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現代小説訳「今昔物語」【恋人は女盗賊首領?その参】巻二十九第三話之参 人に知られぬ女盗人のこと 29-3-3

人に知られぬ女盗人のこと その参

その弐までの粗筋
沙金と名乗る女に呼ばれて一ヶ月。食べ物が出されるがままに食べ、沙金に鞭打たれるままに打たれ、太朗の体は一回り大きく、硬く、強靭になっていた。

  ある日の夕方、沙金は真新しい服を並べて太朗に支度をしてくるように言った。
 黒い水干袴と黒い脚絆《きゃはん》。真新しい弓と矢を背負うための胡録《やなぐい》。弓も胡録も黒漆に染められている。そして、征矢《そや》が二十本と鏑矢《かぶらや》が四本。極めつけは太刀。刀身がまっすぐな直刀ではなく反りが付いた太刀である。抜いてみると刃長は二尺もないが、刃こぼれ一つなく、切先は小さく刺突にも向きそうである。
「どうだい?」
 いつの間にか沙金が部屋にいる。
「使えるかどうかはわからんが、何もかも大したものだ。で? 何をすればいい?」
 これだけのものを用意するからには、何か魂胆があるのであろう。これまで一月《ひとつき》ほどにわたりタダ飯を食らわせ、身体に文字通り鞭打ち鍛えてきた目的が、ようやく見える。
「一回しか言えないから、よく聞いて。ここから蓼中の御門《たでなかのみかど》に行って、そっと弦打《つるう》ちをするの。そうしたら、誰かが弦打ちを返してくるから、口笛を吹いて。また誰かが口笛を返すから、音のする方へ近寄って。『何者か?』と問われたらその場に立ち止まって、『侍《はべ》り』と答えて。そうしたら相手も出てきて付いて来るように言うから、連れて行かれるままに行って、言われるままに指示に従って。立てと言われた所に立って、人が出てきたらその道具で」
 ここでようやく沙金は言葉を切って深く息を吸い込んだ。
「死にたくなかったら、その道具を使うのをためらわないで。それから、船岳《ふなおか》の麓に行って、獲物を処理するはず。その時、あなたに分け前を取らせようとするけど、あなたは何ももらわないで。いい? 分かった?」
「分かった」
「じゃ、行って」
 太朗が表戸をくぐると、沙金と初めて出会った時に呼ばれた蔀が半分開いていた。沙金の姿は見えなかったが、太朗は表情も変えず、言われた場所へ向けて駆けた。日は既に落ち、二日月《ふつかづき》が垂れた糸のように闇夜に浮かぶばかりで綾小路は暗い。

人に知られぬ女盗人のこと その肆へ続く

【参考文献】

新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

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