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のらねこ、〇〇なのは日本人だけ、、、じゃなかった!

海外文化を主題としたネット記事なんかで、よく “〇〇なのは日本人だけ” という言い回しを見かけます。
『四季があるのは日本だけ』レベルのとんちんかんなものはなくなってきているけど、だからってなくなったとまでは言えない昨今。

この手の話、いったいどこまで本当なのでしょうか――?

いつもお読みいただきありがとうございます。
あるいは初めて見てくださった方、久しぶりの方もありがとうございます。
僕は目標管理Webサービス Project Sylphius の開発・運営をしています、TOMCAT HEART の中島です。

とりたてて悪いことしてないのにずっと不幸。
周囲の楽しそうな人達がうらやましくて仕方がない。人生は不公平だ。
そうした考えが常日頃からずっと消えない人は、別に生まれついて運が悪いわけでも、環境に恵まれていないわけでもありません。

そういう人は “目標管理スキル” が足りないのです。
自分自身の目標を適切に管理することは、自分の夢や叶えたい目標、もしくは日々のやりたいことなどを、確実に実現していくってことでもあります。
夢が叶わないのは、夢を叶えるために必要なスキルを覚えていないからであって、決して運・不運の問題ではないのです。

この のらねこに何ができる? では、ならば目標管理スキルとはなんぞや? ってことを皆さんに知っていただくため、僕が自身で計画して自分で達成してきた様々なことを、なるだけ面白く書いてお届けする内容となっています。

現在連載中の “のら地球人に日本が分かる?” シリーズでは、世界のいろいろな言語を学んできた僕が、そういう勉強をしている人じゃないと分からない視点から日本を見るという内容です。

全体の執筆計画:
1. 海外の犯罪文化は日本とどう違うの?
2. そもそも“国家”ってなに?
3. “国民性”なんてものが本当にあるの?
4. 日本人は空気が読めるって本当?
5. “〇〇なのは日本人だけ”って本当?(今回)
6. 日本はどれくらい暮らしにくい国?
7. 日本語って他の言語とどれくらい違うの?
8. 高品質なものが安いって本当にいいこと?

過去のバックナンバー


1. 日本人が“日本だけ”と思ってることはけっこう世界共通

はたして、今の若い人に信じてもらえるでしょうか。
冒頭で紹介した『四季があるのは日本だけ』は、昭和時代にマジ本気で信じていた話です。
日本以外の国は、どこも1年中同じ気温・湿度で、そもそも季節という概念自体が存在しない――。
そんな荒唐無稽な話を、本当に心の底から信じている人が多かったんです。

『地球は丸い』『地軸は傾いている』、あるいは『季節はどうやって生まれるのか』の授業を、小中学校の理科でちゃんと受けている人達ですら、英語の時間になると途端に「え? 季節があるのって日本だけなんでしょ?」とか言い出したものです。
今からすればナイチンゲールもその場で回れ右して実家帰るレベルのアホな考えなんだけど、それくらいが昭和末期頃の日本人の平均値でした。

以前の連載で日本の教科書を散々けなしたりしたけど、こういう ↑ 人達をちゃんと教育する義務を政府が持ってるんだと思うと、ちょっと同情はしてしまいます。

さすがにこのレベルの認識はかなり減ったとはいえ、でもまだあるんです。
普通の人が「日本だけだ」と勘違いしてる世界共通のことが。。。

1. 皿の上の“最後の1個”に手を付けない文化

これを日本特有の文化、あるいは自分の地域特有の文化だと思ってる人もけっこういるんじゃないでしょうか。
ラスイチ文化、遠慮の塊、佐賀んモンのいっちょ残し。
などなど、地域によって様々な言い方があります。

実はこれ、世界共通なんです。
「大皿料理の最後の1個は食べづらい」は、世界中の誰もが普通に思うことなんです。

なおかつ、「そんな文化があるのは自分達だけ」と感じているところまで含めて世界共通だったりします。

例外は、大皿料理という文化が最初からない国だけ。
たとえばイタリアは家族で大皿料理を囲む文化がなく、必ず全員が同量の料理を受け取ってから食事が始まります。
そして、配った結果として多少余ったとしても、それはなかったことにして視線を向けないようにがんばる😓

多分、食べる量は平等じゃないといけない、って考え方があるのかな?
そういう食文化の国なんです。

これがもし、大皿に最後の1切れを自由にとっていいルールだったら、マジでガチケンカになっちゃう。
イタリア人ならね。

最後の1切れを避けるのは、そうなるのを防ぐための人間としての自然な発想であって、別に日本だけのことではないのです。

2. かあちゃん怖い文化

今となっては、この迷信を信じるのも、四季は日本にしかないと思い込むのと同じくらい不自然かもしれませんね。

かあちゃんは、世界中どこへ行っても怖いんです
それが当たり前なんです。
だって人間だもの。

アメリカや南米エリアなど、女性がズケズケ言うのが自然な国でも同じ文化があります。
なぜなら、「女性はおしとやかで美しくあってほしい」と思うのが世界中の男性の共通した願望だからです。

理想の女性像が清楚で美しいのは、日本の大和撫子だけではありません。

3. 月曜日を憂鬱に感じるのは世界共通

日本はブラック企業だらけ。
だから海外では仕事のしやすいクリーンでホワイトな会社が多く、そこでは仕事が好きな人達が生き生きと働いているに違いない。
――そんなふうに思ってる人もいるみたいです。

いや、ホントにそう思うならマジ引っ越せよww

幅広い国家を対象とした統計調査により、世界の労働者の9割は「仕事がツラい。できればやりたくない」と感じていることが明らかになっています。
そして、その傾向が月曜日にもっとも顕著になるのも世界共通です。

月曜うつは日本だけの現象ではありません。
サザエさん症候群は、サザエさんが放送されていない国にもちゃんとあるんです。

4. 世界には色んな人がいる

世界には色んな文化があって、そこには良い人も悪い人もいる。
それが世間的に常識とされています。

それ自体はもちろんその通りです。
が、唯一『世界中には色んな良い人がいる』は誤りです。

良い人――つまり賢い人・優しい人・包容力のある人など、周囲から高評価を受けがちな人の行動パターンは、世界中どこへ行ってもだいたい似たり寄ったりです。
なぜなら、『良い人』の定義が、国によってそんなに大きく違ったりはしないからです。

国民性・文化。そういったものは良い人・偉い人が作るんじゃありません。
口うるさくメンドクサイ人、あるいは犯罪者などの、いわゆる ≪悪い人達≫ が主だって作っていくものです。

だって、良い人はそういうの何でも受け入れちゃうからね。
良い人は、他人に文化を強制する必要性を感じないのよ。

5. 同調圧力があるのは日本だけ

昔から、日本は同調圧力の強い国と言われています。
それゆえに日本国内では、「だとすると日本以外には同調圧力がないに違いない」と勘違いしてる人もいるようです。

、、、んなわけねぇでゲス。
世界中、どこへ行っても同調圧力はあります。
主に口うるさいオヤジとかがその元凶です。

たとえばイタリア。
晴れた日に日傘をさしてると、知らない人急に「たため!」とか急に怒鳴られるんだそう。日傘の文化がないからね。
理屈としては、日傘をさすと雨が降るって迷信があるかららしいです。
でも赤の他人にわざわざ声をかけてまで文句を言うのは、そういう理由じゃないはず。
傘が嫌いなだけなんじゃないかな。

別に傘に限らず、口うるさい人ってのは世界中のどこにでもいるものです。
ゆえに、同調圧力は世界中のどこへ行ってもあるんです。

ただ、その中にあって唯一日本だけが同調圧力が強いと言われるのは、そういう人がいるからじゃなくて『同調圧力に屈しやすい人が多いから』です。

2. 日本文化にまつわる迷信あれこれ

1. 日本語は曖昧な言い方でも通じる言語 ⇒ ウソ

「日本語は奇特な言語で、曖昧な言い方をしても通じてしまう」
これをけっこう訳知り顔で言う人がいます。

いやいやいや!
実際全然通じてないよね!?
君ら、曖昧な言い方してトラブルになったことないんかい?ww

日本語だけが曖昧な言い方をしやすいのは、ヨーロッパの言葉をいくつも学んできた僕から見てもたしかです。
日本人はとにかく『質問に短く答える』ことを好みます。

英文法用語でSVOという言葉を習った人も多いでしょう。
これは Subject Verb Object の略です。
それぞれ 主語・動詞・目的語 という意味で、本来文章とは、最低でもこの3つの単語が存在しないと文章として成立しないとされています。
とりわけドイツ人は、この主語・動詞・目的語のうち、どれか1つでも略されていることを嫌がります。

ですからたとえば、

A「たこ焼きは?」
B「食べた」

こんないい加減な言い方は、本来は文章じゃないんです。
これを英語に直訳すると、

A "Takoyaki is?"
B "ate"

こんなの絶対通じません。
英語で会話するなら、

A "Where's my Takoyaki?"
B "I ate it"

最低限ここまでちゃんと言わないと通じません。

ですがこれが日本語となると、「たこ焼きは?」「食べた」という非常に短い文章同士で会話ができてしまいます。

これは、日本語には『主語・動詞・目的語のうち、文の主体となるもの意外は何でも略していい』という文法があるからです。
こんな奇特な文法を持つ言語は、僕が知る限り日本語以外にありません。

文法的に曖昧な言い方ができるかどうかと、それがちゃんと通じるかは全く別の話。

「たこ焼きは?」とだけ聞かれると、最初に「は?」って答えるヤツ、絶対いますよね。
とぼけてるとかでなく、本当に「たこ焼きが何?」と感じる人です。
たとえ本人がたこ焼きを食べていてもです。

日本語はあまりに省略ができるゆえに、『曖昧な言い方でも理解できて当たり前』という認識が生まれやすい言語です。
だから日本語は必然的に曖昧な言い方が増え、その結果うまく通じないことが増え、とりわけ家族間の喧嘩が増えてしまいます。

日本は『家族とずっと喧嘩腰で会話してる』人の多い国で、会話中ずっと喧嘩腰でいるのを当たり前と認識している人も多いです。
芸能人のお宅訪問番組でも、家族と会話するときだけはしゃべり言葉がずっと喧嘩腰、って人も多い様子。

でも、そんなの絶対当たり前ではありません。

2. 外国人には比喩表現がほとんど通じない ⇒ ウソ

んで、
外国語は日本語ほどには省略ができない――つまり “ちゃんと言わないと通じない” わけですが、これを過剰に解釈しすぎて「外国人には比喩というものが通じない」と思ってる人もいるようです。

たとえば、「リンゴのようなほっぺた」という言い回しは、日本では “健康的で血色のいいほっぺた” という意味になります。
ですが国によっては、この常識が通じないこともあります。

これを「“リンゴのような” が通じなかった! 外国人には比喩が通じないんだ!」と考える人もいるようです。
その発想はいくらなんでも行きすぎです。

そもそも日本で ほっぺた をリンゴに例えることができるのは、“リンゴの唄” という歌が流行ったことによって “リンゴ = 健康” というイメージが出来上がったからです。
リンゴの唄は日本だけの流行歌ですので、海外の人達がこれを知ってるわけありません。
世界的には、リンゴに健康的なイメージを持つことは決して当たり前ではなく、むしろ人体を食べ物に例えるのは猟奇的という考え方もできます。

反対に、日本人には通じない比喩を使う国も、当然あります。
イタリアには “アンチョビみたいなおじいちゃん” という言い回しがあるんですが、これを聞いてどういう意味かピンとくるでしょうか?
吹けば飛びそうな小柄なおじいちゃん という意味です。

でも、日本人はアンチョビに対してなんら思うことがないので、そういう言い回しは普通しません。
だからといって、それを「日本人には比喩が通じねぇ」とか言われたら心外でしょう?

比喩という概念に対する感受性の強さについては、国家間の個性差はほとんどありません。
だって人間同士だからね。

3. 日本食は世界中のどこへ行ってもウケる ⇒ ウソ

ここ最近、世界的に日本食が人気と言われています。

ファンタジー作品では、“味噌” “醤油” “マヨネーズ” “あんこ” などの食材が、誰にでも受け入れられる食材という設定になっていることも多いです。
これは、その作品の作者が、これらを「嫌いな人なんていない」と思ってるからです。
ですが残念ながら、ここに挙げた4つは全て、世界的にはかなり好き嫌いの分かれる食材です。

特に味噌は発酵臭がかなりキツく、日本人以外が受け入れるのはまず不可能じゃないでしょうか。
韓国人・中国人ですら、日本の味噌はあまり受け入れられないようです。

対して醤油は、寿司ブームもあって一般的なスーパーでも買えるような国も出てきています。
ですが、必ずしも日本の味のまま受け入れられているケースばかりではなく、アメリカでは砂糖を多めに添加した “テリヤキソース” という形で販売されていることも多いです。

それとマヨネーズ。
日本では万人受けする調味料の代表のイメージが強く、ファンタジー世界で食の革命を起こすケースが最も多い食材です。
が、アメリカではそういうイメージは全くなく、『別にマズくはないけど、かなりレシピを選ぶ微妙な調味料』の扱いです。
安価なコールスローに使われがちなことから、水っぽくて気持ち悪い印象を持ってる人も多いみたいです。

日本人が持つマヨネーズ像は、キューピーがライバル会社と競ることによって努力して作ってきた文化です。
マヨネーズは決して、最初から万能だったわけじゃありません。

あと、一番問題なのは “あんこ”。
日本人は あんこ を「くどくない優しい甘さ」と感じる人が多いようです。
そのためか、「海外の人は、豆を甘くすることに慣れてないだけで、食べたら分かってくれる」と思ってる人も多いみたいです。
が、これ、間違いです。

日本人は あんこ を食べ慣れてるから甘すぎないように感じるだけで、それ自体が錯覚です。
世界的には、あんこ は甘すぎてエグい食品です。
豆を甘く煮るイメージがないから受け入れてくれないのではありません。

もちろん4つどれも、好きな人はちゃんと好きなんですけどね。
だからって万人受けしやすいわけでもないんです。

3. 視野を広げよう

外国語を勉強し始めてから、感じることが多くなったことがあります。
いわゆる “メンドクサイ人” は、自分の視野が狭いことに気づいてないケースが結構多いってこと。

別に日本語しか知らなくても優秀な人はいっぱいいますが、そういう人はだいたい “自分の視野は狭い” ことを知っていて、それを補うためにがんばるなり、ほどほどで満足するなりしてることが多いです。

自分の視野が狭いことに気づいてもいないし自分の常識が全てだと思ってる人は、付き合いにくいし御しにくいし、そのくせ口先だけは大きいし、正直付き合いづらいんです。

人間にとってもっとも高尚な美徳は、『学ぶ意識を持つ』こと。
人生ってヤツは、どんだけズタボロでも絶対にやり直しがききます。

ただしそれは、勉強嫌いになりさえしなければ、の話。
勉強嫌いでさえなければ、人生はリセットできるものなんです。

でも、勉強というものが嫌いになってしまうと、どんなに性根が優秀な人でも何もかもどうしようもありません。

そんな人生にならないためにも、話は “信じられる根拠を調べてから信じる” ことが重要じゃないかなって、最近割と思うのです。

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