見出し画像

嫌なところの別の視点

TSUTAYAの返却期限が今日までなのに、
返しに行こうとしたら具合が悪くなった。

しばらく眠ったけどもしんどい。

「延長料金を払って明日返そうか?」
とも考えたけれど、
(ちなみにわたし、延滞したことがない!!)

「明日もそうかもよ?」
っていうのと、
“具合悪くても、たいていは動いてしまえば治る“という性質をもっているので、
ちょっと頑張って返してきた。

治りました!

きっと、わたしの不調はちょっとした滞りからくることが多いんだろう。
だから、動くことで巡りがよくなることが多いんだと思う。

さっきなんとなく優等生について思い出していた。

わたしはルール違反はしないし(そんなことで怒られたくない。怖いんじゃなくて、怒られるなんてムカつくって感じ)
成績がよかったので、
自分のことをずっと優等生なんだと思っていた。

当然周りからもそう見られているんだろうって。

その話をしたときに、
「それは確かに条件からするとそうなんだけど、
ともこさんはそういうイメージではなかったでしょうね。」
と言われ、

「ええ?」って思った。

同窓会があったときに、ほとんど喋ったことのない人にそのことについて聞いてみたら、
「そうだね、優等生って感じじゃなかったよね。
なんかもっと意志が強い感じ」
って教えてくれた。

「そっか、我が強い、と優等生はあんまり共存できないんだな。」

ということを学んだ。

なんでこんなこと思い出したかといえば、
わたしはすぐにイラッとしちゃうからだ。
そしてそれを上品にくるむ労力を、あんまりつかわないから。

いちいちイラッとするところが自分では嫌ではあるけれど、
“自分の感情に正直である“と表現すれば、
まあそうね、いいところと言えるのかもしれないかも??

いいところかどうかはわからないけど、
それを見て、「いいな」って思う人はいるだろう。

そしたらそこも“必要な大切なイチブ“に感じられて、
ちょっとだけ拡大できるよね。

セッションは視点を増やす、変えるのに有効だよ。

サポート絶賛受付中です!!! とてもとっても喜びます!