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現代小説訳「今昔物語」【恋人は女盗賊首領?その肆】巻二十九第三話之肆 人に知られぬ女盗人のこと 29-3-4

前回までのお話


人に知られぬ女盗人のこと その肆


 それから一時《いっとき》後、太朗はとある屋敷の戸に向けて弓を構えていた。針金のようなもので東戸を開けた男は太朗の後ろで塀に持たれて座り、自分の役目は終わったと言わんばかりである。自分は戦闘要因として呼ばれたのは明白。太朗は番えた矢筈を一度弦から外し、大きく息をつき、ここに至るまでの道のりを思い出していた。

 蓼中の御門で教えられた通りに弦打ちをして口笛を吹くと、沙金が言ったように黒ずくめの男に「こっちだ」と呼び寄せられた。門の横に一見すると分からないが畦地が崩れたところがあり、そこから中に入るように言われた。
 入ってみると、まるで同じような姿の者が二十人ばかり立っていた。すらりと背の高い者、がっしりと膂力のありそうな者、体型や立ち姿はそれぞれだが、皆黒水干袴に黒い脚絆なのでじっと動かないでいると闇に紛れているのかいないのかよく分からなかった。
 そこから少し離れて、色白の小柄な男が立っていた。その者がこの集団を率いている様子で、小柄な男の周りに四、五人が常に付き添うように外を向いて立っていた。
 その場で、それぞれの役割が指示されている様子だが、太朗には全体として何をするつもりなのかは分からなかった。何やら、どこかの屋敷に盗みに入るから、どこぞの戸に立って、出てくる者が盗みの邪魔をしないように仕留める役回りらしい。
 やがて、移動を始めたので付いて行くと、一団となって京の町に入り、今に至るわけだ。もうかれこれ半刻は経っているのではないか。太朗は弓を握り直し、首を回して固くなった筋肉をほぐした。すると、
「気を抜くな」
と低く小さな声で東戸を開けた男が言う。男を振り返り、文句の一つでも言ってやろうと思ったら、男は人差し指を口に当て、その指を屋敷の本殿の方に向けた。すると、何やらバタバタと人が走る音、馬の鳴き声、鏑矢《かぶらや》がひょうと飛ぶ音が、断続的に続いた。呆気にとられていると、
「狙え、馬鹿」
と小突かれ、いつの間にか、太朗が受け持っていた建物の戸から侍風の男が出てきて左右をきょろきょろと確かめている。仲間の男が弓を射掛けたが外れ、逆に向こうから射掛けられる。しかし、慌てているのか引きが十分でなく、弱々しい矢が飛んでくるだけである。太朗は夕方受け取ったばかりの弓をきりきりと引き絞り、ゆっくりと狙いをつけ、放つと侍の胸をずばと射抜いた。
「へえ」
と仲間の男が呟く。続いて出てくる侍を二人、弓で仕留めるともう出てこなくなったので、太朗は仲間の男に言われるままに移動した。頭を低く、影から影へ歩みながら、太朗は、あちこちに分かれている黒装束の仲間たちの動きを見ていた。戸の近くに背をつけ、出てきた者に斬りかかるもの。馬を引いて盗むもの。盗んだものをするすると布に巻いて背に負うもの。屋根に上り、高所から指示を出すもの。その向こうに色白の小柄な男が立っていた。太朗は、先ほどからその男をどこかで見たことがあるような気がして、立ち止まって色白の男を見上げた。すると、こちらを見るような気配がして、屋根の向こうへ消えてしまった。
やがて、略奪し終わると、一団は北へ逃れ、朱雀大路のほぼ真北にあたる小山の麓に移動した。
---北船岳か。
地形が船の形に似ていることからそう呼ばれている地である。元は貴族が散策する清遊の地であったが、近年は葬送の地として死体があちらこちらに埋まれ、燃やされ、或いは放置されている。
 そこで、獲物の分配が行われ、太朗にも分け前が与えられたが、
「何もいらない。ただ仕事を見習おうと思って来ただけだ」
と言って受け取らなかった。首領と思われる者が少し離れて立っていて、じっと太朗を見ていた。
 やがて、各々、それぞれの闇に去っていった。

人に知られぬ女盗人のこと その伍へ続く。(作成中)

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