幸福と選択肢についての話

さて幸福とはなんでしょう。人それぞれ十人十色の解答があると思います。

僕の一つの解答として「選択肢が多いこと」が幸福ではないかと考えています。

どういうことかというと、選択肢の数が多い状態(選択の予知がある状態)が幸福ではないかということです。説明になっていませんね。もっと噛み砕いて説明します。

あなたが1万円を持っていたとしましょう。その1万円で欲しいものを購入しようとすると、上限1万円という制限が生じる訳です。3万円の服は買えません。そこに不満感を抱くかどうかは考え方次第というところもありますが、選択肢の幅が狭まっていることは確かです。もし100万円持っていたら選び放題ですよね。それは贅沢という人もいるかもしれませんが、幸福なことであるのではないかというのが今回主張したいことです。

お金の例ですと(それはそれで価値とは何かという論に発展出来るので面白いのですが)少し俗物的かと思うので別の例を挙げましょう。友人の数が少ない人(僕です)は遊びに誘える人が限られます。数人に断られたらそこまでです。遊びに限らず誰かに仕事を頼みたい時にも交友関係が少ないとなかなか上手くいかないものです。またしても制限が生じてしまう訳ですね。

「選べない=制限・ストレス」という図式がある以上、選べるということは幸せなことなのでは無いでしょうか。

さて、もう少し話を拡大します。(これが書きたかった話です。)

政治の話になります。民主主義である日本は国民が選挙によって政党・政権を選択します。(多数決なので選択とは少し異なるかもしれませんが。)しかしながら、その選択肢に自分の支持したいと思える政党があるでしょうか。僕はありません。昨今、"政治に文句があるなら選挙で選べば良いではないか"という論が多く見受けられますが、そもそも選びたい政党などありません。公約を守る政党・政治家っていませんよね。先の話に翻ると、”選択肢が無い”という状態にある訳です。

では、どうすれば良いかと言うと単純に選択肢を増やせば良いんですね。具体的に言うと海外に移住することで選択肢の幅を増やすことが出来ます。(その土地の風土や風習という問題は残りますが。)


そろそろ書き疲れてきたので終わります。

今の日本の若者で日本の未来に希望や明るさを抱いている人ってどのくらいいるんですかね。わたし、気になります!

えるたそEND。

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