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サヨナラ シャンパーニュ⑦

「その父親も同じことを思ってるのだろう」
シャンパーニュはワインを口にした
「どうかしら、私が小学3年生のころに亡くなったから、小さい頃の私しか見てない」
「お父さんを早くに亡くしたんだね」
絵莉は息を少量吐いた後、ワインを飲んだ
「あまりに突然だったからね」
「突然とは?」
「車にひかれて死んだの私の父は」
「そんな、不幸なことが」

「それも子どもがひかれそうなのを助けたばかりの事故だったっていうのよ」
「お父さんは人を助けて亡くなったのか」
「聞こえはいいけどね」
「悪いことでもあるのかい?」
「その子が道路に出てなければ、私の父は死ななかったし、お母さんもあんなに苦労することもなかった」
「確かに、そうではなかったら別の命が失われたかもしれない」
「助けたことを責めているんじゃないわ、せめて生き残ってからにしてほしかったの」

「なるほど、自分の身を守ってから人を守れということか」
「その子にとったら命を救ったヒーローかもしれないけど、私は父親を失ったのよ」
「責めるとしたらドライバーってことかもな」

「それもあるわ、ただの事故じゃなかったから」
「詳しく聞かせてもらってもいいかい」
シャンパーニュはグラスを空にした。
無言でマスターがワインを注いだ
「ありがとう、マスタータカサキ」
「私もちょうど飲み終わったし、いいかしら」
絵莉のグラスにもワインが注がれた。

「その運転手は事故を起こす前に警察官と揉めてたみたい、それもしょうもないことで」
「切符を切られたとかそんなとこらか」
「それでムシャクシャしてスピードを出して運転してたわけ、動機としてはかなり幼稚よ」
「あまりにも余裕がないドライバーだな」

「その道路には信号がなかったけれども、普通のスピードで走れば小さな子どもにも気づけたはずよ」
「ドライバーには今でも許せない気持ちかい?」
「当たり前よ、でも8年前に獄中で死んだから恨んでも地獄には届くかどうか」
「閻魔様次第だな」
「手紙だって、2、3通来たぐらいで読む気にもならないわ」
「目を通さなかったのかい」
「どうせ、書かされたものだろうし、謝罪したってお父さんは生き返らないわ」
「それもそうか」

「私のことを気遣って、友達は親の話をしない様になってたわ」
「幼きながらの親切心から」
「そのことが余計に私の記憶のお父さんの存在を強くしてるとも知らずにね」
「友達は悪気があってことではないだろう」
「私も幼かったってことよ」

「君は悪くない」シャンパーニュは言った
「当時はかなり複雑な心境だったわ」
「君の痛みもその時よりは感じなくなったかい?」
「お父さんには悪いけど、思い出さないようにしてる。私の父がこの世にいないことを」
「それだけでも、前を向けてる証拠だろうに」

「前を向くしかないのよ、これからも」
「君もお母さんも強い女性だ」
「お褒めの言葉をありがとう」
「天国の父親もそう思ってるだろうに」
「無事に天国に行けてたらの話だけどね」
絵莉とシャンパーニュは同時にワインを口にした。

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