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サッカーと旅するちいさなGKのハナシ

 読者の皆様初めまして。冨澤拓海と申します。
1996年生まれの22歳で、一応法政大学に在学する現役の大学生です。

 日本から遥か彼方ヨーロッパのスペインからこの記事をお送りしています。僕は今スペインに隣接するイギリスの海外領土であるジブラルタルという場所でサッカー選手をしています。所属チームはトップリーグに所属するManchester 62 FCというクラブです。

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スペインに住んでいるのにイギリス領。
そしてチーム名はマンチェスター。

 どんなところでプレーしているんだと思うかと思いますがちゃんとUEFA管轄のトップリーグです。優勝チームはあのチャンピオンズリーグ(CL)の予備予選に出場することができるんです。

 ジブラルタルリーグの説明はこのくらいにして、自己紹介をさせていただきます。ポジションはGKで19歳から海外でプレーを始めました。1年目にオセアニアのニュージーランド、2.3年目をアジアのモンゴルでプレーし、4年目の今年は念願のヨーロッパでプレーしています。22歳にして3大陸に住んだというのはかなり希少価値が高いんじゃないかなと自負しております。

 僕は170cm前後しかないのですが、GKが小さいというのは圧倒的不利で、フットボールの世界で選手として飯を食っていくというのは難しいと覚悟しています。

 「突然ですが目の前に2mの選手と隣り合った事はありますか?」

あの瞬間に神様はなんて残酷なんだろう、そう思います。特にGKというポジションは大きければ大きいほど良く、現在のサッカー界では190cmないと厳しいと言われているポジションです。何度小さいからという理由だけでテストを見切られたことかーー。

 僕は、これまでの全ての移籍について、代理人をつけずに自分で交渉してきました。代理人を付けないなんてすごいねなどと言っていただけることも多いのですが、実は違います。代理人と契約できないだけなんです。いろんな代理人にコンタクトを取りましたが、小さいGKはマネジメントできないって言われてしまうんです。そう正直に言えるからこそ、彼らはフットボールで飯食えているんだな感じます。

 身長が低くて代理人とも契約できなくて、そこまで言われてしまうならサッカー辞めれば?っていう話なのですがそれは無理なんです。
何故ならサッカーを「プレー」するのが大好きだからです。

異国でフットボールを通じて異文化を感じる。なんて魅了的な職業、生き方なんだろうと日頃からこの職業を選んだ自分を誇りに感じています。

 1年目のニュージーランドではセミプロという待遇で生活し、去年まで2年間はモンゴルでプロとして生活しました。しかし3年契約の2年目で、契約が2年残っているのにも関わらず契約を解除させて頂きました。そして今ジブラルタルという土地でセミプロサッカー選手をしています。プロという肩書きを捨ててでも「ヨーロッパという土地でサッカー選手として勝負する」という夢を叶えるためにこの土地を選びました。
ヨーロッパにこだわった理由は後述します。

 プロサッカー選手として生きること、そしてセミプロ選手として生きることには雲泥の差があります。

僕の中でプロかセミプロかという定義の違いは国の平均所得に達しているかということなのですが、モンゴルと比較すると今は1/4程度の待遇になっています。今チームから与えられているのは家と少しの給料で、普通に暮らしていくことはできるぐらいカツカツの待遇でサッカーをしています。逆に去年は裕福で、オーナーの税金対策用の首都の一等地に住んで、成金みたいな生活をしてました。

 そもそもジブラルタルはプロリーグではありません。そのためプロ契約をしている選手は少ないはずです。まだ来て日が浅いため正確なデータがわからないので断言できませんが。僕のチームもほとんどがサッカー選手以外の職を持っています。僕自身もこうなることを予測しており、1年ぐらい前ぐらいから準備をして来ました。

 ジブラルタルでプレーする冨澤がこの度OWL magazineで記事を執筆することになりました。世界各国でテストを受け、背が低いと言われ破談になり続けながら、各国を彷徨う僕が初めてこの媒体を見たときに「旅とサッカーを紡ぐ」なんて僕のためにあるような言葉だと最初に聞いて思いました。

 人生で訪れた国は26カ国です。そのうちそのうち25カ国はサッカーを通じて訪れています。現在は選手として海外を飛び回るだけでなく、自身で世界のフットボール用品を販売する事業も展開しています。去年マレーシアのGKグローブブランドを日本展開し今年はドイツよりGKトレーニング用品、オーストリアからグリップソックスを日本に持ってきます。

SHORTERS Equipment (https://www.shorters-equipment.com)

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先日モンゴル代表がSJSGoalkeeping というグローブを着用していたのですがそのバーターは僕です。モンゴル代表選手を応援したいという思いからスポンサー契約に至りました。

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また横浜にあるサッカースクールの国際事業部のダイレクターも務めています。今年はクロアチアのビッグクラブ、モドリッチを輩出したDinamo Zagrebのコーチを日本に招聘しました。

 世界中を旅し、所属チームがない間は「サッカー選手」ではなく旅人なのではないかと自分で思ったぐらいです。この1年間だけでも中国、マレーシア、シンガポール、ドイツ、クロアチア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランス、UAE、ジブラルタル、フィンランド、オーストリア、スロベニアと多くの国を訪れています。その経験を上手く使って、こちらでの執筆は僕自身の「旅×フットボール」と「ヨーロッパフットボール日記」この2本立てで執筆ができれば良いなと思います。また今度書こうと思っていますが今年のマンチェスター・シティとシャルケのCLは圧巻でした。

 選手として各国を訪れその国のフットボール環境、アジア人にウェルカムだったか、フットボールの文化などといった視点から記事を執筆していければ良いなと考えております。

 ライターとしては名だたる方ばかりで私の経験では到底及びません。だからこそ敢えて文才では勝負せず私が実際に生で見てきたその景色、そして現地の人との経験をシェアします。小さいんだから違う武器で勝負していくしかないんだ、という自分自身の生き方と文章は変わらずに参ります。

 まず今回は初の記事ということで僕自身が海外で選手として生きるという上で大切だと思っていることを何点か述べていきます。

「英語は必ず話せるべきである」
とっても当たり前のことで申し訳ありません。
当たり前のことのようですが、そうとも言えない現状があります。英語を話せずに海外に行く人結構多いですよ。サッカーの世界でも、「とりあえずスパイクだけ持って行け!」と言う人がいますが、私はそう思いません。
最低限プロとしてプレーするなら異国では英語が話せないとその場所で暮らすのは難しいと思います。ただし、現地の言葉が話せる場合はその限りではありません。あとJリーグでバリバリ活躍するような圧倒的な実力があるのもその限りではないです。

どんなに代理人が契約内容を詰めてくれたとしても、ピッチ上でのコミュニケーション、監督とのコミュニケーションでは会話が必須ですよね。

「お前にはどういうプレーをしてほしいのか」「どういうプレーができるか教えてくれ」
こう監督から言われて「Yes」とか「OK」しか言えない選手を気持ちよくピッチに送り出そうとは思えないはずです。日本人同士で生活をしていて、何か話を相手に持ちかけた時に、「うん」とか「そうだね」とかしか返さない人と話していると本当に話わかっているのかな?と思いますよね。世界で最も多くの人が話す英語は話せれば生活には困らないですし、チームに英語を話せる人間は、最低でも1人はいるので海外挑戦をする上で必須ツールだと思います。

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もちろん海外に飛び出してからの方が英語は伸びます。それは間違いないです。ただ最低限の準備をしておくのは大切です。


「その国の言葉を最低限覚える」
GKというポジションは特にですが、母国語を覚えることも大事だと思っています。モンゴルでは、モンゴル語を覚えてからはチームメイトとピッチ上でも日常でも関係がかなり変わりました。日本人でも突然「Right」と言われて「右」ってすぐに反応できる選手は多くないですよね。それと一緒です。コンマ1秒の世界を争うものたちにとって言語処理速度はプレーに影響するはずです。

現地の選手では英語が話せない選手もたくさんいます。ただ母国語ばかりは行ってからでないと学べない国もあるので、着いてから努力するものの部類になるでしょう。今僕はスペイン語勉強中です。

「自分自身のライフを考え、選び、そして生きる」
 これがもっとも重要。

 サッカー選手が生きていく場所はどこにでもあると思っています。極端な話ですが、世界各国にサッカーリーグがあるなら、それだけで200以上の選択肢があります。そしてそこの国にチームが何百チームもあるわけで、おそらく数百万という規模の僕はその何百万、何千万という数になるわけです。プロに限ればずっと少ないかもしれませんが。
 僕は海外では4チームと出会うことができました。サッカーチームと契約をするというだけで無限の可能性が広がっています。もちろんある程度の実力がないとサッカーで飯は食えません。僕も今はサッカーだけで何とか飯が食えていますが、その難しさを痛いほど感じています。

 ただ無限の可能性、無限のチームがある以上自分の生き方は無限大です。僕はニュージーランドで選手としての挫折を味わい、プロという肩書きを求めてモンゴルへ行きました。2年目に契約更新する予定はなく、そのまますぐにヨーロッパに行く予定だったのですが、思わぬ好条件とチームが欲してくれたので、残るという選択肢を選びました。そして今年は「自分が住みたいと思う国」という条件の中でさらにヨーロッパという1つに狙いを定め、Manchester 62というチームを選択したわけです。

 今後はまだどこにも明かしていませんでしたがヨーロッパを選んだ理由として2つのプランがあります。
1つは実績を残し日本、もしくはアジアの待遇の良いクラブを狙う。
もう1つはヨーロッパに残り、フットボールに関わる今の事業を大きくしつつ、指導者のライセンスを取得する。

このどちらかを今の所目論んでいます。正直どっちになるかなんてわかりません。
旅は出会いの連続であり、自分が見たことのない素晴らしい世界を見せてくれるからです。
 
 その土地を感じ、その文化に生き、そして僕自身もフットボーラーとしてその地で活躍する。それが僕の歩む人生で、これからの人生もそのようになるんじゃないかなと思っています。そんな気がするだけで引退したくなったらすると思うし、自分がしたいように生きると思います。だからこそ今の2つのプランなんてあくまで今の自分が思い描いているプランなだけです。とにかく今はサッカーで世界中のいろんなところに行ってみたい。

 サッカー選手としての実績はトップの選手でない以上世界中に実績は配信されないので、自分の待遇をあげたいのであれば基本的に同じ国に留まる方が正しい判断です。私のような選手はなおさらピッチに立ってある程度結果を出さないと話は聞いてもらえません。「小さくて、お前戦えるの?」って思われてしまいますからね。今年もまだトップチームの試合には2節を終えて出場できていません。これからが勝負かななんて思っています。モンゴルでもそうでしたし。ただその待遇を選ぶよりも様々なところでプレーをしたいという欲が勝っています。極論を言えば全地域でサッカー選手として行ってみたいと思っています。今3地域制覇したところなので、最低でもあと4年はかかります。
アフリカ、北アメリカ、南アメリカそして北中米カリブが残っています。難しいところばかり残っている…

 サッカーに飽きた時、それが自分がスパイクを脱ぐ時なのかななんてカッコつけながら思っています。ゲームは3日で飽きてもサッカーは2002年の日韓ワールドカップで出会ってから17年、サッカーはまだまだ毎日伸び代を感じます。それほどサッカーは魅力的で終わりのないスポーツなのです。

 「サッカーと生きる」これが私の永遠のサッカーにおいての目的であり、これからも私のフットボールとの旅は続いていきます。その一片をOWL magazineの読者の皆様にシェアし、一緒にその道に乗った気分になってもらえたら嬉しいなと思っています。

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以下は有料コンテンツとさせていただきます。僕の秘密がたくさん書かれているのでファンの方、マニアの皆さんはぜひ読んでいただけると嬉しいです。僕も言いたいけど言えないことたくさん抱えているのでここぞとばかりに吐き出していきます。笑

今回は初めということで自分では明かしていない身長と僕の運営するウェブショップの500円割引券でもつけておきましょう。

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サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…

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