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静かなる万引きコーヒー

秋の気配満載で涼しくてゆるい風に気持ちよくあたりながら、「お金降ってけえへんかなあ」と空を見上げた勢いにまかせ、コンビニで買ったカフェラテをいっきに飲み干した。

「あっつあっつー」喉やける。

コーヒーは熱いうちに飲み干し、砂糖は決して入れぬべし。私のコーヒー流儀だ。良い子はマネしないでいただきたい。


仕事の合間に飲むカフェラテは格別に美味しい。コンビニでセルフサービスのコーヒーを買い、自分でマシンのボタンを押す。機械からコーヒーが注ぎ込まれるスピードの遅さにイライラし、待ちきれず蓋を開けようとして店員に注意され赤面する。学習せずにいつもだいたい同じことを繰り返すのだが、待ちに待ったコーヒーにありつけたときの幸せが、午後からの仕事の原動力になるのだ。

にしてもラテの泡の量が奇妙なこと。

一見、新発売のかき氷かと思うほど山盛りの泡。そのくせ表面張力というものだろうか、一滴もこぼれる様子はない。歩いてもこぼれなかった。


コンビニの新しいサービスメニューなんだろうか。


たくさんのライバル会社としのぎを削り、安くて美味しくて、しかもこぼれないようにカップの大きさと量を計算し尽くされた「ラテの泡大盛り祭」。オバケのQちゃんのご飯並みのインパクトだ。


さすが、大手コンビニ。

関心しながら休憩時間をたのしんでいる私の目の前を、大きなトラックが通った。前を走る車に喧嘩を売っているように鳴らした耳障りなクラクションが、休憩時間を切り上げるよいきっかけとなった。


「よっこらしょ。また昼から頑張ろう」


私は腰掛けていた、アスファルトの地面から引っ張り上げるタイプの車止めから立ち上がり、また別のトラックがいかついクラクションを鳴らしたことに「うるさいな」とイラッとした。

その瞬間、大企業の頭脳明晰軍団が揃いも揃って「カフェラテ泡、およそ3倍サービス」なんて考えるのだろうかと疑問が湧いた。
たしかにカフェラテは美味しい。牛乳が入っている分、レギュラーのコーヒーよりも高いし。だけれど、泡の量が異様に多いラテに誰がテンションを上げて歓喜するのか。
初見は「うわっすごい」と驚きはしたものの、正直言って大して嬉しくなかったし。
もしかしたら、私が何かしでかしたかも知れないという、いろんな可能性が、頭の中をぐるぐると駆け巡った。


まてよ、私が買ったのはレギュラーサイズ。

コーヒーマシンで押すべきボタンはレギュラーの「R」。

だけれども押したボタンは「L」。

それって「ラージ」じゃない。

やってしもたやん、やっぱり。

レギュラーサイズのカップにラージを注いだら、そらてんこ盛りなるわ。


「あー」と頭を抱えて、うつむき加減になった時、両足で鳩の糞をおもいっきり踏んでいることに気づいたが、そんなことはどうでもよかった。自分が万引き犯になってしまったかも知れないし、もしそうだとしたらクソ喰らって当たり前なのだ。


静寂のバリアが私を取り囲み、車やバイクの音と、毛糸を剣山でといたようなカツラの役割をはたしていない「カツラ」をかぶったおっさんの、意味ない雄叫びなどがまじった都会の喧騒を一切聞こえなくした。後頭部からはさーっと血の気が引いた。


「わたし、静かに万引したやん」


おどろおどろしくなり、すぐに差額を払うため、コンビニの扉を開けた。重い足取りだったが、動揺を誰にも悟られぬよう堂々とレジに向かって歩いて見せた。しかし、後ろめたさと恥ずかしさとで、顔は左斜め45度を向いていた。


「すみません。レギュラーのコーヒーを買ったのに、まちがってラージのボタンを押してしまいました」


「えっこぼれなかったですか?」


嫌な顔をされるのは当然と腹をくくっていた私にとってそれは意外な返答で、私の懺悔がコンビニ店員さんの心に全くもって刺さっていないことが露呈した。


「はい。表面張力によって大丈夫でした」「間違ってすみませんでした」


と斜め左から正面に頭を向き直し、すんなり謝罪し、また顔を伏せた。


「はぁ。そうですか。では差額50円いただきます」とレジ係の人はまだ納得いかないように首をかしげ、私が出したお金を受け取った。


彼女はボタンを押し間違えたことより、コーヒーがこぼれなかったことのほうが、よほど不思議だったようだ。

だってこぼれなかったんだもん。


表面張力の威力にまんまと驚かされた私とは、やはり最後まで噛み合っていなかった。


私はもう一度、すみませんでしたと謝罪とお辞儀をしてコンビニを後にした。








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