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台 風

台 風

クミが

四ヶ月になった

夜勤に出かける夫を見送る

風がうずまいている

キュッ キュッ とクミが笑う

ダイとリュウは

風の底で寝入っている

鉄扉を押して出る夫

風呂敷包みを抱いている

シャツ パンツ 三足の綿くつ下

日本てぬぐい 長袖作業服上下

しっかりと包まれてある

風が一直線に吹き抜けて行く

室温は三〇度を越している

クミのベビー服から乳首がのぞいている

海の風が汽笛を殺していく

いってらっしゃい いってくるで

クミがひっこめた笑いを笑う

闇の向こうで灯りのついたベランダ群が艀のようだ

夜の一日がはじまる

ふとんにクミと二人ころがる

ダイの足がリュウの尻にのっている

クミが両足を顔にくっつけてピュウピュウ笑う

風の声だ

わたしはクミをそっくりまねる

ひっくりかえった巨きな足がクミの瞳で跳ねている

風がないている

夫の

自転車の灯りは風に向かっている

二本の足が工場への闇を蹴っている

製鉄所の煙がグイグイと

空を切っている

詩集「生える」より (27)

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