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現代小説訳「今昔物語」【盗賊の片棒を担がされた男の機転】巻二十九第六話  放免ども強盗せんために⼈の家に入りて捕へらるること 29-6

 今も昔も、地方に出向した役人は権力を持っていて何やらいろんな手段で儲けている、と思われがち。平安時代には受領と呼ばれる役人がそれぞれ地方の税の管理を担って、がっぽり儲けていたとかいないとか。ところが、金があるところにはよからぬ人間も集まってくるもので・・・

 上京を東西に走る勘解由小路かげゆこうじは小路とは言え、公家の邸宅や厨町くりやまちが並び、人出の多い小路である。
 活気のある瀟洒な町並みが思い浮かぶが、人々が勘解由小路を記憶するのは、左獄と右獄という獄舎の存在においてであった。
 ああ、あのさらし首をするところでっしゃろ、と。
 そして水が低きに集まるように、周辺には放免ほうめんが多く集まって暮らしている。放免とは、刑期を果たし、あるいは一部を免除されて出獄し、検非違使けびいしの下人として奉職する者どもである。
 検非違使は当時の警察のようなものであるから、放免も京の警護を担う役人である。しかし、もともとが悪人である者どものこと。二人集まれば稼ぎが少ないと愚痴がもれ、三人集まれば公家どもがいかに不正に稼いでいるかと憤慨し、五人集まればどの屋敷が忍び込みやすかとの相談になる。
 
 この小路の一角に、受領について諸国に行ってはたんまり儲けて帰ってくるさかんがいた。四年と言わず、重任されたり延任されたりしていたので、家も豊かで従者も多く、自分の領地すら持っていた。そんな屋敷に放免たちが強盗に入ろうと相談し始めるのも自然の流れであった。
「武士もつめていないからたやすいだろう」
「しかし、新しい屋敷で門も塀も立派なもんだ。どうやって入る?」
「縄を使うか?」
「縄は物を持ち出す時に面倒だ」
「何とか門を開けられないものか」
「その屋敷の者を仲間に引き入れて中から開けさせよう」
 このように話がまとまった。屋敷に出入りしている者に当たりをつけると、屋敷の主が摂津国に持っている領地から宿直《とのい》に上京してきている下人がいるとのこと。
「そ奴は田舎者なので、だませるだろう」
「物を与えれば、まさか嫌とは言うまい」
「まずは呼んで、飯を食わそう」
 と話し合い、その宿直の男を放免の家に招待した。そして、うまい物を食わせ酒なども飲ませた。
「聞けばお主は田舎の人だというが、京では何かと物入りであろう。本当にお気の毒だ。だから、今日から、京にいる間はこんなふうにいつでも来なさい。ご馳走いたそう。また。用がある時は言いなされ」
 宿直の男は、京の珍しい料理を堪能して、嬉しいと思った。が、同時に怪しいとも思った。何かわけでもあるのだろうと思って帰った。

 このような事を四、五度と繰り返した上で、放免どもが言った。
「実は、お主が宿直している家に我らを手引きして欲しいのだ」
 そら来た、と宿直の男は思ったが、繰り返し飯や酒を振る舞ってもらっているので嫌とも言えない。
 ハアと曖昧な、何の話か分からないふりをした。
「何、簡単なことだ。こちらが言う時分に門を開けてくれればいい。そうしてくれれば、限りなくお礼をしよう。お主一人が暮らしていけるくらいのことはさせていただこう。どうだ?」
「いや、どうだと言われましても・・・」
 宿直の男は何とかこの話から逃げる算段はないかと考えたが、目の前には今日もたらふく食べて飲んだ皿や盃がある。
「俺等とて、仲間の結束はある。お主とのことはここだけの秘密だから気にすることはない。それに、この世に生きている者は上下を問わず、我が身のためには何でもするものだ」
「門を開けるだけでいいんですね」
「おう、それだけだ」
「・・・ならば、お安い御用です」
 と請け負ったが、宿直の男は、これはとんでもない悪事だから、こんな企みに加わってはならぬと考えていた。しかし、ここで断れば、きっとまずいことになろうととっさに答えていた。
 すると、放免どもは喜んで、「これは少ないが」と絹や布などを与えようとする。宿直の男は受け取っては大変だと、
「まだ何も為しておりませぬ。たった今、この場でそのように急がずとも、首尾よくいってから後に頂きます」
 と言って、何も受け取らず帰ろうとした。すると、放免どもは、
「では、明日の夜に決行する。夜半頃に家の門のそばにいてくれ。門を三度叩いたら、待ち受けていて門を開けてくれ」
 と言った。宿直の男は「簡単なことです」と答えて帰った。
 
 宿直の男は主の家に帰ると、「何とかしてこの事を密かに主に伝えねば」と機会をうかがっていた。広い屋敷ではあるが、南側の庭に面した縁側は主がお気に入りの場所であり、日に数度、姿を見えることがある。庭の手入れをするふりをして様子を見ていると、はたして主が縁側の辺りに出てきた。
 宿直の男は周りに人がいないのを確認していざり出て、そのまま膝をついた。すると、主は、
「そなた、何か言いたそうだな。暇を取って郷里に帰りたいのか」
 と尋ねた。宿直の男は伏したまま、
「そうではございません。秘密裏にお伝えしたいことがございます」
 と申し上げた。すると主は、「近う」と、人目につかない物陰に宿直の男を呼んだ。
「申し上げますのも、極めて気がとがめることでございますが、お伝えしておかなければなるまいと考えるにいたりました。実は、今宵、盗賊がこの屋敷に忍び込もうとしていまして」
 ここで、宿直の男は息を切った。先を言うか逡巡したが、主はじっと待ってくださっている。やはり、言わねばなるまい。ふうう、と息を吐ききると気持ちが定まった。
「実は、私はその者らと通じております。夜半頃に、門を開けるように頼まれました」
 さらに顔を伏す。申し開きも何もない。もはや、ここでの暮らしはおろか、検非違使に突き出されても仕方がない。ところが主は、
「よく教えてくれた」
 と言った。
「下賤の者は欲に目がくらみ、このような考えを持たないものだ。まことに殊勝なことだ」
 とすら言う。さらに、
「そなたは、かまわぬから門を開けて盗人どもを中に入れよ」
 とだけ言って部屋の奥の襖の向こうへずかずかと歩いていった。
 
 主はすぐに長年親しくしている武士の家に行き、密かにこの事を相談した。その武士は話を聞いて驚いたが、普段から親しい人の相談なので、「郎等といわず、下男なども含めて、武道に通じている者ども五十人ばかりを、明日の夕方に、密かに遣わそう」と約束した。

 翌日の夕方、屋敷に風呂敷や長櫃が次々と届いた。地方からの租税が運び込まれることが多々あるので、周囲の人々も何も気にもしなかった。さらに日が落ちると、屋敷に呼ばれた商人風の男たちが十人、二十人と、屋敷に入っていった。注意深くその様子を見ていれば、荷物を運び入れた者も、商談に寄ったふうの者たちも、誰一人として屋敷から出てこないことに気付くはずである。しかし、わざわざ屋敷をずっと見張っている者もいなかった。
 こうして密かに屋敷に入り込んだ武士たちは、水干から甲冑に着替え、風呂敷や長櫃から弓矢や太刀をとり、屋敷の戸の裏、建物の陰、矢を射掛けるに丁度よい屋根裏、さらには外に逃げ出した時に使われそうな辻のそこかしこなど、要所に散らばり今か今かと盗賊たちを待ち構えた。

 放免どもは、こうして武士たちが待ち構えていることはつゆ知らず、夜が更ける頃、十人ほど集まって屋敷の門を三度叩いた。宿直の男は待ち構えていたことなので、門を開けた。否や、走って引き返し縁の下に深く入り込んだ。
 同時に、放免どもがばらばらと押し入る。最後の一人が入ると、勝手に門が閉じた。
 盗賊たちの反応は早かった。二人がすぐに門を押し開こうとしたが、頑として動かない。開かないと言おうとしたが、振り向くその目の前の戸に矢がずばっと立つ。残りの盗賊たちも、門が駄目だと判断した瞬間に三方に散ったが、要所に武士たちが待ち構えている。命をとるまでもなく、手足を痛めつける程度で一人ずつ捕らえ、牛車を入れておく車宿《くるまやどり》の柱に縛りつけた。
 
 夜が明けてから主が盗賊どもの様子を見てみると、全員縛られたままで目をぱちぱちさせていた。
「さて、どうする?」
 武士が聞いてきた。
「検非違使に引き渡して獄舎に放り込んだところで、後日解き放されたらまた悪事を働くだけだろう。お主に任せる」
「そうか」
 その夜、六条河原に野盗の死体が十ほど増えた。が、そこかしこに死体なぞは転がっていて、だからと言って気にする者などいなかった。


ちょこと後付

 平安京には西に右獄、東に左獄がありました。犯罪者の首は獄門の横のおうちの木に晒されました。下図は「平治物語絵巻:信西の巻2」より。信西の首が獄門に晒され、人々が見上げている様子です。奥には罪人を捕らえておく獄舎が見えます。

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 また、当時、受領は徴税請負人としての性格が強く、かなり儲かったようです。不正に儲けたり、或いは受領の地位を得るために賄賂も横行していたとか。今昔物語には、そのような不正を「落書」として訴えた結果左遷させられた気骨のある男の話もあります。

芥川龍之介「偸盗」元話

 この話は芥川龍之介「偸盗」の元ネタの一つになっています。
巻29の3 「⼈に知られざる⼥盗⼈の物語」

巻29の6 「放免ども強盗せんために⼈の家に入りて捕へらるる物語」
巻29の7 「藤太夫□の家に入る強盗捕へらるる物語」
巻29の8 「下野守為元の家に入る強盗の物語」
巻25の12 「源頼信朝臣の男頼義馬盗⼈を射殺す物語」
巻26の20 「東の⼩⼥狗と咋ひ合ひて互に死する物語」
巻29の12 「筑後の前司源忠理の家に入る盗⼈の物語」


【参考文献】

新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

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