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学校を辞めたい君への手紙。

「学校へ行かなくてもいいよ」の先にある未来って、不安だし、怖いし、この未知が示されないと安心して「学校へ行かない」という選択ができないんじゃないかって記事を書いた。
そこに、「学校行きたくないし、親に迷惑かけるのも」というコメントをいただきました。僕なりに、思ったことをコメントに返事したのですが、欄が500字までという制限もあったので、もう少し丁寧にお返事を書きたいと思います。

もちろん、コメントをくれた方へのメッセージではありますが、同じような状況の人の励みになれたらと思います。

でも、すごく特別なアイディアがあるわけではなくて、実体験を踏まえたお話になります。


不容易な「君のため」にあおられないように。

「学校へは行きたくない。でも、行かなかったらどうなるのかわからなくて不安」というのは、学校へ行きたくない人も、その周りの人もみんな考えることだと思う。

学校の先生は「ちゃんと卒業しないと、君の将来がダメになる。まともに就職なんてできないし、一生困ることになるよ」と言うかもしれない。
でも、もしも本当にそういうようなことを言われたのだとしたら、その気持の半分は、君のためを思っての言葉かもしれないけど、残りの半分は先生自身や学校自体のことを考えて出てしまった言葉かもしれない。

「君がちゃんと卒業してくれないと、先生が困るし、学校も困る」そういう気持ちが出てしまっている。

何より、不登校ということへの勉強や理解が足りない言葉だと思っていいよ。いくら「先生は君のためを思って言ってるんだ」と言葉では言っても、君のため、不登校の生徒のために勉強をしたり、寄り添おうとしていないのだったら、残念ながら”君のためを思って”というセリフは話半分だ。

イメージして欲しい。「プロ野球選手になるんだ」って言ってるのに、体育の授業以外練習しない人が、プロ野球選手になれるだろうか? 不登校についての勉強もせずに「君のためだ」と言ってるだけだとしたら、それはバットを振らないでプロ野球選手になろうとしてる人と、同じくらい滑稽なことだと、ぼくは思う。

でも、もしも先生が「学校へ通えるようになる」だけじゃなくて色んな支援先を教えてくれたり、君のペースを尊重してくれたり、親御さんとじっくりと話を聞いてくれたりするのなら、きっとその先生の言う「君のため」は100%だ。
先生を信じて、一緒にこの先の未来についてを考えるといい。


親への迷惑はとりあえず、気にしない

親の理解が得られない。親にかける負担が辛い。そう思うこともあるかもしれない。

とても残念なことに、さっき話した先生と同じように、君の心配と自分の保身が入り混じってしまうこともある。親だって人間だからね。だけど、もしも君の親が100%君のことを心配してくれているのだとしたら。
不安の根っこにあるのは、「家族がバラバラになってしまう」ことなんじゃないかな。

それは、何年も引きこもりになってしまうことかもしれないし、家庭内暴力への恐怖かもしれないし、君が就職できなかったり人生の挫折感に打ちひしがれて、立ち直れなくなってしまうことへの恐怖かもしれない。

たぶん、不登校という入り口の先。つまり出口がそういった「家族がばらばらになってしまう」ことにつながって行くんじゃないかということが、とても怖いんだ。

だから、不登校でも勉強や学びを続けている子の親は、(もちろん不安も大変さもあると思うけど)どこかでその状況を受け入れられている。

きっと、君が勉強を続けたり、学びをとめない姿を見ることができると、親はとてもホッとした気持ちになるんじゃないかな。

「迷惑」についてはね。ぼくは、考えなくていいんじゃないかと思う。もちろん、いろんな状況で考えないわけにはいかないってこともあるかもしれないから、一概には言えないんだけど。

でも、たとえ迷惑をかけられても、親は君が本当に笑顔でいてくれる日を願っているのだと思うよ。


不安は「わからない」ことから生まれる

さいごに、君自身が抱えている不安について。

不安は、”わからない”ことから生まれる。真っ暗な廊下は怖いけど、電気がバッチリついて明るい廊下は怖くない。

すこしだけ、自分の話をすると。ぼくは学校は辞められなかったけど、「就職すること」は辞めた。それを辞めたときは、とても不安だったし周りからは「辞めたら食っていけない」ってずっと言われ続けた。親だって、ちっとも賛成してくれなかった。

「独立してフリーランスになった」と言えば聞こえはいいけど、ぼくの場合はそんな前向きな理由じゃなかった。就職や組織にどうしても馴染めなくて、逃げるようにして独立をしたんだ。それしか、ぼくには道がないと思った。

そんな時に、ぼくの不安を解消してくれたのは「知識」と「人」だった。

知識なんて言うと大げさだけど、つまりたくさん本を読んだりして調べたんだ。
就職をしない先の未来は、どんな未来なのかってことを。

本を読んだり、人に聞いたり、相談したり。
うまくいかないことも多かったし、不安が全部なくなったわけじゃないけど、すくなくとも真っ暗で道が見えないという不安ではなくなった。

学校を辞めた先にも、前向きな未来はちゃんとある。たくさんの同じ悩みをした人が、もうその道はたくさん進んで来ている。舗装された道路じゃなくて、獣道みたいな歩きにくい道かもしれないけど、道は道だ。

だから、本を読んだり、ネットで調べたり。まずは自分の不安な未来に明かりを灯す作業をしてみて欲しい。自分と似た境遇の人たちが、道を切り開いてくれているから。


もう一つが「人」。
ぼくは友達がたくさんいるタイプではなかったけど、信頼できる友人がいた。だから彼らにはいろんなことを話ししていた。いまは、TwitterとかSNSもある。自分と似た境遇の人を見つけることもできるし、君の思いをつぶやいたら共感したり応援したりしてくれる仲間や大人がきっと出てくる。

自分の気持ちを知ってくれてる人がいるだけで、とても楽になれたりするものだ。


未来への不安を和らげてくれる本

ぼくは、不登校支援をしてるわけでも、スクールカウンセラーでもなんでもない。だから、専門的なことはわからない。
でも、一番大切なのは君の心と身体が健康であることだと思ってる。

学校が嫌になると、腹痛や頭痛に悩まされたりする。病院へ行っても異常なしなんて言われたりする。でも、痛いという事は紛れもない事実だ。
ぼくも、小中学生の頃は毎朝どこかが痛かった。体温計を握りしめて、無理矢理熱があるように見せかけようとしたりもしてた。

身体が必死でSOSを発してるのに、無理してまで学校に行く必要はないと思う。
親への迷惑は、いつか返せばいい。いまは迷惑をかけてでも、君の心身と未来を大切にする時期だ。

未来への不安は、色んな生き方を知ることできっと軽くなる。

ぼくが読んだ中で、未来への勇気をもらえるなと思った本を照会します。まだ、読んだことがなかったらぜひ手にとって見てほしい。

著名人も含めた色んな元不登校へのインタビュー。たとえ不登校であっても、これだけ未来への遺産未知はあるんだと教えてくれる一冊。


著名人じゃなくて、一般の人の不登校のその後の物語。


これは小説だけど、とても勇気をもらえる作品。気分転換にもなるだろうし、とても引き込まれる物語。

ぜひ、読んでみて。



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