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アーティスト紹介:海朋森 Hiperson アートフォームとしてのロックバンド

北京から南西へ約2000Km、四川省の省都である成都市は、1500万の人口を擁するこの地域最大の都市だ。麻婆豆腐の発祥地として知られ、パンダも有名。

海朋森 Hiperson は、成都の四川音楽学院の学生らによって2011年に結成された。文学的な歌詞と高い演奏技術によって確固とした地位を築きあげた彼らは、10年以上のキャリアを通じて国内屈指のインディロックバンドであり続けている。その高い評価と人気にもかかわらず、追随するバンドが現れないというのも、そのユニークさを表している。

ボーカルの陳思江

その名からして自然を愛するナチュラル志向のバンドかのようにも思えるが、実のところ、この名称は 「Hi, person(こんにちは、人間)」という挨拶の言葉を音写したもの。挨拶にしては少し奇妙な台詞のような気はするが、これは彼らのSF趣味に由来しているという。


地元成都では早くから注目を集め、ツアーでこの都市を訪れる著名バンドの暖場に抜擢されることしばしば。
そんなこんなで、共演した若いローカルアクトにいたく感銘を受けた P.K.14 の楊海崧は、ファーストアルバムのプロデュースを手がけることになる
この「中国ポストパンクのゴッドファーザー」がCEOを務める北京のポストパンクレーベル、兵馬司 Maybe Mars から『我不要別的歴史 No Need for Another History』(2015)が発売されると、国内ロックファンは新鮮な驚きをもってこれを迎え、海朋森はたちまち中国インディロック新世代の旗手と目されることになった。

Television を思わせるツインギターのアンサンブル、スポークンワードやシャウトを織り交ぜたPatti Smith あるいはアートスクール系ポストパンクを彷彿とさせる歌唱スタイル(シンガーの陳思江は美術学校の学生だった)。こうした個々の類似はいろいろと挙げられるが、さて似たようなバンドとなると、なかなかよい例が浮かばない。きっとそのうち音楽に詳しい人が解説してくれるだろう。
当初は「女声版 P.K.14」と呼ばれるなど、国内でもカテゴライズに苦労した様子が窺われる。単純にポストパンク扱いされることも多いけれど、あまり鵜呑みにしない方がいいと思う。

続く第二作『她从広場回来 She Came Back from the Square』(2018) は、特に Fugazi からの直截的な影響を受けたと思われる完全DIY方式で制作された。前作と比べパンク的なエッジをより際立たせたローパワーなアルバムとなった。
このハードコアパンクなアティチュードは、単なる外面的なものではなく、一貫して続く彼らのエートスである。

それまでのアットホームな制作環境から一変し、サードアルバムの録音はベルリンのプロフェッショナルなスタジオで行われた。かの有名な David Bowie がアルバムを録音するときに使ったこともあるという名門スタジオだそうだ。

録音から1年半後、COVID-19による紆余曲折を経てリリースされた『成長小説 Bildungsroman』(2020) は、「成長小説=教養小説」のタイトルが示す通り、作品全体を通して一人の女性の成長と自立を描く物語を構成している。
音楽的にも、伝統音楽の技法や現代音楽のコンセプトを取り込んだ意欲作であり、この年の中国インディロック最重要アルバムのひとつに数えられている。まあでも中国ロック史の中でもエポックな作品だろうと思われる。
カバー写真は陳思江扮する物語の主人公という設定らしいよ。

王博強(Dr.)、季一楠(Gt.)、王明明(Ba.)、劉沢同(Gt.)

スチルイメージやMVに諷刺のニュアンスを感じる人は多いし、また、現代社会を否定的に描いているとして、彼らを社会派バンドと捉える向きもある。そうした意図はないと当人らは述べている。
ただし、こうした表明には何か背景に中国的な事情が関わっているのかもしれず、今のところ何とも言えない。

いずれにせよ、歌詞の文学性は、あからさまなメッセージからというより、象徴的なモチーフを通じて観衆の日常に魔術的な変容を引き起こすところに感じられる。表現活動においては、そのような効果は多かれ少なかれどんなアーティストの作品にも含まれるのかもしれないが、海朋森はこれを非常に意識的に行っている。
別の言い方をすれば、彼らにとってロック音楽というものはファインアートの一形態ということであり、彼らがインディロックシーンの中で特異なポジションを占めている理由もそこにあるのかもしれないね。

高い芸術性とその独自性に加え、彼らが国内有数のライブバンドである点も忘れてはならない。 緻密に練られたスタジオ作品とは趣を異にするダイナミズムに満ちたそのパフォーマンスは、観客を熱狂の渦に引きずりこみ、ソーシャルメディアは陳思江のカリスマを賛嘆する声で溢れかえり、とにかく何やら凄いらしい。

これまでは、噂と動画を通じてでしか触れることのできなかった彼らのステージを、間もなく直に体験することができる。

6月12日、14日、アジアツアーの一環として、日本でも東京と大阪で2公演が行われる予定だ。楽しみだね。

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