして、そういう90年代後半っぽい曲を捏造して流しているチャンネルがあるのではないか、だが何のために? そうして捏造している人たちの話は何か小説になりそうだと話す。藤枝さんが突然いろんな人にポンと質問をしていくのが面白かった。トークイベント中もそうだったけど。初めて買った文庫本、宇宙開発、日本人初の宇宙飛行士 秋山さん。毛利さん、向井さん、野口さん。そして、再び全てはソユーズに戻る。ローテク。ものすごくみなさん宇宙開発に詳しくて、それは土地柄なのかなんなのか、こんなに宇宙開発の歴史で話が通じたことがなかったので、驚かされた。


2019年2月10日(日) 長崎へ

 宿に帰ってtwitterをチェックしたりリプライしようと思っていたが、帰るなり寝落ちしてしまった。明け方に起き、チェックしたら来てくださった方々がたくさんツイートしてくださっていて、とてもうれしい。そういえば、昨晩、明日は長崎なんですよと言ったら、
「ああ、ちょうど長崎ランタンで賑やかですよー」
 と言われたので、
「そうなんですねー」
 と答えたのだったが、ランタンとは一体なんなのか? わからぬまま、長崎に向かう。どうやら旧正月で大勢の人が長崎に押し寄せる時期らしいのだ。てっきり三連休だからだとばかり思っていたが、そういえば、宿も全然とれなかったし、直前まで取らずにいたら、長崎までの特急の指定席も取れなかった。
 それで、わりと早めに駅に行って、シアトルズベスト(ここのラテはミルクに甘みがあってとてもおいしい)でコーヒーを買ってからホームに上がると、自由席の待ちの列はまだほとんどできていなかった。杞憂だったかと思っていると、特急の車両が入線してくるころには、ものすごい人数の列が各乗車位置に伸びていて、早めにきて良かったと思った。
 昨日のトークのことを思い出しながら、行商日記を書き始める。途中、橋本倫史『ドライブイン探訪』も読む。涙腺がゆるむ。いい本だ。眠たくなってしばらく目をつむって眠っていたが、ふと目を開けたら、左手に突然海が見えた。ほとんど陸の際を走っていた。ほどなくして、長崎駅に着いた。

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 市電を待つものすごい人の列。スーツケースとリュックとトートを持っているとかなりしんどいし、肩身が狭い。市電120円は安い。90年代かと思った。
 市民会館で降りて眼鏡橋の近くまで来ると、縁石のところにしゃがんだ人が鍬のような刃物を片手に持っているのが見えた。どうも縁石のあたりの土か苔を掘り起こしていたようなのだが、明らかに観光名所っぽい場所、提灯が綺麗に吊るされていて、みんなが写真を撮る中、その人だけが異様であったし、さらにその鍬を何かに包むでも、下に提げるでもなく、きちんとグリップを持ったまま人混みの方に歩いて行ったので、私は偶然惨事に居合わせてしまったのではないかと気を揉んだが、その人はそのまま公衆トイの中の手洗いで、その刃物を洗い流していた。人が大勢いるのでとてもその光景が異様に見えた。
 だが、もしかしたらそのおじさんの(と言っても同年代と思うが)行動が日常であって、この川沿いにこんなに人が押し寄せている方が異様な光景なのかもしれなかった。
 川沿いにひとやすみ書店の看板を見つた。3階に上がりきり、真ん中を磁石で止めたビニールの風除けを開けると、そこにひとやすみ書店の空間が広がっていた。
「こんにちは。はじめまして」と店主の城下さんが言う。どうやら一目見て、わかってくださったようだった。
「普段はもっと静かなところなんですよ」
 荷物ここに置かせてもらってもいいですか?と尋ねて奥に入っていった。コーヒーを飲んでいたお客さんが
「え、今日なにかあるんですか?」と言い、
「ないですよー。作者の方が訪ねて来られて」と声が聞こえる。
 そして棚を少し見たところで、雑踏を歩いてくたびれていたことに気づき、カウンターに座らせてもらって、早速コーヒーを頼んだ。
「ゆっくりしていってくださいね。」
 本屋さんの、そしてこのカウンターに座っていると、緊張がほぐれて、一気に体が楽になったことに気づく。コーヒーを飲み、そして本の話をさせてもらう。いろんな読み方があっていい。素読(そどく)。積ん読もいい。挫折もいい。それ自体がその人の個性みたいなところがある。本は逃げないから。
 取り扱っていただけることいなり、サイン本を作らせてもらう。隣にいらっしゃった女性も、その場で代わりに読むのことを説明したら、購入してくださって、よかった。互いによかった。
 ポップと言うのもはばかられる、城下さんが感銘を受けた本を紹介する文章はもはや作品だと思った。私は「創作」を購入。
 今後ともよろしくお願いしますとご挨拶して下に降りる。見送ってくださる。お腹が空いてたので、土地の人が行くようなお店を教わる。近所の食堂でビールとちゃんぽんを食べる。美味しい。このスープを全部飲んでしまう。

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 それから商店街を歩いていくと、アーケードがあり、ものすごい人の中を通り抜けて、宿に着く。宿は中華街の入り口の目の前にあった。一度、宿に入り充電している間に、ひと風呂浴びる。からだも冷えていたので。どうも疲れているのかな。このまま寝ちゃいそうだったが、本屋さんも見たかったので出かける。
 歩いていると、脳内では昨日から気になっているあのフォークソングのサビが鳴り響く。

 振り返っても〜♫
 いるだけー♬

「振り返ってもか いているだけ フォーク」などと検索すると、「はしだのりひことシューベルツ 風」という曲が見つかった。Youtubeで早速再生してみると、見事にあの天ぷらやで聴いた曲だったのである。よかった。よかった。私は『風』を何度も再生してみる。


 町を歩きながら、『風』を口ずさんでいる。アーケードの商店街。好文堂さん。地下に降りていくとある。海外文学の棚に五冊ほどだけあり、未知谷のゴーゴリー『鼻』、トーマス・ベルンハルト『凍』などなかなかすごい品揃えは一体なんなのだろうか?と思った。
 商店街の端っこに角煮まんじゅうを売っている店が行列になっていて、列に並ぶ。最後尾と書かれた札を高くに掲げた店員さんが、列に並ぶと、
「温かいのをお求めですか?」と聞き、私が頷くと、
「はいー!」と言って一歩退き、客をそこに並ばせる。また客が来ると、
「温かいのをお求めですか? はいー!」と言って一歩退く。それがなにか小気味よく、後ろでそれが繰り返されるのを心地よく聴いていると、
「冷凍のは後ろから入ってもらったらすぐ買えます」と説明していた。
 行列で待っていると、ちょうど目の前を家族づれ通しが、
「こんなところで会うとは!」と言い合っていて、ちょうどそのタイミングで私は角煮まんにありつき、角煮まんじゅうがおいしい。
 さっきまでちょっとしんどかったが、角煮まんじゅうを食べたら少し元気が出て、それから出島の方まで歩いていくと、少し潮の香りがする。商業施設に入っている紀伊国屋書店も見た。街に戻りながら、今夜の食事をとる場所を探す。人が多くてなかなか見つからない。ちゃんぽんのお店の前はすごい人だったり、今日はもう一杯ですというような札があったり。

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 足で街を歩くと、街がよくわかる。旧県庁の場所が山になっていて、ここはもともとお城があったところだろうか? 江戸なんとか商店街の中にある店は、空いてたらいい感じの地元の人が行きそうな店があった。土産にカステラを買い、歩いていくと、またアーケードの近くまで来た。だいぶくたびれていたので、宿の方に帰りながら、一本手前を入ると、ちょうどいい感じの居酒屋があって、そこに入った。観光っぽい人たちはほとんどおらず、とても心地よく食事をした。

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 帰りにベローチェに寄り、コーヒーを飲みながら、本を少し読み、twitterをいくつか返す。宿に戻って、風呂に入り眠る。


2019年2月11日 東京へ

 夜中に何度も目が覚める。朝の早い便だから、寝坊が怖いのだ。支度して、ホテルを出ると昨晩の人出が嘘だったみたいに誰もいない。通りの写真を撮り、バスまでの時間をベローチェでコーヒーを飲んで過ごす。リムジンバス乗り場に歩いていくと、何人か並んでいた。バスに乗り、この旅のことをメモしていると、あっという間に空港に着いた。飛行機に乗り、羽田に帰ってきた。とにかく読者と直に話せたのがよかったと思う。Tシャツもこれなら着れる、ほしいと言ってもらえたのもうれしかった。呼んでくださった本のあるところajiroの藤枝さんにも感謝。九州にもまた行きたい。『風』を繰り返し口ずさみながら家に帰った。


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