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生成AI勃興の裏で加熱するトレンド"e/acc"とは?社会の分断を防ぐために理解すべきことと、日本への示唆

2023年を振り返った時に、AIがコンシューマーにとって初めて実用的になった年だったと記憶されることは間違いないだろう。AIの基礎技術自体は40年以上も前から発展し続けてきた。しかし、あるテクノロジーが世の中のメインストリームになるには、誰もがその力を目の前で直接見ることができる消費者向けのインターフェイスが必要だ。それがスマホにおけるiPhoneであり、遡るとウェブブラウザにおけるNetscape(Mosaic)であり、今回の生成AIではChatGPTだった。

生成AIの普及の裏側で、去年のもう1つの大きな潮流としてテック業界では「効果的加速主義(Effective Accelerationism、略称:e/acc)」という概念が広まった。


効果的加速主義(e/acc)とは?

「効果的加速主義」は、一般的に"e/acc"と略され(イー・アックと発音)、「全ての先端技術は世のためになるのだから、テクノロジーを規制せずに技術進歩を無制限に加速するべき」という考え方だ。

対立する概念として、「効果的利他主義(Effective Altruism、略称:EA)」がある。こちらは「急速に進歩するAIの研究開発において、倫理性と安全性の問題を重視して規制を作るすべき」という慎重派の主張。e/acc支持者は、これらのAI規制賛成派を「ディセル(decel=減速の意味)」という蔑称で呼ぶ。シリコンバレーにおける新たな文化的溝ともとれる。

e/accは2022年頃からX/旧Twitter上で支持するユーザーによる小規模なコミュニティが見られるようになり、23年夏ごろからムーブメントとして流行した。

Google Trends "e/acc"の検索ボリューム推移

支持者コミュニティは、Xアカウントの表示名や概要欄に「e/acc」という単語を含めて支持を表明しており、Beff Jezos(※Amazon CEOのJeff Bezosではない)と名乗る人物が中心的な役割を担っている。他に代表的な支持者としてはY Combinator CEOのGarry Tanや、著名VCであるa16z General Partner & 前述のNetscape創業者でもあったMarc Andreessen、そしてOpenAI社CEOのSam Altmanがいる。

Marc AndreessenのXアカウント概要欄には「e/acc」の文字

23年10月には、Marc AndreessenがTechno-Optimist Manifesto(テクノ楽観主義宣言)を投稿し、大きな話題になった。この論考にはe/accの思想がたっぷり詰まっているわけだが、後述する。

そして、Google Trends上で検索ボリュームのピークとなったのは、23年11月のOpenAI社でのSam Altman CEO解任事件だ。取締役会にて解任を言い渡したのは、AIの倫理性と安全性を重視するを掲げる"EA"派の取締役4名だった。

Sam Altman氏は解任された後、すったもんだの末に元サヤに戻るという出来事だったが、この騒動の中で、Sam Altman vs 取締役陣の衝突が起きたことで、e/acc vs EAの対立構造は深まったようにも見える。

Sam AltmanがBeff Jezosに対して「あなたは私よりも加速することはできない」とリプライを飛ばし、自らも効果的加速主義と似た考えを持っていることを示唆

Marc AndreessenとSam Altman、一見両者とも似たe/acc的な思想を持っているようだが、深掘りすると実は根本の考え方は異なる。Marc Andreessenのe/accは今後テクノロジーの発展によって、その利益を享受するエリート層とマス層の間の分断を深めるものである。それに対して、Sam Altmanはテクノロジーの発展は止められない流れと認めた上で、分断を乗り越えるために経済的公平性の担保する仕組みを目指している。次節以降で詳しく説明する。

Marc Andreessenが考えるe/acc=新自由主義・小さな政府

Marc Andreessenのe/acc思想は、上記のTechno-Optimist Manifestoに詰まっている。日本語を読みたい方は、Partners Fundの中村さんの素晴らしい和訳があるので以下noteをご覧ください👇

このエッセイは「私たちは騙されている」という一文から始まる。効果的利他主義(EA)が主張するAIなどのテクノロジーに対する恐れや悲観論に対して、彼はテクノロジーとは人類の進歩の先鋒であり、活力、知識の増大、より多くの幸福に繋がると考えている。以下、内容抜粋:

[Markets(市場)]
自由市場こそが人々を貧困から救い上げることを信じている。実際、自由市場は膨大な数の人々を貧困から救う最も効果的な方法であり、これまでもそうだった。

[Intelligence(知能)]
私たちは、AIの減速は人命を犠牲にすると考えている。存在を阻止されたAIによって防ぐことができた死は、一種の殺人である。

a16z "The Techno-Optimist Manifesto"

上記の主張から見て取れる通り、政府の介入を最小限にとどめて国家による福祉・公共サービスの縮小し、市場原理を重視する新自由主義的な思想が色濃く表れている。

タイトル、分量、内容からして、この文章は彼が2011年にWSJに寄稿した”Software Is Eating the World”(ソフトウェアが世界を飲み込む)に似た熱が込められているように感じる。これまでa16zの代表として大胆な言動と行動でテック業界をリードし続けてきたが、一方で今回の生成AIトレンドの中で、よりエリート主義・権威主義的な考えが表面化してきたようにも見える。

彼が主張する新自由主義的アプローチは、人の能力とその成果ベースの資源配分を肯定する能力主義的な側面も強く、イノベーションの最大化には向いている。ただ他方で、経済格差を推進するいくつかの要因があり、個人単位で見ると先天的な能力や家庭の経済力の差、さらに競争の過程での勝敗など、「運・不運」の影響が大きい

能力差や「不運」に対しては手を差し伸べないという根底の思想が、AI/テクノロジーの発展によって仕事を奪われることを懸念する中間層・労働者層やEA論者との対立にも繋がってきているのではないだろうか。

Sam Altmanが考えるe/acc=持続的な成長×経済的公平性の両立

そんな溝の深まりを、Sam Altmanは懸念している。

今をときめくOpenAIの創業者・代表である彼は、テクノロジーの社会実装こそが持続的な経済成長に繋がると考える一方で、その過程で起こる富の過集中という副作用に対する問題意識を持つ。その解決策として政府による公共サービスの充実や、さらにはUBI(ユニバーサルベーシックインカム)を提唱する。

Sam Altmanの社会思想が反映された文章の一つは、2017年に書かれたUnited Slate。そこには彼が信じる以下3つの原則が記されている。

  1. Prosperity from technology(テクノロジーによる繁栄)

  2. Economic fairness(経済的公平性)

  3. Personal liberty(個人の自由)

技術進歩による経済成長とするスタンスを取りつつ、「2. 経済的公平性」の内容は、Marc Andreessenの新自由主義的な考えと一線を画す。世代間の経済格差の拡大を危惧しており、医療、住宅、教育など、若年層の生活基盤を支える政府の取り組みの必要性を訴えている。

富裕層が自分たちの富を増やすために生活費を高騰させるのではなく、手頃な生活費を維持するために政府が働く国に、私たちはふさわしい。特に若い人たちが、もう一度余裕のある未来を見ることができるような国が必要なのだ。
[…]
何十年も前は、経済的包摂性によって、歴史上どの国よりも多くの富が生み出されていた。しかし今、わが国の権力者たちは、若者の未来を犠牲にして自分たちの富を守っている。長期的に見れば、これはすべての人を苦しめるだろう。

Sam Altman "The United Slate, Three Principles" (DeepLによる翻訳)

OpenAIの代表でもある彼は、人類全体に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)の普及を目指す彼の中には、当然テクノロジーに対する楽観主義がベースにある。また、別のポストでは、AIによって人々は「生存のための労働」から解放され、「本当にやりたい活動」へと時間の使い方は変わる世界を予見している。

AIが世界の基本的な商品やサービスのほとんどを生産するようになれば、人々はより多くの時間を大切な人たちと過ごしたり、人々を気遣ったり、芸術や自然を鑑賞したり、社会的な利益のために働いたりすることができるようになる。

Sam Altman, "Moore's Law for Everything"(DeepLによる翻訳)

ただ、テクノロジーによって持続的な経済成長を実現させていく中で、資本社会の構造上、富の過集中は避けられない。今後AIの発展が人間の仕事の喪失につながる可能性は高く、経済格差はさらに拡大していくとみている。

経済格差に対する伝統的な対応策は、所得に対する累進課税制度だった。しかし様々な理由でこの方法は現状うまくいっていない。では持続的な成長と経済的公平性を両立するための仕組みは何か?

新たな再分配の仕組みとして彼が期待しているのがユニバーサルベーシックインカム(UBI)だ。

ユニバーサルベーシックインカム=すべての個人に対し、最低限度の生活を送るのに必要な所得を国、政府が保証する制度

実際に具体的な取り組みとして、2020年に「Worldcoin」という世界規模の暗号資産プロジェクトを立ち上げている。端的に言えば、虹彩による生体認証を用いて、個人を特定するWorldIDを発行することで、ネット上でもAIとヒトを区別可能にするプロジェクトだ。World IDを持つ人に対してWorldcoinを配布する仕組みを作り、目標の1つであるUBIを実現しようとしている。

Sam AltmanはAIが生み出す富を原資に、逆にAIによって仕事を失う人々をUBIで救うという構想を描いている。その際に不正を防ぎながら対象となる個人に資金が渡るように、WorldIDを持つ人に対してWorldcoinを配布することで資金の循環システムを作ろう、というのが目論見だろう。

UBIが実際にうまくいくかは定かではないものの、AGIや自動化により一部の企業や個人に蓄積するであろう莫大な富の再分配を促進できる点、雇用の変化によって影響を受ける人々に安定した基本収入を提供できる点など、社会の変化に対するポジティブな施策である可能性は十分ある。

日本にとっての示唆は?

ここまで比較してきた2人の考え方。個人的に日本にとって必要なのは、Sam Altmanが描く、テクノロジーの発展 × 経済公平性が両立した「小さな政府で大きな福祉」を目指すことだと思う。

自分のVCとしてのポジショントークにもなってしまうが、日本にも持続的な経済成長は必要であり、AI技術の進歩やテクノロジーに対して楽観的でありながら、適切な規制緩和を実施すべきだ。特に人口減少・人手不足問題が深刻化する危機的なタイミングだからこそ、人からAIへの労働転換が起こることが抜本的な解決策となる可能性は高い。

ただ、Marc Andreessenの新自由主義的アプローチでは、個人の能力差や運・不運が経済格差に繋がる要素として大きく、その対応策もない。歴史が語る通り、経済格差や失業者の増加は政情不安に繋がり、社会の分断が進んで結果的に長期的な成長を損なう。その結果を回避するには、自由競争・適切な規制緩和と同時に経済的な「不運」に対する社会的な保険がセットで必要となる。

残念ながら今の日本には自由競争とセーフティネットの両方ともが機能しているとは言い難く、「失われた30年、チャレンジがしにくい社会」と言われるはその結果だろう。現状打破のために、まず強力なセーフティネットを準備する必要があり、ベーシックインカムは有効な手立ての一つだと思う。

また、UBIによって社会的な保険が担保された上で、もう一つの効果として期待される「人々の創造性向上」は、日本人のクリエイティブ性という強みの強化に繋がると思う。(近いうちに「なぜ&本当に日本人はクリエイティブなのか?」というテーマでも一本記事を書いてみたい)

ベーシックインカムが実現した世界では、日本人は労働からの解放され、創造に時間を使うようになり、強みであるソフトパワーが強化され、諸外国に誇りを持てるカルチャーやコンテンツ産業が持続的な経済成長の柱になる。

そんな世界を現実にできれば、Sam Altmanの言う「若い人たちが、もう一度余裕のある未来を見ることができるような国」に日本がなれるかもしれない。

P.S. 先日Sam Altman氏がエンジニアのパートナーとご結婚されたそうな。めでたい!👏🎉


おまけ)
noteとは別で、Substackでも今後コンテンツを書きます(書くつもり)。Substackにはnoteの同じ記事に加えて、もっと緩めのコンテンツ、例えば「なぜ&本当に日本人はクリエイティブなのか?」のような社会学的なトピックや、最近見つけた面白いサービス、観た・読んだコンテンツの考察なども書いていこうと思ってます。もしよければご購読ください!


参考文献


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