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古典『御伽百物語』其の壱「マトリョーシカ」

「まんが日本昔話」みたいにアニメ化したらおもしろいと思いました…(トミオ)

 能登の国の一の宮(その国の第一位の神社)である気多けた神社(石川県羽咋はくい市にある神社)は羽咋郡はくいのこおりにあり、大国主命おおくにぬしのみことが祭神として鎮座している。多くの祭祀があるなかで、毎年十一月のうまの日は、鵜祭うさいと呼ばれる祭りがうしの刻(午前二時~四時)に行われていた。
 毎年この神事のために、十一里(一里=約四キロメートル)離れた鵜の浦(石川県七尾市鵜浦町の海岸)というところから、捕らえた鵜を籠に入れて献上に来る役人がいた。名を鵜取兵衛うとりべえといい、代々同じ名を継いでいた。

 去る元禄(一六八八~一七〇四年)の頃ということだが、この鵜鳥兵衛、例年のように神事のために鵜の浦に出て鵜を呼び寄せていると、その夜は珍しいことに二羽の鵜が鵜鳥兵衛の傍まで寄ってきた。神事を務める鵜はただ一羽のみだが、つい二羽とも捕ってしまったので、一羽を放ち返したがまた戻ってくる。そこで、「なにかわけでもあるのだろうか」と思いながら二羽とも籠に入れると、一の宮へと足早に向かった。

 道中、二十歳ほどと見える惣髪そうはつ月代さかやきを剃らず髪全体を伸ばして束ねて結った髪型。医者・儒者などに多い)の男に行き会った。学問に通じている人と見え、書物を懐に入れている。世間話などしながら道連れとしてしばらく一緒に歩いていたが、書生は急に腰を引いて腹を抱えた。
「どうしましたか」
「突然疝気せんき(下腹部痛)が起こりまして。ああ痛い。どうも歩けそうにありません。その鵜籠にしばらくのあいだ乗せていただくことはできませんか」
 鵜取兵衛は冗談だと思い、
「なんでもないことです。お乗りなさい」
 すると書生は立ち上がり、
「ではお言葉に甘えて。お許しください」
 そう言ったかと思うといつの間にか鵜籠のなかにいた。しかしそれほど重いわけでもなく、しかも中の鵜と並んで座っているので「おかしなことだ」とは思ったが、非難するほどのことではないと思い、そのままにしておくことにした。
 なおも雑談をしながら道を進んでいったが、「一の宮まではまだ二里ほどもあるだろうか」と思っていたところ、書生が鵜籠から出て言った。
「さてさて今宵はよい旅の連れに巡り合い、足さえ休めることができまして、なんとうれしいことでしょう。その親切なお心遣いのお返しに食べ物をふるまいたいので、しばらく休みませんか」
 鵜取兵衛も胆の座った男だったので、
「ではそうしましょうか」
 と言い荷を下ろしていると、書生は口を開け、なにやら吐こうとするように見えたかと思うと、大きな銅製の茶弁当(茶道具一式と弁当箱を収めた携帯用の箱)と高蒔絵(絵や文様を高く盛り上げて立体的に見せた蒔絵)を施した大きな手提げ重箱を吐き出した。その箱のなかは、奇妙で珍しい品ではあったが魚や野菜の料理に満ち満ちていた。書生は鵜取兵衛にも勧め、ともに料理を肴に酒を数杯飲んだころ、
「旅の初めから一人の女を連れているのですが、あなたの心を推し量りかね、黙っておりました。差し支えがなければ呼び出して酒を分けてやろうと思うのですが」
「差し支えなどなにもありませんよ」
 鵜取兵衛が答えると、書生は今度は口から女を吐き出した。年の頃十五、六、容顔美麗で見惚れるほどである。

 書生はますます興に乗って酒を飲んだので思いのほか酔ってしまい、横になってうたた寝を始めた。すると女は鵜取兵衛に向かって言った。
「実はわたし、この人と夫婦の約束をしましたとき、兄弟はいないと嘘を言いましたので、この人は気が楽になって、わたし一人ならばどこへでも連れていき、大切に養うと誓いを立てまして、ここまで愛情をかけてくださいました。でも本当は弟が一人おりまして、わたしもまた夫に隠して養っているのでございます。夫が酔って眠っているこの隙に呼び出して食べ物を与えお酒をもてなしてあげようと思います。お願いです、夫が目を覚ましてもこのことは決して漏らさないでくださいまし」
 そう口止めすると女は一人の男と金屏風を吐き出し、夫とのあいだに屏風を置いて仕切りにすると、弟と語り合いながら酒を楽しんでいた。

 夜もすでに七つ(午前四時)を過ぎようかと思われた頃、酔って寝ていた夫があくびをし、目覚める気配があったので、女は慌てて先ほど吐き出した弟と屏風を飲み込むと、何気ない様子で傍らに座った。ゆっくりと起き上がった書生は、鵜取兵衛に向かって、
「さてさて、ここまで同じ道でありましたので、今宵はいろいろとお世話になりました。このようにゆったりと酒宴を催しましたこと、恐縮至極でございます」
 などと言って一礼すると、女をはじめ、弁当や敷物をことごとく飲み尽くしたが、銀製の膳一式のみ残し、それを別れのしるしにと鵜取兵衛に送ると別の道へと去っていった。

 鵜取兵衛は家に帰るとこの不思議な話を妻にもほかの人にも語り、送られた膳を秘蔵の宝とした。
 ところで、はじめ確かに二羽いた籠のなかの鵜が一羽になっていたのだが、どういうわけだろうか。これもまた不思議なことである。

(御伽百物語 巻四の二『雲浜(福井県小浜市雲浜)の妖怪』より)

                                 了

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