[ショートショート]未来の行方

 時は21世紀、ここに黙々と作業する白衣を着た2人の科学者がいた。

「やった、完成だ。これで理論的には未来に行けるぞ。戦争や貧困などこの世界にはうんざりだ。未来にはこういった問題は解決して素晴らしい世界が待っているに違いない。」

 そう博士は力強い声で話した。

「博士、おめでとうございます!長年の苦労が報われましたね。これでこの世界から希望溢れる未来へ行けますね。未来はどんなに素晴らしい桃源郷になっているでしょうね。」

 助手も大きな声で興奮気味に話した。博士の発明したのはタイムマシン。ただし一方通行で未来には行けても過去には戻れない。
 理論はアインシュタインの相対性理論だ。光速で移動すると時間の経過は止まり、亜光速では時間の流れが遅くなる。つまり亜光速で移動出来る装置を作れば未来に行けるのだ。光速で移動する装置は理論的に作れないが、亜光速で移動する装置は何種類か設計や試作をした。
 最初は大型の円形の装置。高速でクルクル回る装置だったが遠心力が強く装置の強度が耐えられなかった。重力を利用した装置も試作したがどう設計しても地面にぶつかってしまう。
 結局、博士の作った装置はロケットのそれに似ていて、亜光速で地球を飛び出し宇宙空間へ行き、しばらくすると地球に戻ってくるものだ。ロケットがジェットエンジンで飛ぶのに対し博士の装置は光子エンジンを積んでいる。光子エンジンとは燃料を噴射せずに光を吐き出すエンジンだ。もちろん博士が世界で初めて発明したエンジンで、これだけでも凄い発明だ。この光子エンジンが完成したお陰でタイムマシンも完成したと言っても過言ではない。

「テストをしたいがテストするだけのエネルギーは溜まらなかった。ぶっつけ本番としよう。大丈夫だ。理論的には成功する。」

 博士と助手は未来行きの準備を始めた。だが何を持てばいいのかさっぱり分からない。

「未来人へのお土産は何がいいですかね。」

 助手がそう言うと博士も

「未来人は私たちの想像を超える全てを持っているだろう。絶滅した動物を持って行けば喜ばれるだろうが未来では何の動物が絶滅しているか分からないからな。」

 助手はお土産を諦めてカメラを持とうとした。

「未来で写真を撮るのもいいが我々は二度とここには戻れないんだぞ。見せる相手がいない。それならば思い出に21世紀の写真を撮っていくのでいいのではないか。」

 助手はなるほどと言いながらカシャカシャと写真を撮り始めた。外にも行き車やビルなど風景を写してきた。

「準備が良ければ未来に行くぞ。完成した今、私はもう我慢が出来ない。」

 博士は自分の装置を早く試したくて仕方ないのだ。助手はこの時代に未練が有るような無いような面持ちで右往左往している。それでも覚悟を決めたのか落ち着いて博士にたずねた。

「博士、ところでどれくらいの未来に行くのですか?」
「文明とは指数関数的成長を遂げると言われている。なので、100年後、200年後には文明が大きく変化しているはずだ。しかし100年、200年位では我々の求めた世界になっていない可能性がある。なので我々は想像もつかない未来へ行く。それは1000年後だ。準備をしてさあ行くぞ。」

 博士はタイムマシンに1000年後の日付をセットし、他にもボタンを色々と押している。助手もタイムマシンに乗り込み準備を進める。

「いよいよだ。」
「いよいよですね。」

 博士が力強く発射スイッチを押すとタイムマシンは轟音とともに空高く飛び立った。しばらく強烈な加速を続けた後、亜光速飛行に移った。タイムマシンはあっという間に太陽系の端近くに到達していた。

「さて亜光速飛行に移った。これで我々が感じる1日は地球では何十万日となるはずだ。地球時間で1000年後に我々は地球に戻る。」

 タイムマシンで過ごすのはあっという間だった。助手は竜宮城のような美女にご馳走、美味しい酒もあるかなと想像をしたり、さっき撮った写真を見て早くも21世紀を懐かしんだ。博士はどんなに文明や科学が進歩しているかを楽しそうに話した。お互いの意見を何度も話し、戦争は無くなっているか、病気はどうだろう、あれは、これは、どうなっているか。話しは尽きることがなかった。
 そのうちアラームが鳴ったので二人は着陸の準備を始めた。

「いよいよ1000年後の世界だ。」

 タイムマシンは安定した動きをみせ、地球に無事に降り立った。ところが降り立った場所は何も無い草原だった。

「博士、本当に1000年経ったのでしょうか。直ぐに降りて確認しましょう。」
「まあ待て1000年の間に地球の大気が変わっているかもしれない。きちんと検査してから外に出るぞ。しかも猛獣がいるかもしれない。銃を持っていくぞ。」

 大気の検査が終わり安全と分かった2人は銃を持って静かに大地に降り立った。しかし見渡す限り人工物は見当たらない。かと言って危険な猛獣がいる感じでもない。博士は一安心して歩き始めたが、しばらく歩いても道一本見つからない。

「そうか道が無いのが何故か分かったぞ。きっと人類は瞬間移動を発明したに違いない。これで道が無いことの説明がつく。では家を探そう。家は未来世界でもあるだろう。」

 やがて遠くに白い人工物らしきものが見えた。2人は顔を見合わせ小躍りし、急いで人工物の元へ駆け寄った。人工物は球体で大きさはかなり大きい。しかし入口や窓は無い。そこで2人は白い球体の壁を叩き大声で叫んだ。

「誰かいませんかー。我々は過去から来ました。誰かいませんかー。」

 未来ではコミニュケーションの方法が音声かどうか分からないが2人に出来るのはこの方法だけだ。その原始的なコミニュケーション方法が幸をそうしたのか壁の一部が透明になった。その奥に何かいる。ぼんやりとしている雲のような形が段々人の形になっていく。いるのは人間だ!未来人だ。
 博士は慎重に声をかけた。優しくひと言ひと言をゆっくりと

「こんにちは。突然でびっくりされていると思いますが、私たちは過去から、21世紀から来ました。今は何世紀ですか?」

 「今は31世紀です。」

 博士と助手は喜び抱き合った。成功した。成功した。そんな歓喜の気持ちでいっぱいだった。未来人には聞きたいことがいっぱいある。

「お聞きしたいことが山ほどあるのですが」
「いいですよ。ずっとここにいるだけですから。」

 未来人は快諾してくれたので2人は矢継ぎ早に質問した。戦争は、貧困の差は、食料問題は、科学は、文明は。

「質問にお答えしましょう。31世紀では争い、貧困の差、食料問題はありません。科学と文明はあなた方の時代に比べ飛躍的に進歩していると思います。」

 博士はもっと聞きたいことがあった。科学者なのだから当然だ。博士が更に質問しようとした時、未来人は口を遮りこう言った。

「あなた方の時代と違い私はあなた方が何を考えているかわかるのです。あなた方は悪い人たちではないので、もっと詳しく知っていることをお話ししますね。」

 博士と助手は身構えて未来人の話すことを一言足りとも逃さないよう耳を傾けた。
 未来人の言うことはこうだ。国というものが存在しないので戦争は起きない。お金という概念が無いので貧富の差がない。食料は物質転送されて来るので困ることは無い。科学の進歩は顕著で遺伝子工学が進み、この時代の人間は全てクローンである。産まれた時から全ての知識をDNAレベルで学習してあるので教育も学校も無い。DNAレベルで耐性が付いているので病気にもならない。クローンで人が増えるので結婚も無い、親族という概念もない。人口は制御されているので爆発的に増えたり減ったりもしない。学校も仕事も無いので一日中この白い球体で過ごす。
 とても無機質なその答えにいたたまれなくなり博士が途中で口を挟んだ

「ちょっと待って下さい。なんと言いましょう、あなた方は生きる目標というか、何を目的に生きているのですか?」

 未来人はその問いにも無機質に答えた。

「生物は全て遺伝子を次世代に残すために生きています。我々人間も例外ではありません。その方法をクローンという手段を使っているだけです。」

 博士は尚も叫ぶ。

「では何を楽しみで生きているのですか!」

 未来人は表情を変えずにこう言った。

「あなた方昔の人間は欲のために生き、争いや貧富の差が生まれました。我々は欲もなくただ生物としての一生を全うするだけです。それが平和であり正しい生物としてのあり方です。私たちはこの中で1人寿命が来るのを待つだけです。」

 博士はその答えに愕然として低い呻き声を出した。人類は進化してただの生物となってしまった。感情を持たないアメーバのような存在だ。

 そのやり取りを聞いて今まで黙っていた助手がポツリと言った。

「未来に希望を持ってやって来たのに随分つまらない世の中になっていたな。桃源郷や竜宮城どころか監獄だったとは。」


<終>

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