before/afterの是非

例えば、
踵をついた状態しゃがめない。
前屈で床に手がつかない。

指標としてはわかりやすいし、
患者さんからもしばしばそういう声は聞かれる。

前提として、それができる必要ありますか?
仕事や生活環境で必要な人はいると思いますが、
全員できるようになる必要はないと思う。

しゃがめなくても、床に手がつかなくてもよくないですか?
それができなくても生活に支障がないのであればできなくてもよくないですか?

参考可動域なんかもそうで、
あくまで参考なので、そこまで挙がらなくてもいい場合だってあるはず。
あくまで目安なので、施術者がそこを目指しすぎて、可動域が改善した先に症状の改善ができているとは限らないわけです。
動くようになったからといって痛みは変わらないこともあると思う。
僕は過去に経験がある。

何かが改善すれば、症状も改善するだろうという先入観は少なからずあると思う。事実だけを取り入れ、次に繋げことが必要。
それができないと、可動域にこだわったり、ある動作ができる、できないに焦点が当たってしまう。
そして、当初の患者さんの目指すべきところからかけ離れてしまうなんてこともある。固執しすぎないようにしましょう。

後は、
関節がパキパキ鳴るのもそう。
特に症状がないならそのままでもいいと思う。
患者さんのニーズに全て完璧に応える必要もないと思う。
(もちろん応えようとする姿勢は必要)
やれることやれないこと、やった方がいいことやらなくてもいいことを明確に線引きする必要はあると思っている。

年齢を重ねることによる、
白髪や皮膚のたるみと一緒で、
ものすごい気になるなら染めたり、アンチエイジングしたりすればいいけど気にならないならそのままでいい。

年を取ればみんななるものという世間の常識があれば特に不安は感じないと思うが、
体の不調や違和感の場合、(目に見えずらいもの)
これは自分だけなのかという不安感から訴えてくるわけで、
みんな(一定数)同じ状態の人がいれば、安心する材料は増える。

それを出来る限り改善させるのが僕らの仕事ではあるが、
ある種仕方がないことに固執しすぎずに、
ポジティブな改善点をいかに提示できるかが大事なのではないか。

とにかくあまり参考域やら音がなるとか、あまり固執しすぎないのも大事かなと。

終わり。

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