窓辺にて

生まれ変わったら鳥になりたい、と君は言った。
鳥になったら、猫に食われちまうよ、と僕は言った。

鳥は鳥でも大きな鳥よ。
猫なんかには、とても捕まえられはしないの。

君は笑って言った。

でも君はさ、と僕は負けじと言った。
小さなネズミを捕まえて食べるなんてできないだろう。

君はムッと顔をしかめた。

大丈夫よ。おなかが空いたら、何でも食べるわ。
君も意地を張っている。

鳥になって、大きな空を自由に飛び回るのよ。
海も超えて山も越えて、時々は木陰で休んだりするの。

でも、でも鳥になったら、
雨の日に飲む苦いコーヒーとか、
湯船で淡く香る入浴剤とか、
お腹ペコペコで食べるカップラーメンとか、
新しく買った服に初めて袖を通したりとか、
そういうものはもう、全部なくなるんだよ。

そう言って僕は、ハッと口をつぐんだ。

君はそんな僕の顔を見て、少し微笑んでから窓の外に目をやった。
午後の日差しが君に当たって、白く光っている。
なんだか、そのまま溶けてしまいそうだった。

君はポツリと、鳥になるのはやめるわ、と言った。

僕の安堵は束の間だった。

風になりたい、と君は言った。

風なんか、風なんかもっとダメだ。
風になるくらいなら、鳥でいい。
鳥になろう。

お腹が空いたら僕が食べ物を用意するし、
天気が悪かったら家に入れてあげよう。
おしゃれがしたいなら、羽の邪魔にならないリボンを探すよ。

だから、風なんかにならないで。

だってもし、君が風になんてなってしまったら、
僕はもう君の姿を見ることが出来ないじゃないか。

そんなことがずっとぐるぐると回って、なにから言えばいいのかわからなくなった。
返事に困る僕を見て、君はまた小さく微笑んだ。

風になれば、もう自由でしょう。
鳥よりも、もっともっと自由でしょう。

僕は首を小さく横に振ることしかできなかった。

君はずっとずっと先を見ている。
君にしか見えない何かを、優しく抱きしめているようだった。
僕も一緒に抱きしめたいのに、君はそれを許さないだろう。

窓から差し込む光と、その光を浴びる君が、眩しかった。

僕にはもう、君の姿を目に焼き付けることしかできないのだ。

秋の週末朗読会


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