見出し画像

あ、10円拾った。

「あ、10円拾った」

スクールからの帰り道、突然娘が屈んだ。屈むとでっかいリュックが頭の方へズルっとやってくる。子どもって落ちてる物を拾うとき、どうして屈伸スタイルで屈まずに、お辞儀スタイルで屈むんだろうといつも不思議に思う。きっと拾いたいって思いが、脳から手へとダイレクトに繋がっていて、そのせいで足に「屈め!」って命令が達する前に手が出てしまうのだろうな。

頭から地面に突っ伏すような勢いで、娘は10円を拾った。頭から転けそうになったことは気にならないようで嬉しそうに10円をかかげると「交番に届けよう」と言った。

なんていい子なんだ。たかが10円。たった10円。きっと誰も交番に「10円落としたんですけど」なんて言いに来ない。それでも拾った10円は落とし物。それをちゃんと交番へ届けるのは、見つけて拾ってしまった者の果たさねばならない大切な義務。市民としての義務なのだ。

えー、って思ったぼくはきっともう世の中の酸いも甘いも知ってしまった大人なのだろう。忙しい交番の警官さんだってたかが10円を届けられたって困るだろうなんて余計なことを思ったりもする。ここは坂の途中。図書館の前。交番ってどこだっけ? 普段交番に御用になんてならないから駅前にあるような気もするけど、どこにあったかはっきりしない。いずれにせよ、少しここからは遠いはず。絶対に10円の落とし主は交番には行かない。

でも、親になるってすごいなと思うのは「もらっちゃえば?」とも「拾ってラッキーだったね」とも言わずに娘の無垢な「交番に届けよう」という善意をどうにか受け入れることができたことだ。親になってなかったら、絶対もらってた。

娘は10円を大切そうに握りしめ、ついでにその横で拾った白い石ころも握りしめ交番に向かって駆け出した。交番がどこにあるかも知らないのに。ちなみに「石は捨てたら」と言ったら「あ、そうやな」と捨てていた。石は簡単。

坂を下って駅に近づくと、そこには交番が見えた。張り出された指名手配犯たちの顔がここが交番だよと教えてくれた。

ぼくが交番に「10円拾いました」と言ってもしかたがないので、娘を促す。
「10円拾いました!」100万円拾ったかのようにうやうやしく10円を差し出す。警官さんはそれを軽く受け取ると「どこで拾ったのかな?」と笑顔で聞いた。「学校の帰り道で、こうやって歌いながら歩いてたら、あ、10円だ、って思ってそれで拾った」ちっとも場所の説明になってないし、そのとき『うっせえわ』を熱唱していたから、ここで歌い出さなくて本当によかった。
「どこで拾ったのかな?」「うっせぇうっせぇ!うっせぇわ!」「公務執行妨害」の可能性だってあながち否定できない。

形式的なやり取りで終わりかと思ったらしっかり書類も書かされた。落とし主が現れなかったらどうするかとか、落とし主が現れたら連絡するか、とか聞かれる。娘はもう自分の仕事は済んだとばかりに、鼻歌を歌っている。うっせぇわじゃなくてよかった。

「落とし物届けてくれてありがとうね」

警官さんは、何回も笑顔で娘にそう言ってくれた。娘も満更でもない顔で「また拾って来るね」と言っていた。もう拾わないでほしい。


では、また明日。


ーー✂ーー
👉 記事を書いてる三木智有ってどんな人?
👉 子育て家庭のためのお部屋のコーディネートに興味ある人はコチラ
👉 お部屋づくりのコツが知りたい方はこちらのマガジンをどうぞ
👉 人気の記事だけ読みたい、という方はこちら

著書:家事でモメない部屋づくり





最後まで読んで下さり、ありがとうございました! スキ・フォロー・シェアなどしてもらえたらとっても嬉しいです。 ぜひまた見に来てください!!