【解体新書】Notion編 ~ 社員数たった50人の会社がユニコーンになれた秘密 ~
『解体新書』と題し、急成長するスタートアップ企業を徹底解剖するシリーズの第1回としてNotionについて書こうと思います。
(このシリーズが面白いと思ったり、別の企業について書いてほしいという方はぜひこのnoteへのスキや、Twitterのフォロー、シェアをなにとぞ🙇♂️)
Notionを知らない方にざっくりとした説明をすると、なんでもできる超多機能情報管理ツール。昨年くらいからものすごい熱量の高いファンがいるサービスだなーと思っていて、自分も年初から使うようになり、今では個人で課金して使ってます。
そんなサービスが昨年7月に$20M、今年4月には$50Mを調達してユニコーン企業になり、ユーザーは400万人を突破するなど、昨今のコロナはどこ吹く風という勢いの実績を積み上げています。
名実ともに破竹の勢いで成長を続けるNotionは、実は創業してから会社が一度死にかけていたり、創業者はなぜか京都に移り住んだり、シリコンバレーに戻ってもVCから逃れるために住所非公開だったり、現在従業員数はたった50人だったり、、
と、面白エピソードに事欠かない、今最も勢いのあるSaaSスタートアップについて解剖してみたので、お楽しみください!
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Notionとは?
LPを見れば分かる通り、Notionはある特定の業務にのみ使われるように売り出していない。"All-in-one workspace"と標榜していて、機能的には…
Notion = Evernote + Google Spreadsheet + Trello
みたいなイメージといえば伝わるだろうか。
個人と職場両方での仕様が想定されており、個人向けには無料で使える「Personal」、よりヘビーに使う人向けの「Personal Pro」、法人向けにはチームメンバーと共有できる「Team」、SSOやセキュリティ面が充実した「Enterprise」がある。
「複数のツールを使ってバラバラになりがちなあなたのワークフローを、1カ所のワークスペースに完結できて、レゴブロックを組み立てる感覚でカスタマイズできるようなサービス」がコンセプトだ。
We want to break away from today's tools—and bring back some of the ideas of those early pioneers. As a first step, we are blending much of your workflow into an all-in-one workspace. Want a task list? A product roadmap? A design repository? **They are now all in one place. You can even customize your own workspace from dozens of LEGO-style building blocks.
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(ソース:Why We Built Notion - A Story of Tools and the Future of Work)
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Notionの歴史
創業者のIvan Zhaoはブリティッシュコロンビア大学を卒業し、1年ほどスタートアップで勤務した後、2013年に起業。最初に$2Mを調達し、そこから2年間プロダクトの開発に注力した。
そして2015年にローンチしたが、この最初のサービスは実は現在のNotionのコンセプトと異なり、全く別のNo Code系のプロダクトだった(他のサービスでいうと、AirTableに近いものだったそうな)。
しかし、コードを書けない人が使えるツールを作ろうという発想から始まったこのプロダクトはスケールせず、完全な失敗で終わっている。結局、多くの人は今使っているツールに近い機能や動作をするものを使いたがり、新しいツールをゼロから学ぼうとはしなかった。Zhaoは後にこう語る。
「世の中に自分たちが出したいと思うものに集中しすぎて、世の中が自分たちに何を求めているのかを考えられていなった」
(ソース:FYI)
ローンチしてから数ヶ月でキャッシュアウトの危機に直面し、Zhaoは母親から$150,000を借りて、4人の従業員を解雇した。最終的に家賃を払えなくなったのでサンフランシスコのオフィスを転貸し、Zhaoと共同創業者のSimon Lastが移り住んだのは、なんと日本の京都。
東京や大阪ではなかった理由は、Airbnbで物件を探した時に京都の方が家が大きそうだったから。あと自転車で色んなところに行けそうだったから。
「2人とも日本語を話せなかったし、現地で英語を話せる人はいなかった。だから1日中、下着姿でただただコードを書き続けたよ。」
(ソース:FYI)
この京都でNotionの成長を推進するドライバーとなったプロダクトデザインの素地が出来あがった。そして2016年3月、Notion 1.0がリリースされた。ここから会社の潮目が完全に変わっていく。
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Notionのファイナンス
上記で述べた創業時の$2Mと苦境の中でZhaoが母親から借りた$0.15M以降、資金調達は2回しか行っていない。
(ソース:Pitchbook)
2019年7月に$18.7Mと大きなシードラウンドを実施した後、2020年4月にIndex Venturesがリード投資家となったラウンドで$50Mを調達し、Notionの時価総額は$2B(=2,000億円)となった。それまで約$20Mしか調達していなかった企業としては、とてつもなく高い評価だ。
ForbesによるとARRは$30M程度であり、売上マルチプルは約67倍となる(参考:2020/5/31時点で米国SaaS上場企業の売上マルチプル中央値が13倍)。
常識的に考えれば高すぎるバリュエーションと言われるが、Index Venturesのパートナーであり、Slackの初期の投資家だったSarah Cannonはこう言う。
「経済が不確実な時代には、そのクラスで最高であり、世代を代表する会社にしか投資すべきでない。Notionはその両方を満たしていると思う。」
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数字で見るNotion①:T2D3を上回るARR成長率
なぜここまで高い評価をされるのか?理由の一つはARRの成長率にある。
実際、2019年のユーザー数は100万人ほどだったのが、現在400万人まで伸びた。期間中にARPUが変わっていないと仮定すると、ARRは2年目で$7.5M(推定)、となっており、ARRはいわゆるT2D3(SaaS企業の理想成長スピード:ARR $2Mから3倍を2年、2倍を3年達成すればARR $100Mを5年で達成できるという一つの目安)を上回るスピードでここまで成長している。
(NotionはY2で$7.5Mソース:Battery Ventures)
米国のSaaS上場企業と比較した時に、TwilioやShopify、Coupaといった名だたる企業を上回るカーブを描いている。(そしてSlackがローンチから2.5年で$100Mを達成したのはやはり化け物…!)
(ソース:Bessemer Venture Partners "State of Cloud 2017"を元に作成。注:Notion 2.0をリリースした2018年をPMFした年が1年目と仮定)
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数字で見るNotion②:社員数がたったの50人
上記のような成長カーブを描いているスタートアップだと、一般的には大きな調達を繰り返して採用やマーケティングにその資本を投下する。しかしNotionは外部からの調達が成長に繋がると考えず、社員数も増やそうとしてこなかった。創業者のZhaoは言う。
Moby Dick(『白鯨』:アメリカ文学を代表する名作、世界の十大小説の一つ)は一人の人間が書いたもので、作者のHerman Melvilleが3人で書いたとしても書く速さは変わらないだろう。
ソフトウェアもそれと同じで、何をしようとしているかをそれぞれのメンバーが深く理解してないと、人を増やしてもスピードが落ちるだけだ。
(ソース:Inside Design)
実際、NotionのWhat's New?というページでは、結構な頻度で主要な機能の追加や改善がアップデートされているが、エンジニアの数は昨年末で9人、今でもおそらく10人ちょっとであり、プロダクトマネージャー(PM)はいない。
(ソース:notion.so)
つまり、チームを大きくしないことこそが成長に繋がる、という少し逆説的なようにも思える指針を持っている。COOのAkshay Kothariも、より大きく調達するチャンスもあったものの、もっとお金を集めたり社員数を2倍にしても、より速く成長できるとは感じない、と語る。
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数字で見るNotion③:黒字経営が1年半以上継続(+10年分のランウェイ)
上記の通り、売上が成長してもチームサイズが小さいままであることもあり、実はすでに過去18ヶ月間、黒字化していて外部資金がいらない状態になっている。
しかし、サービスの人気に火が付くと、シリコンバレーの投資家たちが次々と投資機会を求めてオフィスに来るようになった。それを嫌がって、VCから逃れるために新しいオフィスに移転し、現在もその住所は公表されていない。
それが今年の4月に再び調達したのか?理由はコロナの影響によるものだとKothariは言う。ただし業績が悪化するリスクなどではなく、採用候補者や潜在的な顧客に事業の安定性・持続性をアピールするための意思決定だった。
調達する方針に切り替え、1年以上コミュニケーションをとってきた投資家たちの中で、最終的にIndex VenturesのSarah Cannonに3月下旬の水曜日に連絡をとった。2日後の金曜日、たった36時間後にはディールがまとまった。
多くのSaaS企業が資金を燃やして成長を維持し続ける中、黒字化しているのもNotionに高いバリュエーションがつけられた理由の一つだろう。ちなみに4月の$50Mの調達は、事業に今後10年分(!)のランウェイをもたらしたとのこと。
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優位性の源泉①:"Permutation"と呼ばれる徹底されたデザインプロセス
Notion 1.0を作っている時、ZhaoはPermutation(直訳:再配置)と呼んでいるプロセス、要するにソフトウェアの一つの動作を色んなパターンで満足いくまで何度も作り直す作業にとにかくこだわった。
(Notion 1.0の数多のモック。ソース:Figma)
このデザインアプローチは、今日もNotionの哲学であり、文化として残っている。デザイナー、コピーライター、エンジニア、イラストレターなど職種を問わず、誰がどんなものを作るにしても、全ての選択肢が十分検討されているように複数のバージョンを準備する。
鍵となるのは、とにかくリラックスした状態でドラフトを徹底的に出し、(良くなさそうに見えても)大きいアイデアを尊重し、考えられるコンセプトを脳から全て解放すること。そしてチームメイトに話してみて、ストレステストにかけることで、最善の選択肢へ確実に近づくことができる。この習慣こそが特異なNotionのブランドを形成していると、Zhaoは言う。
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優位性の源泉②:マーケティングチーム専任のデザイナー・開発人員の存在
Notionの通常のデザイン部門・開発部門に属すメンバーではなく、マーケティングチームに業務時間の100%を使うデザイナーとエンジニアがいる。
マーケチームのコンテンツを彼らと密接に相談して、考えているストーリーやブランディングをどのようにデザインがサポートできるかを考えられる。
専任のリソースがあることで、マーケチームが素早く新しい施策を作り、試し、検証できる速度こそがNotionにとっての競争優位性の源泉だ。
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優位性の源泉③:強すぎるユーザーの「熱量」とコミュニティーマネージャーの存在
このnote上でもあんな感じやこんな感じでユーザーがNotionの使い方や活用方法を書いているように、とにかくサービスに対するユーザーの「熱量」が半端ない。
その熱量を活用すべく、Notionは地域のコミュニティー活動に力を入れている。各国から選ばれるアンバサダー制度があり、ちゃんとした選考プロセスも存在する。
Notion Pagesというユーザーが独自のテンプレートや使い方を投稿するページがあるが、採用担当者はそこで誰が活発に投稿しているのかを見たり、Redditや他のサイトで誰がNotionを推しているかを調べる。
LP上の応募要項を載せるだけでなく、こうした能動的な採用プロセスを経て、数百の応募の中から選ばれた20人が初期メンバーとして活動している。
(ソース:notionpages.com)
強固なコミュニティは、Notionにとってユーザーがどんなものを必要としているかを知る機能だけでなく、エバンジェリストのような、より現場に近いマーケチームとしての役割も果たす。チームが小さく、リソースが限られているNotionにとって、これほど魅力的なアセットはないだろう。
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今後の展開:目指す姿は次のMicrosoft Office?
Notionは、特定の業務フローや課題に取り組もうとする昨今のSaaSのトレンドとは逆行している。All-in-oneのツールを作るのは、一度失敗していることを考えるとリスキーなように思えるが、競合の多い市場では正攻法でもあったりする。HubspotやIntercomはその最たる例で、ある程度完成されたAll-in-oneプロダクトを最初から市場に投入した。
Notionが他のAll-in-oneプロダクトと違うのは、ドキュメントだけにフォーカスしなかった点だ。よって「コンピューターを持つ全ての人間」がターゲット市場となる。
上述の通り、全てが統合されたワークスペースをエンドユーザーがニーズに応じてカスタマイズできるようなサービスを目指しており、最終的に描いているのはMS Officeのリプレイスだ。Zhaoはこう話している。
我々のゴールは、ファイルやMS Officeの次の多目的なツールを作ること。
エンドユーザー視点で見ると、様々なナレッジやワークフローはサイロ化していて、それら全てを以前ならEメール、最近はSlackに継ぎ接ぎしながら繋げ合わせるしかない。Notionはこの「サイロ化したソフトウェア」の現状に対する我々の挑戦だ。
(ソース:Designer News)
COOのKothariも打倒Microsoftの姿勢だ。
マイクロソフトは1990年代にこのカテゴリでの覇権を確立したかに見えた。しかし、グーグルが次の10年で状況を大きく変えた。その次の未来を創るのはNotionになる。
(ソース:Forbes Japan)
社員数50-100人程度がNotionのスウィートスポットであることを考えると、短期的にはエンタープライズ=MS Office、SMB=Notionという棲み分けになる可能性が高い。
Notionの戦略としては、色々なSaaSに払っているコストを減らせる経済合理性を、SMB/スタートアップに訴求していき(ちなみにY Combinatorの直近のバッチに参加したスタートアップの半分はNotionの顧客だそう)、そうやって企業の「オペレーティングシステム」になった上で、組織の成長と共にスケールしていく。
社員数が1300人以上の英国のチャレンジャーバンクMonzoでも導入されているそうだが、このようなエンタープライズへの導入事例を増やせるかがカギとなるだろう。
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最後に:Notionからスタートアップが学べること
個人的にNotionファンなこともあり、少し文章が長くなってしまった気もしするが、歴史や数字面、組織やマーケ手法など様々な観点から考察をしてみた。
このサービスの根幹を形成している徹底されたデザインプロセス、開発スピードを維持するための小さい組織、ユーザーコミュニティの作り方などは、創業メンバーの思想が色濃く反映されている。それをカルチャーとして根付かせるのは、他のスタートアップがやろうとしても真似できないNotionの競合優位性だろう。
もちろん今後順風満帆にいくとは限らないし、MS Officeに勝てないかもしれない。ただ、Notionがダメになっても、エンドユーザーの方を向いてとにかくデザインを修正し続けるプロダクト開発の手法・体制は大いに参考になる。
軸足はB2Bにありながら、限りなくB2Cに近いプロダクト思想だが、エンドユーザーがこれからのSaaSに求めるのはB2Cの水準のUI/UX。エンドユーザーを重視するProduct-Led Growthはホリゾンタル/バーティカル、エンタープライズ/SMB関係なく、全てのSaaS企業が考える必要のあるコンセプトだと思う。ぜひ以前書いたnoteもご参照ください!
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