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戦争を知らない自分が思ったこと

こんばんは!
今日は自分が思ったことを書くことにした。

私は今、NHKの朝ドラ・カムカムエヴリバディを見ている。見るきっかけは、私の大好きなSixTONESの松村北斗くんが出ているからという単純な理由だった。

今日は思うことがあったので、北斗くん演じる稔さんに思いを馳せながら、作中でも流れたルイ・アームストロングの「On the Sunny Side of the Street」を流しながら書くことにした。

ヒロインの安子と稔さんは、作中で様々な障害を乗り越え、愛を育んで結ばれるものの、戦争で引き裂かれてしまう。

稔さんは、結婚してすぐに戦地へ出征してしまう。
その後、我が子の顔を見ることなく、この世を去ってしまった。

もし戦争がなければ、稔さんは我が子の成長を愛する人と一緒に間近で見ることが出来たのだろう。
そして、孫やひ孫と共に幸せな生活を送っていたのだろう。

彼も出征することに様々な思いがあったのだろう。
生きて帰れる保証がない、死ぬかもしれない、愛する人と二度と会えないかもしれない、そんな思いがあったのかもしれない。

稔さんが出征した昭和18年に私の父方の祖母が生まれた。祖母の父、私の曾お祖父さんも稔さんと同じように出征していた。戦後、しばらくシベリアに抑留されていたそうだが、生きて日本に帰ってきた。娘のるいが生まれた時期と1年違いであるものの、世代としてはほぼ同じくらいである。

安子は大正14年3月に生まれているが、母方の曾お祖母さんも安子が生まれた大正14年3月に生まれている。

カムカムエヴリバディを見ていると、曾お祖母さんや祖母が生まれた時代と同じくらいなので、見ていくにつれて親近感が湧いてきた。

今まで戦争の時代が舞台となっているドラマや映画を見てきたが、ここまで気持ちを揺さぶられるのは初めてだった。

好きな人が出ているという影響もあるかもしれないが、自分の身近な人と重なるところがあったからかもしれない。

稔さんには生きて帰ってきて欲しかった。
安子やるいの元にいて欲しかった。
戦争がなければ、また違った人生を歩めていたのかもしれない。まるで、身近な人を亡くしたような喪失感に襲われている。

もし、稔さんが来世に生まれ変わるなら、戦争のない平和な時代で人生を全うして欲しいと願う。
そして、幸せになって欲しいと切に願う。

私は戦争を知らない世代だ。
今まではどこか、遠い昔にあった過去の出来事として捉えていた。この朝ドラを見て、ただ闇雲に戦争はしてはいけないというものとはまた違う深い気持ちになった。それは言葉では表すことが出来ない、漠然としているが、稔さんの人生が戦争を知らない私に何かを教えてくれたのかもしれない。

私は今、地元のNPOで子どもの居場所づくりをしている。当たり前とされていることが難しい環境にいる子どもや若者と関わる機会が多いが、何気ない当たり前が幸せだと感じてもらえるように、安心した温かい居場所を作っていくことが大切だと思う。

「ただいま」「おかえり」と言える安心した温かい居場所があること、当たり前のことが幸せであること、それを大切にすることを子どもや若者達に伝えていくのが、戦争を知らない世代の私ができることなのかもしれない。


「日向の道を歩けば、きっと人生は輝くよ」

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